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 明け方、再建中の壁の警護を終えナナシが自転車に跨り帰路につく。シェルター内の移動は一般的に路面電車か自転車となっている。これは燃料の確保が難しいためで自動車は軍か大きな商会しか使っていないようだ。とはいえ自転車も多くが電動化されているので特に市民は苦を感じていないようだ。

 自転車を漕ぎながら周囲を見る。まだ日も登っていないからか人影はほとんどなく、道路に五十メートル間隔で設置された街灯の下で警備のために立っている軍人やハンターをたまに見かけるだけだった。

特に何事もなく孤児院まで着くと自転車を止め鍵を掛ける。玄関には外灯が点いており鍵を探すと静かに扉を開けた。内鍵を掛けると音を立てないように自分の部屋まで移動する。時計の針は午前三時を指していた。少し悩んでから皆を起こすのも悪いと思いナナシはそのまま布団に倒れこんだ。

部屋の戸が叩かれる音で目を覚ます。時計を見ると時刻は六時四十分だった。布団から起き上がり戸を開けるとそこには細谷が立っていた。

「おう!おはよう!今日はちょっと俺の用事に付き合ってくれ!」

 朝から元気な細谷に「分かった」と返すと細谷は機嫌よくリビングの方に去っていった。芳奈も起きているのか話声と包丁の音がする。ナナシは部屋に戻ってタオルと着替えを持つと風呂場に向かった。


 朝食を終えると細谷が早速出かけるぞと言い、それを聞いた子供達はブーブー文句を言った。

「俺は別に遊びに行くわけじゃねぇんだからお前らはちゃんと勉強してろ!」

 くっ付いてくる子供達を引き剥がしながら細谷が玄関へ向かう。ナナシは両腕に子供がぶら下がっている状態で苦笑いしながらその後を追う。玄関先で両腕の子供が芳奈によって引き剥がされる。

「そんじゃあちょっと行ってくる。もしそのまま仕事になったら連絡させるから頼むわ」

 そう言う細谷に芳奈が頷くと子供達はしぶしぶ手を振って見送る。それに応えながら玄関を出た。

 暫くしてナナシが口を開く。

「で?どこ行くんだ?」

「軍の本部。つっても用があるのは技術研だがな」

 ナナシの問いに細谷が答えるがその返答ではナナシは良くわからなかった。

「技術研?」

「そういや行ったことなかったか。まぁ、普通に生活してる分には用がある場所じゃねぇからな。俺はこいつのことでよく行くんだ」

 そう言って細谷は腰の刀を叩いた。

「前の蝿鈴の襲撃で力不足を感じてな。このままじゃやばいから技術研に相談してたんだよ。そんでそこの所長から連絡があってな。なんかナナシと一緒に来てくれって言われてよ。場合によっちゃそのまま何かやらされる可能性がある」

 細谷の話を聞いている間に軍の本部に着くとそのまま施設の中に入っていく。どこに行くのか分からないナナシはその後を追うとエレベーターの前で細谷が止まる。エレベーター前には警備のために四人の軍人が立っている。その内の一人が細谷達に気付くと話しかけてきた。

「どういったご用件ですか?」

「技術研に用がある。ちゃんと予約はされてるはずだ。細谷で確認してくれ」

 その言葉に別の軍人が手に持ったクリップボードに目をやる。そして、細谷とナナシの腕章を確認した。

「はい、確かに予約がありますね。こちらからどうぞ。操作説明は必要ですか?」

 その言葉に細谷は「必要ない」と返答している間に五つあるエレベーターの扉の一つが開く。

「技術研は地下二階になります。カードキーは帰りの際に返却をお願いします」

 細谷は差し出されたカードキーを受け取るとエレベーターの中に入っていく。慌ててナナシもその後に続く。慣れた手つきで細谷がパネルの操作をしてカードキーを差し込むと扉が閉まった。エレベーターが動き出し一瞬の浮遊感があったがすぐにそれもなくなる。扉が開くと様々な機械の音が響いてきた。

「相変わらずうるせぇな」

 どうやらこの音はいつもの事の様で細谷は気にせず通路を進んでいく。その途中で幾つか部屋を通り過ぎるが部屋への扉はガラス張り中を覗うことができた。ある部屋では白衣を着た人々がフラスコやビーカー片手に何やら議論していたり、別の部屋では作業着を着た人々が銃の弾を持って話し込んでいる。

