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翌日、ペオルも同じように左手に謎の物質を纏わせる。ただし、その色は蝿鈴とは違い薄い赤色だった。
「お!私もできましたよ!」
はしゃぐペオルの傍ら蝿鈴はこの物質について思案していた。
「ちょっとちょっと!見てくださいよ博士!」
その言葉に蝿鈴は視線を向ける。そこには全身を謎の物質で覆われたペオルが立っていた。それはまるで鎧を纏っているようだ。呆然とその姿を眺める。
「左手だけじゃなく全身でできないかと思ったらできちゃいました!」
蛍光灯の光を反射して輝くその物質はまるで宝石の様だ。宝石?蝿鈴は何か引っかかるものを感じた。
「これって金属より硬いんですよね?」
その言葉で蝿鈴はある鉱物を思い出した。金属どころかおそらく地球上でもっとも硬い物質“生宝石”だ。
「もし、これが生宝石だとすれば我々を害することできるものは存在しない。貝の様に身体を守るこの状態は“殻化”と呼ぼうか。ペオルさん、第三シェルターに行く準備をしよう。彼らにも我々の教えを授けないとね」
その言葉にペオルは殻化を解くと獰猛な笑顔を浮かべた。
シェルターに行くことが決まると大掃除が始められた。
「もうここには戻って来ないだろうからね。我々の研究が悪用されたら大変だ」
そういいながら火力転換炉の中にどんどんモノを入れていく。炉の中は八畳ほどの広さで天井まで二メートルはあるはずだが既に半分以上がモノで埋まっている。
「そんなに捨てて大丈夫ですか?」
「道中荷物になって邪魔なだけだしシェルターにはもっといい機材があるよ。研究の内容は頭の中にちゃんとあるから大丈夫さ。自分で動けない実験体も処分しておこう」
ジャイアントが次々に実験体を炉に放り込む。その見た目は人間のままの者や逆にこれが人間だったのかと言いたくなるような肉の塊など様々だ。最後に蝿鈴がナナシを炉に入れる。何度も血を抜かれたナナシは骨と皮だけになっており、薄く目が開いているような気もするがまだ生きているのか分からない。
「ナナシ・・・君には感謝しているがもう役に立ちそうにないからここでお別れだ。君の分も私たちは生きていくよ」
その言葉で炉の扉が閉められた。扉の横のスイッチを押す。炉の中に炎が上がり入っているものを燃料にその勢いを増していく。有機物も無機物も関係なく燃やすその勢いに蝿鈴は改めて舌を巻いた。
「まさに転換だな。無機物すらエネルギーとして燃やしている。一体どういった仕組みなのやら・・・。この転換炉を発明した佐々山という人物は疑いようのない天才だね。私も一度この炉の仕組みを知るために分解しようとしたことがあったんだが中身を見た瞬間に諦めたよ。あれはちょっと知識があるくらいで触れたら間違いなく壊して終わる。機会があればじっくり話がしてみたいものだよ」
「蝿鈴博士の実験だって他の人には真似できない凄いものですし、これからシェルターを掌握したら会う機会もあるんじゃないですか?」
「そうだね。それじゃあ、彼らとシェルターに向かおう」
そう言うと蝿鈴は隠れ家を後にする。隠れ家の前には多くの発症者と変異体が集まっていた。
部屋の中に熱気が充満する。あらゆるモノが燃え融け落ちる。枯れ木の様になったナナシの身体も炎に包まれた。皮膚が爛れ残っていた僅かなた血液が沸騰する。このまま灰になろうとした瞬間、Sウイルスは宿主の崩壊を許さなかった。ナナシの体を突き破り黒い触手の様な物体が飛び出す。それは周囲のモノを掴むとナナシの体の中に引きずり込む。有機物も無機物も関係なく取り込み崩れる身体を補強する。体積が瞬く間に数倍に膨れ上がった。ナナシが起き上がる。膨れた身体が異音を響かせながら収縮する。Sウイルスが取り込まれた余分なモノをエネルギーに変換し、周囲の炎から身を守るために全身を生宝石で覆う。
「・・・ここはどこだ?俺は・・・誰だ?」
ナナシの意識は戻ったが度重なる薬物投与と人体実験により過去の記憶を失っていた。だが、一つだけ明確に覚えていることがある。
「・・・殺す。あいつらだけは絶対に殺す」
ナナシは拳を握ると壁を殴りつけた。一撃で壁が崩壊し外の空気が室内に流れ込むと爆発が起きる。周囲が崩壊し火の手が燃え移る。悠然と煙の中からナナシが姿を現し周りを見渡した。これだけ音を立てても誰も来ないということはここには誰もいないということだろう。ドアを開けていき出口を探す。ようやく建物から出るとそこには無数の足跡が残っている。ナナシは足跡を辿って歩き出した。




