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軍の施設での話し合いが終わり、ナナシは細谷と一緒に道路を歩いていた。周囲ではまだ先ほどの騒動の片付けのために人々が忙しなく働いている。
「負傷者は三千人ちょっとで死者と行方不明者は四百人くらいってんだから負ったより被害が少ないよな」
細谷は何気なく言うが十分な被害ではないかと思い黙り込む。
「おいおい、お前が居なけりゃ全員死んでたかもしれないんだぜ?そんな暗い顔すんなよ。生きてるだけで儲けもんだろ」
ナナシは改めて周囲を見た。そこには多くの人が復興のために動いていた。しかし、全員の表情に暗いものはない。
「こんな世の中だからよ。全員それなりに覚悟はしてるんだ。だから生きることに必死になれる。まぁここは中央でそこまで被害がなかったからかもしれないがな。ほれ着いたぜ」
十分程歩いただろうか。目の前には校舎のような建物があった。
「学校みたいですね」
「はは!そりゃ元は学校だからな!移転するってんで格安で買い取ったのさ。まぁ、中は結構改築してるから快適だぜ」
そう言いながら細谷が玄関を開ける。
「あー!蓮治だ!やっぱ生きてた!」
細谷の姿に一人の子供が気付くと周りの子と一緒に駆け寄ってくる。ざっと見て二十人はいるだろうか。
「はは!落ち着けガキンチョども!俺が死ぬわけねぇだろ」
「蓮君帰ったの?」
その騒ぎに奥からエプロン姿の女性が姿を見せた。ナナシに気づくと軽く会釈する。慌ててナナシも会釈し返す。
「おう芳奈!今帰った!今回はまじでやばかったわ!こいつは恩人のナナシだ!今日からここに住むからよろしく」
細谷の言葉に芳奈と呼ばれた女性は一瞬驚いた表情をしたがすぐに笑顔を受かべる。
「あら、そうなの?夕飯足りるかしら?」
「あー急に決めちまったからな。食材買ってこようか?」
その言葉に周囲の子供たちは自分も買い物に行きたいと騒ぎだす。こうなるとなかなか収拾が付かないのでどうしようかと思ったところでインターホンが鳴った。子供たちを避けながら芳奈が玄関を開けるとそこには女性が立っていた。手には大きな鍋を持っている。
「川崎さん!どうしたんですか?」
「あんな騒動があったから子供たちの食事は大丈夫かと思ってね。これカレーなんだけど良ければ食べてくれる?」
芳奈は鍋を受け取りながら礼を述べる。
「いつもすいません。ちょうど食材を買いに行こうと思っていたところで」
「あら、それはちょうどよかったわ」
そこで川崎と呼ばれた女性はナナシに気づいた。ナナシも思わずその姿を凝視する。なぜだかすごく胸が締め付けられた。
「・・・そちらの方は?」
「蓮君の友達のナナシさんです。今日から家に住むことになったみたいで」
「そうなの。賑やかになるわね。また、差し入れ持ってくるから良ければ食べてね」
それだけ言うと女性は玄関を閉め去っていった。
「今の人は?」
呟くようなナナシの問いに細谷が答える。
「ん?近所に住んでる川崎さんだ。半年前に息子さんが行方不明になってな。一応、死体は見つかってないらしいが正直厳しいだろうな。よく差し入れに手作りのお菓子とかいろいろ持ってきてくれるんだ。良い人だぜ」
それにナナシは「そうですか」とだけ短く返した。
「おっしゃ!それじゃあ飯にするか!」
細谷がそう言うと周囲の子供達と一緒にとリビングへ駈け込んでいく。
「ぼーっとしてたら飯無くなっちまうぞ!早く来いよ!」
部屋から顔だけ覗かせ細谷がナナシを呼ぶ。それに苦笑いを浮かべながらナナシは早足でリビングへ向かった。その後を芳奈がニコニコしながらついて行った。
食事の後は風呂となったが、子供達と一緒に入るのは予想以上に疲れる結果となった。浴室は教室の一つを丸々改築して作られておりかなりの広さだった。そこを子供達が好き勝手走り回るものだから見ているナナシは転ぶのではないかとハラハラした。一方の細谷はいつもの事なのか特に気にした様子もなく湯船でくつろいでいた。風呂の後は芳奈や年長の子が面倒を見るということで解放され細谷に部屋に案内してもらう。
「悪いが今日は俺の部屋で寝てくれや。明日には一室片付けるからよ」
部屋の中にはベッドの横に布団が敷かれていた。細谷はベッドに飛び乗るとそのまま横になる。
「しっかし今日はやばかったぜ。お前が来なけりゃまじで死んでたな」
細谷の言葉に相槌をしながらナナシも布団に入る。そこで気になったことを聞いてみることにした。
「ここは細谷さんが経営してるんですか?」
「その前に一ついいか?俺に対してはその丁寧な口調止めてくれ。あと俺の名は蓮治だ。こっちは呼び捨てにしてるんだからお前も好きなように呼んでくれ。戦場で命預けたんだからよ。他人行事は今更無しだぜ」
そう言って笑う細谷に一瞬ナナシは驚いたがすぐに頷いた。
「そんじゃさっきの質問だが、この孤児院は俺が経営してるってので間違いないぜ。とはいえ周囲の人がいろいろ手伝ってくれたりして世話になりっぱなしだがよ」
「こういう孤児院は他にも?」
「あるにはあるがほとんどないようなもんだな。つーのも軍の方でしっかり孤児院経営してっからな。正直、設備とかも向こうの方が充実してるぜ」
その答えにナナシはますます細谷が孤児院を経営している理由が分からなくなった。
