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18

 少し時は戻って蝿鈴と軍がぶつかる瞬間、ペオルは隠し通路を通って下水道に出ていた。

「あー、ここ濡れるから嫌なのよね。汚いし」

 愚痴を零しながら汚水の中を潜る。その後ろには発症者がぞろぞろと続いていた。水路から這い上がり暫く進むと出口への扉が見える。

「それじゃあ、パーティを始めましょう」

 下水道の入り口を警備している兵達は雑談をしていた。下水道への出入り口の周辺には新たにフェンスが設けられ通常四人で警備をしていたところが最近は倍の八人で警備をしているという状況もあり気が緩んでいる。、

「おい、聞いたか。今、外に発症者が大量に来てるらしいぜ」

「まじかよ?なんでそんなことが起きたんだ?」

「さぁ?俺もさっき聞いたところだからな」

「肝心なところ分かってないのかよ。まぁ、今までシェルターが外部から崩壊したなんて聞いたことがないし心配しなくてもいいんじゃねぇか?」

 それもそうだなと言おうとしたところで下水道の扉が吹き飛んだ。咄嗟に銃を構える。そこから出てきたのは薄い赤色の鎧の様なモノを着た人間だ。

「・・・なんだ?」

 疑問の声はその後ろから溢れ出した発症者の姿で消し飛んだ。

「ッ!?撃て撃て!お前は本部に連絡してこい!急げ!」

 銃声を背に聞きながら一人の軍人が走る。残った軍人達は押し寄せる発症者に銃を撃ち続ける。

「まったく楽な任務だと思ってたのによ!とんだサプライズだ!」

 下水道から溢れ出る発症者の量は軍人達が撃ち殺す速度を超えていた。押し寄せる重みでフェンスが倒壊する。

「ああ、クソッタレが!おい!このボケども!勝手にどっか行こうとしてんじゃねぇ!ここで暴れたけりゃまず俺達を殺してからにしやがれ!」

 フェンスが倒壊すると発症者達は蜘蛛の子を散らすようにシェルター内部に走り去っていく。軍人達も行かせまいと発砲するがあっという間に発症者の波に飲まれた。

「痛ってぇな!そんなに食いたきゃたらふく弾丸食らわせてやるよ!」

「ははは!誤射したらすまんな!まぁ、あの世で謝るから簡便してくれや」

「ああ!?テメェまだ負け分払ってねぇだろうが!こんなとこで勝手にくたばるんじゃねぇぞ!」

 発症者に噛まれながら軍人達は軽口を叩き合う。失血からか意識が朦朧とし気が遠くなる。それでも血塗れになりながら銃を発砲する。発症者の絶叫と銃撃が響く中でそれは幻聴かもしれないが悲鳴が聞こえた気がした。

それは駄目だ。俺達はこのシェルターを守るために軍に入った。その俺達の目の前で民間人が襲われる?冗談も大概にしろ。

「だから!このシェルターで暴れたけりゃまず俺たちを殺してからって言ってるだろうがぁあああああああああああ!」

 弾が切れるとマガジンを交換する時間も惜しいと銃床で目の前の発症者をぶん殴る。背中から発症者に飛び掛かられ体制を崩すとそのまま複数の発症者が群がり押し倒された。服の上から容赦なく肉が噛み千切られる。

「ああ、クソッタレ。悪いが俺は先に逝くわ。お前らはゆっくり来いよ」

 それだけ言うと押し倒された軍人はベルトに装着している手榴弾のピンを抜く。爆発範囲を広げるために押さえつけられた身体を無理矢理仰向けにした。

「このクソッタレども!お待ちかねのデザートだ!」

 軍人がそう言うと手榴弾が爆発し衝撃波と破片が周囲の発症者を薙ぎ倒す。一番身近で爆発を受けた軍人の身体は千切れ飛んだがその顔には笑みが浮かんでいた。暫くすると別の場所でも爆発が複数起きた。

