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地下のトンネルの様な下水道にこつこつと地面を蹴る四つの靴音が響く。五メートルおきに設置された天井の蛍光灯が薄暗く行く先を照らす。歩道の横で流れる汚水の音に紛れくぐもった呻き声が聞こえた。
「全員構え。発症者の場合は即座に処理するぞ」
赤い腕章を着けた男がそう言うと同時に手に持ったアサルトライフルを構える。他の三人もすぐにそれぞれが手に持った銃を構えた。
「こう薄暗くっちゃ見分けるのが面倒ね」
腕に黄色の腕章を着けガスマスクを被った女が愚痴を零す。同じく黄色の腕章を着けた男が可笑しそうに話しだした。
「唯でさえここは暗いってのにそんなマスクをしてりゃあな。血液感染しかしないんだからもう外しちまえばいいのによ」
「その話が本当ならね。私はリスクを可能な限り排除する。おい、新人!死にたくなけりゃ、お前はこいつみたいになるなよ!」
急に話しかけられた黒い腕章をした少年がビクリと肩を震わせた。ガスマスクをしておりその表情は見えないが、構えられた銃口は小刻みに震えている。
「おいおい、後藤ちゃんよぉ。ガチガチに緊張してる初陣君をビビらせるなよ」
「斎藤、あんたはもう黙ってろ」
言い争いを始めようとした瞬間、赤い腕章の男の発言で二人は口を閉じた。
「人影を発見」
その言葉のとおり、十メートル程先に蹲っている人影があった。顔は見えないが相変わらず呻き声は続いている。
「どうしますか、山口さん」
斎藤に話しかけられた山口はチラリと横目で新人の様子を見ると口を開いた。
「俺が先行して確認する。斎藤は俺のバックアップを頼む。後藤は川崎とここで待機してくれ」
後藤が「了解」と返すと山口はアサルトライフルを構えたまま人影に近づいて行く。その後を追う斎藤の銃口もピタリと人影を狙っている。人影まであと三メートルといったところで山口は足を止めた。
「おい、あんた。この下水道は許可なく立ち入ることは禁止されている。どうやって入ったか知らんが、今ここに居ていいのはギルドから見回りの仕事を請け負った俺たちだけだ」
その言葉に反応した様にゆっくりと人影が立ち上がる。
「ただの不法侵入ならこのまま俺たちに付いて着てもらう。拘束はさせてもらうがな。俺の言ってる意味が分かったなら両手を挙げて壁際に」
山口が言い終わる前に人影は叫び声を挙げて襲い掛かってきた。微かな明かりで照らされ見えた顔は、目の焦点が合っておらず口からは涎を垂らしている。
パンッという乾いた音が響くと足を撃ち抜かれた男が転ぶ。しかし、撃たれたことなどお構いなしに這いずるように山口へ近づいていく。
「警告はした」
その言葉に続いて銃声が響き弾丸が男の頭を貫通する。動かなくなった男を見て山口は後藤と川崎にこちらに来るように合図した。
後藤と山口が死体を挟んで周囲を警戒する。その死体の横で斎藤は背負っていたリュックを開けると大きな黒い袋を取り出した。
「これから先、ハンターの仕事をやってくってんなら嫌でも見る光景だ。今のうちに慣れとけ。ほら、足側を持ってくれ」
言いながら袋のファスナーを開けその場に広げる。慌てて川崎は死体の足を持ち上げた。黒い袋に死体を詰め込むとそのまま壁際に寄せる。
「見回りはまだ終わってねぇからな。帰りに回収するんだ。そのままここに置いておく訳にもいかねぇし、何より小遣い稼ぎになる」
斎藤が立ち上がると山口が歩きだし、慌てて川崎はその後を追った。