「なんで孤児院経営してるんだ?趣味?」
「だはは!孤児院経営が趣味ってどんな趣味だよ!」
ひとしきり笑った後に細谷が続ける。
「あー、でも趣味っちゃ趣味か。実は俺は軍の孤児院出なんだがよ。軍人の人らには良くしてもらったんだ。あの人ら非番の時とかめっちゃ子供の相手してくれんだよ!」
「それで憧れたからか?」
楽しそうに話す細谷にナナシが聞くと予想外の答えが返ってきた。
「逆だな。すげー感謝はしたけどやばいと思った。軍の孤児院出の奴がどのくらい軍に就職するか知ってるか?」
ナナシは首を振る。
「だいたい九割だ。軍は特に就職に対して強制なんかしないのにだ。理由は単純に恩返しってのが多いだろうな。子供ってのは大人が思ってる以上にいろいろ見てるし自分で考えてる。前までよく遊びに来てた人が急に来なくなったり、遊んでる途中で泣き出す大人とかいてよ。そんで孤児院の仲間が増えるんだ。ああ、あの人は死んだんだなって分かるわけよ」
細谷は一度言葉を切ると小さく息を吐いた。
「そしたらよ。あれだけ世話になったんだから次は俺がこいつらを守らなくちゃって思うんだ。まぁ、俺は上位適応者だってのが分かって自分の力でどこまで出来るのか試したくてハンターになったわけなんだが、何度か一緒に仕事をしたことがあるけど軍の孤児院出の軍人はやばいぜ。どんな相手だろうが一歩も引かねぇんだ。普通なら壊走するような状況でも持ちこたえるんだよ。結果としてそれで自分が死んだとしても被害が最小限になるならいいってのを素でやっちまう。それ見て駄目だと思った。あー、軍人の奴らが駄目って言いたいんじゃないだ。すげぇことやってるし実際それで大勢助かってる。どう言えばいいかな」
細谷は頭を掻きながらどうにか言葉を紡ぎ出す。
「あれだあれ。子供が変に恩を感じてそれで自分の命の使い道を決めるのが気にくわなかったんだ。色んなこと学んで考えてそれで軍に入るってのなら俺はいいと思うわけよ。でも、世話になったからとか変な使命感で軍に入って最後まで戦って死ぬのは何か違うだろ?」
諦めたように細谷は天井を見上げた。
「こんないつ死ぬか分からねぇ世の中だからさ。せめて自分のやりたいことやって死んでほしいんだよ。俺の力じゃ孤児を全員どうこうするってのは無理だからせめて知り合いの子くらいは面倒見てやろうって思ったんだ」
その言葉にナナシは感心して細谷を見つめた。
「・・・なんだよ」
「いや、今までの言動があれなのにめっちゃ考えてるなと思って」
「ふざけんな!もう寝るぞ!電気消しとけ!」
ナナシの言葉に怒ると細谷は布団をかぶった。ナナシは笑いながら電気を消すと布団に潜り込んだ。
蝿鈴が起こした騒動から一月経ち黒川は部下から下水道に関する報告を受けていた。
「先の戦闘で倒壊した住居の整備を含め一度下水への排水を止めた結果、下水道の水路下部に抜け穴が作られているのを発見しました。通るには汚水に潜る必要がありますが、この抜け道を通って侵入してきたので間違いないかと思います」
一緒に報告を聞いていた白取が顎に手を当て考えこむ。
「どこに通じているか確認はしたのかね?」
「はい。汚水からの感染の危険もありましたので適応者に協力を依頼し探索した結果、シェルター南東にある狼森まで通じていることを確認しています」
同じく報告を聞いていた広瀬が驚きの声を上げる。
「狼森?シェルターから十キロは離れてますよ」
「それだけの地下道を掘って来たとなると協力者がいる可能性もあるかね」
黒川の言葉に白取は疑問を口にした。
「それはどうでしょうか。蝿鈴は上位適用者を遥かに凌ぐ力を使っていたそうじゃないですか。そして同様の力を持つ共犯者が一名いた。正直、他に協力者がいなくともこいつら二人だけで地下道の作成は可能だと思いますが」
「真偽は不明ですが蝿鈴は発症者を操っていたという報告もあります。もしこれが真実なら地下道の作成に使用した可能性は高いと思われます。それに他に協力者がいれば先の騒動で一緒に何かしらの行動を起こすのでは?」
広瀬もシェルター内部に協力者がいるとは考えていないようだ。
「別に私もこのシェルター内にそんな大馬鹿者がいるとは思っちゃいないさ。ただ最悪は想定しておくべきだ。なんたって私らの想定した最悪は前回あっさり超えられちまってんだからね」
黒川の言葉に二人の表情が険しいものになる。
「ギルド長が遭遇した共犯者については行方不明というのが歯痒いな。相手がどこにいるかも分からなければどうしても後手に回るほかない」
「行方が分かっても報告を聞いた限りだと手の出しようがなさそうですけどね。銃も効かない、上位適応者を赤子の様にあしらうとか反則でしょう」
広瀬のその言葉に白取の眉間の皺がよりいっそう深くなる。
「何を弱気なことを言っている。我々の仕事はできるかできないかではない。やるのだ」
白取の根性論に広瀬は心底嫌な顔をする。二人が言い争いを始める前に黒川が口を開いた。
「少なくとも蝿鈴は殺せたんだ。行方不明の共犯者も見つければ同じように処理するだけさね。幸い切り札はこのシェルターにあるんだからね。さて、まだまだ住居の復旧なり崩壊した壁の再建なりやることは山積みだよ。できることからやっていこうじゃないか!」
その言葉に二人は頷くと椅子から立ち上がった。