「うわぁ~、何こいつら?酔っぱらってたの?こいつも死んだのに何笑ってんだよ」

 近くで軍人達の戦いぶりを見ていたペオルは気味悪そうに呟くと転がっている軍人の死体を踏み付けた。

「まぁ、暫くしたら増援が来るんだろうけど・・・。それまでに何人死ぬかな。それより表の方はどうなってるのかなぁ?」

 下水道内では大人しく付いて着ていた発症者も今では好き勝手に行動を始めあちこちで悲鳴と怒号が聞こえてくる。いつの間にか自分の周りには誰もいなくなっていた。

「騒ぎを聞いて来てみれば・・・。この惨状を起こしたのは貴様か?」

 声が掛けられ振り向くと長谷田が立っていた。

「あらあら、ギルド長さんじゃないですか?一人で危ないですよ?」

「俺の質問が聞こえなかったのか?あとその足を退けろ」

 そう言いながら軍人の亡骸を踏み付けているのに気付いた長谷田の額には青筋が立っていた。ペオルはその様子を気にせず額に手を当て考える素振りをした。

「うーん、私のせいといえば私のせいですかね?でもコレは勝手に自爆した結果ですよ?」

 そう言ってペオルが軍人の死体を軽く蹴る。

「・・・。もう何も喋らなくていい。詳しい話は貴様を捕えた後にする。とはいえ今の私はだいぶ頭に血が上っている。手加減はするが死んでくれるなよ?」

「手加減なんてやだなぁ。本気で来ても勝てないですよ?あ!負けた時の言い訳ですか?」

 その会話を合図に長谷田が走った。ペオルが右手を突き出すと掌に火球が現れる。そして放たれた火球が長谷田に直撃する。全身が炎で覆われ火達磨になるが長谷田は止まらない。続けざまに火球が次々と放たれる。

「あっはははは!私の元に来る前に黒焦げになっちゃいますよ?」

 もう何発目かの火球が長谷田を直撃した。その見た目は熱で皮膚が融け一部は炭化している。

「あれ?もしかしてここに来るまでに噛まれて発症してます?」

 なぜその状態で動けているのか分からないペオルは手を止め疑問を口にした。

「そんな心配は必要ない」

 目の前まで来た長谷田の姿が瞬時に治っていく。それはもはや治癒という次元を超えている。

「上位適応者!?」

 驚きの声を上げるペオルの顔面に拳を叩き込む。グシャリと肉が潰れる音がした。

「硬いな」

そう言って長谷田は自分の拳を見た。力一杯殴った拳は潰れ骨がはみ出している。だが、それも直ぐに治った。

「ちょっと驚きましたけどそれだけですか?しょぼい能力ですねぇ」

 平然とするペオルに長谷田は掌打を繰り出した。その踏込みで地面が砕ける。掌打が当たったペオルは数歩後退する。

「・・・重いな。ジャイアントでも吹き飛ぶ威力なんだがな」

「女性に重いって信じられないんですけど」

 ペオルの手から炎が噴き出し長谷田を飲み込んだ。炎に包まれながら長谷田はどうしたものかと悩んだ。今の攻撃で打撃は効かず衝撃も内部まで届かないことが分かった。こうなると自分には目の前の敵を倒す手段がない。

「ほらほら!また丸焦げになっちゃいますいよ!」

 とりあえずこのまま何もしないというのは相手を調子付かせるだけなので突き出された腕を掴むとこちらに引き寄せる。相手が抵抗したところで逆に相手の頭を押しながら足を払う。本当は宙で一回転させるつもりだったが予想以上に重くその場に倒すことしかできなかった。仕方がないのでそのまま倒れた足を掴むとジャイアントスイングを始める。しかしやろうと思って簡単にできるほど相手は軽くない。両腕に力を込め雄叫びを上げた。

「ぬぅうううおおおぉおぉぉおおおおおおお!」

 両腕に血管が浮き上がり筋肉が膨張する。

「な!?この離せ!」

 回転が始まる中、ペオルが長谷田に向かって炎を放つ。だがその程度では掴んだ足を離さない。徐々に回転が速くなっていく。回転が増すにつれペオルの出す炎の勢いが弱まっていく。

