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 細谷の身体が宙を舞う。地面に落ちると口から血を流しながらどうにか立ち上がった。

「上位適応者というのは頑丈だな。全員がそうなのか?それともお前だけか?気になるな・・・。お前の死体は解剖のし甲斐がありそうだ」

 刀を杖の様にして立っている細谷に蝿鈴が歩いていく。時たま銃弾が飛んでくるが一切気にすることはない。

「それではもう一度空の旅だ」

 目の前で蝿鈴が手を挙げるが細谷はニヤリと笑った。

「溜めるのに時間がかかったがこれで終わりだ。消し飛べ!」

 その手が振るわれるよりも先に細谷の身体から雷が放たれた。雷が蝿鈴に直撃し周囲に閃光と轟音が響く。その余波で転がった死体が蒸発し、周囲の発症者も感電し黒焦げになる。

「ざまぁみやがれ!この糞野郎共が!」

 目の前で煙を上げている蝿鈴に細谷が悪態を吐く。終わったと思うと体の節々が痛みその場に座り込んだ。

「なぜ座っている?」

 頭上から声が掛けられ顔を上に向ける。身体から煙を出しながら蝿鈴が顎に手を当て考える仕草をしていた。

「あれで終わりか?音と光には驚いたがそれだけだな」

 細谷は歯を食いしばると体に力を入れ立ち上がる。

「クソが・・・。大人しく死んどけや」

「ふむ・・・。その様子だとあれが君の切り札ということで間違いなさそうだな。それでは終わらせよう」

 蝿鈴が手を上げ振るおうとした瞬間、絶叫が響き渡った。

「はあぁあああええぇえええすぅうぅううずぅうぅぅぅうう!!!!!」

 自分の名を呼ばれ蝿鈴は手を止めそちらを見た。そこには病衣姿のナナシが立っていた。

「・・・ナナシ?なぜお前がそこにいる?確かに火力転換炉に入れたはずだが?」

 蝿鈴が疑問に思っている間もナナシは蝿鈴に向かって突き進む。

「まぁいい。お前も私の邪魔をするなら改めてそこで死ね」

 ナナシに向かって手を振ると突風が吹き荒れ周囲に転がっている発症者の死体が砲弾の様に放たれた。飛来する死体の一つがナナシに直撃する瞬間、それは殴り飛ばされる。何時の間にかナナシの身体は灰色の鎧の様なモノで覆われていた。その姿を見て蝿鈴は驚きの声を上げる。

「ほぉ!まさかお前も殻化できるのか!いや、逆か?殻化はお前の能力でそれが私達に発現したと考えるべきなのか?まぁ、この疑問は後で考えるとしよう!」

 蝿鈴が手を大きく振ると竜巻が発生しナナシに向かっていく。暴風の余波で細谷はシェルターの壁側に吹き飛ばされた。ナナシの姿が竜巻に飲まれると蝿鈴はシェルターに目を向ける。

「さて、途中邪魔は入ったがお前たちはここで終わりだ。シェルターはちゃんと私が有効活用するので心配はいらんぞ」

 蝿鈴が暴風を発生させるために手を構えたところで細谷が声を掛けた。

「・・・おい。後ろ来てるぜ」

「あ?」

 間の抜けた声を上げた蝿鈴の顔面が殴られると纏っている生宝石に罅が入る。

「何!?バカな!?」

 予想外の事態に声を上げるが続けざまに拳が振るわれる。どのような兵器が直撃しようが傷一つつかないはずの生宝石に守られた体に次々と痛みが降り注ぐ。

思いっきり殴られ壁際まで吹き飛ぶと蝿鈴は改めてナナシを見た。ナナシの拳にも罅が走り砕けた生宝石がパラパラと落ちている。

「・・・なるほど。この痛みは生宝石同士のぶつかり合いが原因か」

 そう言いながら壁に取り付けられた生宝石でできたパネルに手を着くと指先に力を籠める。壁に亀裂が入りそのまま一部が抉り取られた。

「やはり唯の生宝石なら私の纏っている生宝石の方が強いな。しかし、殻化同士ならそうもいかんか」

 蝿鈴が拳を構える。ナナシが走り寄りお互いに拳が届く距離になると壮絶な殴り合いが始まった。まるで金属と金属がぶつかり合う様な音が響く。その度に殴られた箇所と拳に罅が走る。

