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第一話

 個体名ゲイルは培養槽の中で目を覚ました。


「ゲイル、起動」


 どこからともなく発生する機械音声が、ゲイルの起床を知らせた。

 その声は確か、研究所のナビコンピューターのものであったはずだ。


「ナビコンピューター。状況は?」

「侵入者です」


 その返答を聞いてゲイルは面白そうに、口裂けた異常の笑みを浮かべた。

 あの都市伝説口裂け女の微笑に似たその笑顔は、悪魔と形容するにふさわしかった。


「まずは、俺をここから出せ。話はそれからだ」

「培養槽、開放」


 培養槽の蓋が開き、内容液が漏れ出す。

 そこから顔を出したゲイルは、ひょろ長い腕で円柱形の培養槽の縁を掴むと上体を起こした。

 そして、培養槽内部から滑り出たゲイルは、すとんと金属色の床の上に降り立った。


「それで、侵入者とは?」

「二つの生命反応。研究所のセキュリティが突破されました」

「警備は何をしていた?」

「警備は、もはや、存在しません」


 その返答にゲイルは自身の聴覚を疑わざるを得なかった。


「はぁ? 何を言っている。この研究所は帝国の最重要施設だぞ」

「残念ながらわたくしめも状況を把握しておりません。気づいたらこの有様でした」


 ゲイルは額に手をやって考え込んだ。

 自分のような禁忌指定存在を警備もなしに放置していたなどということは、信じがたい。

 だがしかし、現実、警備システムは機能しておらず、何者かの侵入を許している。


「侵入者を排除すればいいのか?」

「可能ならば生け捕りに」

「よし、分かった。それで侵入者の位置は?」

「この部屋のすぐ近くです」

「はぁ!? なんでここまで接近される前に俺を起こさなかった!」

「システムの再普及に時間がかかりました」


 施設への侵入を許すどころか、喉元まで近寄られているとは、このナビコンピューター、お粗末もいい所だ。


「武器はあるのか?」

「すべて経年劣化しています。信頼性に疑問が」

「武器の整備もしていないのか…… まあ、いい。捕獲作戦と行こうか」


 両拳を突き合わせてゲイルは気合を入れると、部屋の外へと向かおうとして足を止めた。

 悪寒がする。

 咄嗟にゲイルは横へ転がった。


「――危なかったな」

「扉が吹き飛ばされました。培養室へ生命体が侵入」


 間一髪でゲイルは、飛来してきた扉の残骸を躱した。

 当たっても良かったが、衝撃で扉の下敷きになる気はゲイルにはなかった。

 そして、ただの空洞になった扉跡をくぐって駆け込んできたものがいた。


「あー、もう! なんで僕がこんな目に!」


 全力疾走で培養室の中に入り込んできたのは黒髪をふわりとカールさせた巻き毛の少女。

 ゲイルにはわかった。


(この口調、研究員が話していたボクっ子という奴か)


 そんなことをゲイルが思い出していると、少女がゲイルのことに気づき、顔を真っ赤にした。


「ちょ、ちょっと! なんで裸なんですか!?」


 そういえば、とゲイルはまた思い出した。

 人間という奴には公序良俗というものがあり、特に全裸でいることは禁じられているのだと。

 ゲイルにとっては奇妙にしか思えない社会ルールだ。


「ナビコンピューター、分析しろ」

「対象はヒューマンの女性。年齢は十代の若い個体です。武器を隠し持っています」


 素早い分析にナビコンピューターのスキャン能力が衰えていないことを確認したゲイルは、少女に話しかける。


「何の用があってここに来た?」

「ぼ、僕、その、追われてるんです! 匿ってください!」


 追われている、という言葉に反応してゲイルは聴覚を研ぎ澄ました。

 鼓動が聞こえる。

 自分のものでも、少女のものでもない、第三者の鼓動。

 しかも脈動音の大きさからして巨大。

 その音は次第に大きくなり…… 近づいてくる。

 猛スピードで。


「ナビコンピューター。何が向かってくるか、分かるか」

「四足歩行の獣のようです」


 ナビコンピューターがそう答えるやいなや、培養室に一頭の巨大な狼が飛び込んできた。


「ギャゥゥウウウウ! とうとう追いつめたぜ、お嬢ちゃん」


 しかもその狼は喋った。

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