「どうりゃぁあああああ!」

 十分な回転を保ったままペオルを放り投げると五メートルほど弧を描いた後、ドスンと地面を落ちた。ペオルは立ち上がろうとするが目が回り思うように動けない。ふらつきながらどうにか立ち上がると目の前に長谷田が立っていた。

「驚異的な防御力にどうしようかと思ったが、三半規管は特に鍛えられていないようだな」

 回し蹴りがペオルの頭部を直撃しその場に倒れた。

「残念ながら私では貴様を殺す術が無いようだ。しかし、このまま放置という訳にもいかん。この騒動が終わるまでここで大人しくしていてもらおう」

 長谷田はまた足を掴むとジャイアントスイングを始めた。

「いい加減鬱陶しいんだよ!」

 ペオルの全身から爆炎が噴き出る。足を掴んでいた手が一瞬で爛れ炭化し崩れ落ちる。手が離れたことでペオルは放り投げられ地面に落ちたが爆炎の勢いは止まらない。地面は赤く熱され一部は融解し溶岩の様になっている。熱風が吹き荒れ周囲の窓ガラスを割り、金属製の窓枠は変形した。

「うざいうざいうざいうざいうざいうざい!」

 爆炎は次第に収まるがペオルからは依然として炎が噴き出しており、その炎が白く変色すると地面は泡立ち蒸発を始める。周囲のあらゆる物が余熱で崩壊を始めた。その状態が二分ほど続いてようやく炎が収まる。ペオルの周辺は地面が蒸発し深さ三メートル程の穴になっていた。

「クソ!無駄に体力使わせやがって!」

 文句を言いながらペオルが這いずる様に穴をよじ登ると周囲を見た。建物は軒並み倒壊し背後の穴と合わさってまるで隕石が落ちたようだ。特に人影は見当たらない。

「流石に死んだ?」

 先ほどのジャイアントスイングの影響か力の使い過ぎか分からないがふらつく足を動かしこの場を離れる。路地裏に入ったところで殻化が解けた。眩暈を感じその場に座り込む。大きく息を吐いたところで足音が近づいてくるのに気が付いた。掌に火球を出し構える。建物の角から人影が出てくるとそこに火球を放った。人影が炎に飲まれる。しかし、それは何も発さず燃えたままこちらに近づいてきた。その全容が見えると思わずペオルは口を開いた。

「・・・誰?」

 目の前にいるのは長谷田ではなかった。半透明な青色で殻化した人物が立っている。その人物が動くと体の色が半透明な青から黒へ変わる。どうやら周囲の色や光の加減で色が変化しているようだった。

「いきなりな挨拶だな。まぁ、いい。私が誰かという質問に答えよう。私は君たちの言うところの“神の声”だ」

「神?」

「違う。神の声だと言っている。君は聞こえていなかったようだが知っているはずだ」

 ペオルはその言葉で蝿鈴がよく言っていたことを思い出した。

「あんたが博士がよく言っていた神の声とかいうのの正体?」

「そうだ。彼は私の言葉を頼りに実験しここまで来た。思ったより歳月がかかったがそこは大目に見よう」

 目の前の人物が手を差し出す。

「さぁ、選択の時間だ。私の手を取り部下になるかそれともならないか。好きな方を選べ」

 突き出された手を見ながらペオルは疑問を口にした。

「ちなみにならなかった場合はどうなるの?」

「私の計画にイレギュラーは必要ない」

 背中を汗が伝う。ここで断れば死ぬという予感がする。恐る恐るペオルは差し出された手を握った。

「ああ、良かった。私は暴力が嫌いでね。それでは私について来てくれ」

 引っ張り起されるとペオルはその後を追う。

「あなたのことは何て呼べばいい?」

「ラグラジア。そう呼んでくれ」

 二つの影が路地裏に消えていった。

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