「どうもお前には効かんようだがこれならどうだ!?」

 殴り合いの最中に蝿鈴がアッパーの様に腕を振り上げる。拳が顎を捉える寸前にナナシは後ろに仰け反り躱す。反撃に移ろうと前を見ると暴風で巻き上げられた砂塵で蝿鈴の姿が見えなくなっていた。

 相手を見失い動きの止まったナナシの腹部に蹴りが突き刺さった。衝撃に体が前のめりになり下がった頭をぶん殴られる。衝撃で視界が揺れるが反撃に殴り返す。その拳が軽く防がれると状況は蝿鈴の一方的なものとなった。

「ははは!どうしたどうした!拳に力が無くなってきているぞ!どうやってあの状況から脱したかは知らんが所詮は死にかけか」

 ナナシの纏った生宝石に無数の罅が入り一部は剥がれ落ちた。蝿鈴は殴っている拳には罅が入っているが、先ほどついた体の罅は既に修復されている。どうにか反撃の糸口を見つけようとするナナシの目に一人の人物が映った。自分がここに来た時に蝿鈴と戦っていた男性だ。既に体はボロボロで立っているのがやっとという状況だがその手に刀を握り眼には闘志が燃えていた。一瞬、目と目が合った気がした。特にアイコンタクトが出来たわけでもなかったがこのままではジリ貧なのは明らかなのでナナシは賭けに出ることにした。

殴られた反動で身体をずらすと蝿鈴から右手が見えないように隠す。その瞬間に今ある力の全てを右拳に集中させる。頭部の殻化が解けその分が右拳に集まり一回り拳が大きくなった。

「とうとう殻化を維持できなくなったか。今楽にしてやろう」

 その様子を勘違いした蝿鈴が大振りのパンチをナナシの顔に向け放つ。ナナシは歯を食いしばると敢えてそのパンチを顔面で受けた。肉の潰れる音が響き意識が飛びそうになる。予想を上回る衝撃に朦朧とする中で蝿鈴の姿が目に入った。その表情は生宝石で覆われ見えないが容易に勝ち誇っているのが分かった。


 殺す。


 怒りで意識が一瞬で覚醒する。

「死ぃぃいいいいいぃいぃいいねぇぇええええええぇぇぇええええ!!!」

 絶叫と共に強く握られた右拳で殴る。勝ちを確信していた蝿鈴は予想外の事態に反応が遅れ拳がそのまま顔面を捉えると殴り抜いた。拳を振り抜いた勢いでそのままナナシが倒れる。殴られた蝿鈴は吹き飛びシェルターの壁に勢いよくぶつかると生宝石でできたパネルが砕け壁にめり込む。顔の生宝石は砕け散り鼻血を流しながら蝿鈴は困惑の表情を浮かべた。

「お、あが!?」

 何が起こったか事態を把握できていない蝿鈴の視界に飛び込んでくる細谷の姿が映った。細谷が手に持った刀で突きを放す。そのまま刀が蝿鈴の額に突き刺さった。

「は?な?」

「さっさと死ねこの糞野郎!」

 突き刺した刀に電気を流そうとしたところで蝿鈴の身体から今までにない暴風が吹き荒れた。細谷の身体が吹き飛ばされ勢いよく地面を転がっていく。ようやく止まったところで立ち上がろうとするが風の勢いが強すぎて体を起こすことができなかった。

