21
数時間後、中央にある軍本部の一室に今回の騒動の鎮圧に関する主要な関係者が集っていた。軍からは大将の黒川と前線指揮をしていた赤瀬、ハンターギルトからはギルド長の長谷田と細谷、そして首謀者の蝿鈴を討ち取ったナナシの五人だ。
「さて自己紹介も済んところで、事の経緯はおおまかに報告は受けている。此度の尽力感謝する」
黒川の礼の言葉にナナシはどう返していいか分からず軽く頭を下げた。顔を上げるとジッと黒川がこちらを見つめている。その瞳には力強さがありナナシは視線を逸らさず見つめ返した。
「気色悪いな!何婆ぁと見つめ合ってんだ!?」
その様子に細谷が声を上げた。
「黙りなクソガキ。レディに向けて婆とはよく言ったもんだ。これは躾が必要かね」
「はぁ!?七十超えてるくせにレディ!?婆こそ世のレディに謝れよ!」
「細谷止めろ!俺まで巻き添えで折檻されたらどうする!今の俺に耐えられる体力は残ってないんだぞ!」
黒川と細谷の言い争いに必死に長谷田が割って入る。その様子をナナシはポカンと眺めていた。
「驚いたかい?軍のトップ、まぁ実質のこのシェルターの支配者と言っても親しい者の前ではこんなものさ。お婆様、お戯れもその辺りで」
赤瀬が笑いながら言うと黒川も姿勢を正してナナシに向き直った。
「ふん!孫にそう言われちゃ仕方ないね。それじゃあナナシさん?でいいかい?」
「あ、さん付けとかはしてもらわなくて大丈夫です。その、俺は素性も分からない様な者ですし」
「聞いたかい細谷!お前に足りない謙虚さだよ!あんた爪の垢を飲ませてもらいなよ!」
「いちいち俺を引き合いに出すな婆!話が進まねぇんだよ!」
まさかあんたに正論吐かれるとは思わなかったと呟くと黒川は真面目な顔で話し出した。
「それじゃあナナシ。今回の蝿鈴が起こした騒動の鎮圧への協力についてこのシェルターを代表して改めて礼を言う。正直、あんたが居なければこのシェルターは終わっていたよ」
「俺は蝿鈴に恨みがあって今回たまたまシェルターが助かるような形になっただけなんです。礼を言われるようなことじゃないんです」
ナナシの言葉に黒川が細谷を見る。細谷は心底うんざりした表情をして「いい加減にしろ」と言った。
「ふむ。あんたにその気が無くても私らが助かったのは事実だ。それに対して感謝するのは可笑しなことかい?」
黒川の言葉にナナシは首を振った。
「謙虚も過ぎれば嫌味になっちまう。あんたにその気が無くても実際に助ける形になっちまったんだからもし誰かに感謝されたら素直に受け取っときな」
ナナシが頷くのを見て話しを続ける。
「それじゃあ報酬の話をしよう。正直、何で払えばいいか分からないくらい大きな借りができちまった。何か欲しいものとかあるかい?」
黒川の問いにナナシは暫し考えて口を開く。
「それじゃあ、俺の記憶を探す手掛かりなんかを見つけてもらえれば」
「それは当然さ。それ以外に何かないかい?」
最初にナナシから蝿鈴による人体実験によりそれ以前の記憶が思い出せないことは聞いている。記憶を探す手伝いをするのは黒川にとっては当然のことでそれ以外に何で報いればいいかという話だった。
「あー、いえ、特には」
その返答に黒川は困ってしまった。どうしたものかと思案していると細谷が声を上げた。
「おいおい、自分の記憶だろ?自分で探さねぇでどうすんだよ」
全員の視線が細谷に集まるが気にした様子もなく喋り続ける。
「という訳でハンターやらねぇか?力も申し分ねぇしハンターなら色々見て回れるから記憶探しも捗るぜ」
「いやいや、ハンターになるのと今回の報酬は関係ないだろ?」
長谷田の言葉に細谷は平然と言い返す。
「軍のお墨付きってことで黒腕章期間無しで一気に紫腕章にしてやるんだよ。すげぇ時間短縮だろ?」
通常、ハンターになった場合はまず黒腕章から始まる。黒腕章のうちはシェルター内部の雑用などが主な仕事でそこで一年間その人物を評価し問題なければ白腕章へ昇格する。白腕章になるとようやく銃器の携帯が許可されシェルター外の仕事にも携わることができるようになる。その後もその人物を評価しながら徐々に腕章の色が上がっていき重要な仕事が任されるようになるというのが通例だ。
「確かに金銭ではどうこうできない部分ではある。紫腕章は各シェルターに数人いるかどうかだからな。ハンターの中でも一線を画す存在で軍の推薦がないとなれない。つまり多少の治外法権的な存在だ」
そう言う長谷田に何げなく細谷が呟く。
「ついでに俺の腕章も紫にしてくれ」
「お前はまだ青だ」
「なんでだよ!おかしいだろ!?今回俺も活躍してんだろ!」
暴れる細谷を余所に黒川がナナシに話しかける。
「この馬鹿の話はなかなか面白いよ。確かに自分で記憶を探すとなるとハンター程動きやすい職業は無いだろうね。どうする?」
「・・・確かに自分で探してみるのが一番よさそうですね。それでお願いします」
ナナシの言葉に黒川は満足そうに頷く。
「よし!それじゃあ軍はナナシを紫腕章へ推薦するよ。あとは衣食住の準備も任せな」
「待てよ婆!そこまで面倒見るのは違うだろ。あくまでナナシをこのシェルターの一員に迎えるんだからよ。自立させてなんぼだろ」
細谷の言葉に黒川が怪訝な表情を浮かべる。
「それじゃあどうするってんだい?」
「俺のところで面倒見てやるよ!」
その言葉に赤瀬が口話挟む。
「君のところというと孤児院かい?それは大丈夫なのか?」
「あ?ナナシはもう戦友だぞ?何か問題あるのか?」
赤瀬が気にしたのはそこではないのだが訂正するのも面倒なので敢えて黙ることにした。ただし、その表情は明らかに細谷をバカにしている。
「あ?なんだその顔」
「はっ、すまない。あまりにも哀れな生き物を見てしまってね」
言い争いが始まる前に長谷田が口を開いた。
「まぁ本人が問題なければそれもいいんじゃないかな!少々騒がしいところもあるが人との交流で何か思い出すかもしれんし悪い選択肢という訳ではあるまい!」
「私はナナシがそれで良いいなら文句はないよ。どうする?こっちで用意した住居に住むかそれとも細谷の世話になってみるか」
全員の視線が集まる中、ナナシは答えを出した。