「ここだ。邪魔するぜ!」

 そう言うと細谷が扉を開ける。部屋の中には白衣を着た初老の男性と作業着を姿の女性が座っていた。

「あなたにしては珍しく時間通りね」

「佐々山所長が直々に話をしてくれるそうだからな」

 女性の言葉に細谷は悪びれもせず言い切ると椅子に座る。その様子にナナシは座っていいのか分からずその場に立ち尽くしていた。

「ナナシさんもお掛けになってください。あ、申し遅れました。技術研でこの馬鹿の刀を作った森下と言います。よろしくお願いしますね」

 そう言って手が差し出されるとナナシは軽く会釈しながらおずおずとその手を握った。森下は満面の笑みを浮かべるとそのまま手をぶんぶん振る。その様子を柔和な笑みを浮かべながら見ていた男性が立ち上がる。

「森下くん、そのくらいにしてあげて。私はここで所長を務めている佐々山という者だ。よろしく」

 そう言って手が差し出されると森下がようやく手を放す。佐々山の手を取ると年齢からは想像できない力強さを感じた。手が離れると二人が椅子に座りナナシも席に着いた。

「んで?前に俺が言ってた案はどんな感じっすか?」

「あんたにしてはかなり面白い提案だったわよ。あんた専用の機械鎧なら確かに一番の懸念のバッテリー問題を解決できる」

 細谷は佐々山に話しかけたのだが森下が嬉々として割り込んできた。

「でも、問題点も多いわ。あんたの出す電気をバッテリーに充電するのはまぁどうにかできる。というかするわ。でも、あんたが要求するであろう無茶な動きと充電のための放電による負荷を考えたら幾らバッテリーが充電できても先に駆動系が死ぬわ。あんたバッテリーだけに対して放電とかできる」

「まぁ、ある程度位置が分かってりゃそこに向けて放電するだけだからできなくはないんじゃね?」

「戦闘中でも?あと駆動系のことを考えると全方位への雷撃とかできなくなるわよ。つまり荷電粒子加速抜刀もできなくなるわ」

「あれ使えないとか意味ねぇじゃん」

 森下の言葉に細谷は愕然とした。自分ではかなり良い思いつきだと思ったがどうもそんな単純にはいかなさそうだった。何か別の新しい武器でも作ってもらおうかと思ったところで佐々山が口を開いた。

「まぁ、今の森下君の話は現在の状況で作った場合の話だ。先ほどの問題点を解決できる方法があるとしたらどうだい?」

「お?そんなもん決まってるぜ!何をしたらいい?」

 細谷の言葉に佐々山は頷くと言葉を続けた。

「そもそもの問題点は兎にも角にも資源不足だ。今使えるもので機械鎧を作っても細谷君の満足するものはできない。なら余所から資源を持ってくればいい」

「余所つっても採掘所とか廃墟漁って手に入るようなもんなのか?」

「はは、そんなところじゃあ一生掛かっても集めるのは無理だよ。一か所だけあるだろ?資源が豊富で手付かずの場所が」

 その言葉に細谷はしばし考え込む。そして口を開いた。

「・・・第五シェルターか」

 その答えに満足そうに佐々山が笑みを浮かべた。

「そう。実は第五シェルターには私の研究室があってね。あのごたごたが起きる少し前に火力転換炉の点検を頼まれていてそこに居たんだ。必要な物資や道具を持って行っていたんだが結局使う前に逃げることになってそのまま置いてきているんだよ」

「つまりそれを取ってくればいいんだな」

 佐々山が頷くとすぐに細谷が立ち上がる。その様子に慌てて森下が声を上げた。

「ちょっとちょっと!何立ち上がってんのよ!?」

「あ?そりゃ今から取りに行くためだろ」

 森下はその反応に呆れながらも口を開いた。

「あんたねぇ・・・第五シェルターは軍の許可がないと入れないわよ」

「は?じゃあどうすんだよ」

「話は黙って最後まで聞きなさい。ちゃんと技術研の方から軍の許可は取ってるわ。でも、それは軍が新しい武器の開発の必要性を認めたからよ。つまりあんたの件はついでなの。ここ間違えないでね」