「あぁあぁああああああああ!!!私が!?私はこんなところで死ぬ訳にはいかない!神の声を!世界に伝える使命がぁああああ!!!」

 暴風の勢いはどんどん強くなりそれは壁が倒壊するほどの勢いとなった。

「全員ここから避難しろ!!装備を捨てても構わん!急げ!」

 赤瀬の叫び声に周囲の兵達は慌てて移動を開始する。

「壁には生宝石のパネルが付いているのになぜ!?」

「パネルは無事だよ。残念ながら土台は生宝石で出来ていないからね。さぁ、私達も移動するぞ。後は信じて待つだけというのが口惜しいがね」

 副官の疑問に答えながら赤瀬も移動を始める。一度だけ振り返るとどうにかこの騒動が無事に終わることを祈った。

 暴風は竜巻の様に渦を巻くと倒壊した壁の破片が勢いよく宙を舞う。その中心で蝿鈴が蹲っていた。

「私はこんなところで死ねん。あのカス!私によくも!」

 額に突き刺さった刀に触れるがそこで手が止まる。果たしてこのまま抜いて大丈夫だろうか?現在、予想以上のダメージに体の治癒が追い付いていない。この状態で刀を抜けば脳に深刻なダメージが発生する可能性が高い。

「ふー、落ち着け。まずは現状認識だ。今の私に近づける者はいない。最優先は体の治癒だ。それが済んだらこの刀を抜く。そしてあの忌まわしいカスどもに鉄槌を下す」

 今後の方針を決めたところで少し冷静になることができた。自分の暴風が効かないナナシの存在は気になるが、周囲には壁の破片や生宝石でできたパネルなどが吹き荒れ容易に近づけるものではない。まずは体の治癒に集中するため目を閉じ呼吸を落ち着ける。

「おい」

 頭上から声が掛けられ目を開ける。そこには全身罅だらけの生宝石を纏ったナナシが立っていた。よく見るとところどころ覆えていない部分もありそこには瓦礫が突き刺さっている。

「お前、俺にしたこと忘れてないよな?」

 その問いに蝿鈴が何かを言う前にナナシが額に刺さった刀を引き抜いた。傷口から鮮血が噴き出し血に交じってピンク色の物体も零れ落ちる。

「おぎゃ!?がぁお?なぴに」

「別に言い訳も謝罪の言葉も必要ない。ただ死んでくれればそれでいい」

 脳に深刻なダメージが与えられたためか蝿鈴の殻化が解け暴風も止んだ。ナナシは握った刀を振り上げるとそのまま蝿鈴の脳天目掛けて振り下ろした。蝿鈴の頭部が二つに割れその場に崩れ落ちる。勢いよく吹き出した血や脳漿がナナシに降り注ぐとその体を赤く染めた。動かなくなった蝿鈴を見てナナシの身体から力が抜ける。殻化が解け急激な眠気にそのまま目を閉じそうになったところで声が掛けられた。

「おい。そのまま寝るなよ?何人かそうやって目を閉じた奴を見たことあるが死んじまうぞ」

 視線を動かすと刀の持ち主が立っていた。

「とりあえずお前が誰か知らんが助かった。ほれ」

 そう言って手が差し伸べられた。重い体を動かしどうにかその手を取る。引き起こされるとそのまま肩を組み歩き出した。

「門から入るのも面倒だ。どうせ開いてるからこっから入っちまおう」

 細谷はそう言いながら倒壊した壁からシェルターに入ることを提案した。ナナシも特に異論はなく刀を杖の様に突きながら頷く。

「うがぁああああああぁあぁああああ!」

 叫び声と共に発症者が背後から襲い掛かる。咄嗟の事に二人とも反応できずやばいと思った瞬間、銃声が響いた。発症者の額に風穴が開き二人に覆いかぶさるように倒れる。発症者の死体を脇に退けながら細谷は文句を言った。

「ふざけんな!もっと早く殺せよ!」

「やれやれ。助けられて言う台詞がそれかい?」

 倒壊した壁の部分で銃を構えて立ってる赤瀬は呆れたように言った。

「まぁいい。今回のMVPは間違いなく君達だ。丁重に持て成そうじゃないか」

 そう言うと赤瀬の後ろから次々と武装した軍人が駆け寄ってきた。二人が担架に乗せられ運ばれていく。

「それでは諸君!首謀者は打ち倒されたがまだ周囲には発症者がいる。見ての通りシェルターを守る壁も壊れた。ここからが我々の意地の見せ所だ!各員奮起せよ!」

 赤瀬の号令に軍人達が答えた。それぞれが自分たちにできることをするために行動を開始する。

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