 細谷はその言葉に心底不服そうな表情をするが森下は一切気にしず話を続ける。

「第五シェルターまでは軍の小隊が送ってくれるわ。でも、隔離された第五シェルターの内部がどうなってるかは誰も分からない。だから内部に入って必要なものを取ってくるのは速度重視で必要最低限の人数で行くことになってる。軍はその間、第五シェルターの外で帰還場所の確保をしてくれるわ」

「まぁ、下手したら中は発症者と変異体でお祭り騒ぎかもしれねぇから動きやすい少人数がいいってのは分かるぜ。俺とナナシは確定として他に誰か行くのか?」

「私も含めた三人よ」

 森下が何気なく言った言葉に細谷が固まる。黙って話を聞いていたナナシも思わず声を上げた。

「え!?大丈夫ですか?」

 一歩遅れて細谷が抗議する。

「おいおいおい!中がどうなってるか分からねぇって言ってるのにお荷物背負って行けってことか!?」

「自分の身は自分で守るからご心配なく。それに私は廃棄される前の第五シェルターはよく知ってるからね。道案内としては最適よ。それじゃあミッションは一週間後だからよろしくね」

 二人の困惑を余所に森下は自信あり気に答えると席を立つ。慌てて細谷が声を上げた。

「あ!ちょっと待て!」

「・・・何よ?」

 怪訝か顔で森下が細谷を見る。

「あれだよあれ。前に頼んでたやつ。もう出来てるんじゃねぇのか?」

 その言葉に森下は「ああ」と言ってポケットを漁る。そして小さな箱を取り出すと細谷に投げた。

「おわ!?大事に扱えよ!」

 慌てて受け取ると細谷は文句を言うが森下は特に気にも留めなかった。

「落としても壊れないんだから気にしすぎよ。それじゃあね」

 森下が部屋を出ていく。

「はぁ・・・。決まったもんは仕方ねぇ。そんじゃあ俺達も帰ろうぜ。佐々山さん必要な物はきっかり持って帰るから機械鎧よろしくお願いしますね」

「ああ、任せてくれ」

 佐々山の返事に気をよくして細谷は上機嫌で部屋を出ていく。慌ててナナシもその後を追った。部屋を出る直前に声が掛けられる。

「ナナシ君、くれぐれも注意してくれ。第五シェルターでは何が起こるか分からないからね。いざとなれば物資は諦めて人命を優先してくれ」

「分かりました。二人は死なせません」

 その言葉にナナシは返事を返すと細谷の後を追った。残った佐々山がポツリと呟く。

「自分の命もちゃんと大事にするんだよ」


 軍の本部を出た後も細谷は機嫌よく鼻歌交じりで歩いている。手には森下から受け取った小さな箱が握られていた。

「それ何が入ってるんだ?」

 思わずナナシが聞くと細谷は照れたように笑った。

「あー、もうちょっと待ってくれ。すぐに分かるから」

 結局、箱の中身が何か分からないまま孤児院に着く。玄関を開けるとエプロン姿の芳奈が迎えに出てきた。

「あれ?蓮君用事は終わったの?」

 その言葉に返事をせず細谷は小さな箱をぶっきらぼうに芳奈に突き出した。不思議そうに芳奈が箱を受け取る。

「中見てくれ」

 その言葉に箱を開けると中に指輪が二個入っていた。指輪は飾り気は無いが陶器のように真っ白で光を反射してキラリと光っている。

「生宝石で作ってもらったんだ。俺は荒事ばっかだから普通の指輪じゃすぐ壊しちまうから」

 照れくさそうに細谷が言うと芳奈が抱き着いた。しっかりと受け止め言葉を続ける。

「遅くなって悪かった。今まで以上に大事にするから結婚してくれ」

「うん!これからもよろしくお願いします」

 目の前の光景にナナシは両手を口に当て驚いていた。その姿はまるで井戸端会議で噂話聞くおばちゃんの様だった。我に返ったナナシが祝福の言葉を贈るよりも先にリビングから子供達がやってきた。玄関はあっという間に喧噪に包まれる。記憶が無くなって不安なことも多いがこんな毎日が続けばいいとナナシは思った。

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