勇者様はキヨラカで
何年ぶりか、書きたくなった。後悔はしていない。
軽い読み物のつもりなので厳しい批評は勘弁してください(´Д`)
「なんでっ·····なんでだよおおおおおおっ!?」
膝を床に付け拳を叩きつける少年を、冷めた目で見つめる。
まあ、そうだヨネー。期待した分裏切られた感は大きいヨネー。
全くの他人事なので、それしか感想が思い浮かばない。
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そんな状況になった発端は、私茜崎佳純と黒澤·····同級生の黒澤侑希と図書委員の当番に一緒になった日の事だった。
はっきり言って私は黒澤が嫌いだ。理由は一言で言うなら彼は私の事を自分の同類だと思っているからだ。
私はとにかく本が大好きで、でもって雑食なので気になったものを片っ端から読んでいる。図書委員になったのも、当番の時時間があれば本が読めると思ったからだ。出来れば教室でも読みたいが、休み時間毎にしか読めないので続きが気になって授業中上の空になってしまうと不味いからなのと、読書を邪魔されるのが本当に嫌だからそれは我慢している。よく、「ねーねーなに読んでるのーお?」とか大して興味も無い癖に聞いてくるヤツには本当に腹が立つ。仕方なしに答えても大抵「ふーん·····」で終わるヤツの為に貴重な読書時間を削るのは癪だ。なので、休み時間は大体国語の教科書を読んでいる。そのお陰か国語の成績はバッチリだ。
だが、そんな私を黒澤は、自分と同じで友達が居ないから仕方なく本を読んでいる体裁をとっているのだと思ったらしい。実に腹立たしい。私は読書を邪魔されたくないから一人で居るだけで、友達が居ない訳じゃない。ちゃんと友達は、私が本に夢中になっている間は話しかけないようにしてくれているだけなのだ。なのに黒澤は初めて一緒に図書当番になった時、「僕も友達と居るより本を読む方が好きなんだ」とかのたまいやがった。私は確かに本を読むのは好きだが、友人と天秤にかける気はない。究極の選択として人間と本なら、確実に人間をとるくらいの分別はあるつもりだ。どんなに知識を詰め込もうと、語り合ったり披露したりする相手がいなければ、自己満足にしかならない。だからそう黒澤がのたまいやがったその瞬間、私の中で黒澤は相容れない存在となったのだ。
だが、同じ図書委員をやっている間は、当番が重なることもある(というか、私は昼間読めない分出来る限りの放課後は図書室で本に囲まれて過ごしたいので積極的に当番を代わっている。押し付けられている彼とは違う)。勝手に同士認定された黒澤と同じ空間にいるのは非常に苦痛だったのだが、仕方ない。
今日もそうやって当番が重なった為、貸出と返却の手続きや、返却された本の整理、蔵書点検などを二言三言会話を交わしながら分担して行っていた時、発注していた新しい本が届いた。届いた本を見て、黒澤が歓声をあげる。若干彼と同じなのは不本意だが、私も真新しい本を見てテンションがあがる。ああ·····艶々の表紙、紙とインクの匂いに思わずうっとりする(変態ではアリマセン)。
我が校では、比較的自由に発注する本を図書委員に選ばせてもらえる(とはいえ残念ながらさすがに数万する美術書はなかなか買って貰えないが)ので、私は今回先日発表された文学賞の最終選考作品をチョイスしてみた。どんなに凄い文学賞といえど、選ぶのは人なので好みもあるだろう。意外と受賞作よりも、他の最終選考作の方が自分には面白いと感じる時がある。
ちなみに黒澤は見事にラノベオンリーだ。勿論ラノベが悪い訳ではないし、私もよく読むが、黒澤が発注した本を調べると必ず『異世界』『チーレム』のタグが付いていた。彼の底の浅さが垣間見える。読書好きというのもどこまで本当なのか極めて怪しいし、そもそも似たような本ばかりになるので本気でやめて欲しい。
図書室に置くためには本にラベルを貼り、学校の印を押した上で貸出可能図書として蔵書登録しなければならない。真新しい本に印を押すのは非常に気が引けるが、学校図書である以上仕方ない。
「あれ?なんだこれ?」
落丁や汚れがないか調べる為にパラパラとページをめくっていると、同じ様に本を見ていた黒澤が声をあげた。黒澤の手の本を見ると中になにかパピルスか和紙のような古びて茶色い紙が挟まれていた。本にチラシが挟まれていることはあるが、こんな紙であるはずがない。そして紙には何か記号のような、はたまた文字のようなものがびっしりと書かれていた。
「ヒエログリフでもないし、ルーン文字とも違うし、·····フェニキア文字とかでも無いね。なんだろう」
「え!?茜崎さんわかるの?」
いや、わかんないって言ってるじゃん。
黒澤が紙をつまみ、灯りに向けて透かす。お札じゃあるまいし、特になにも起こらない。というか、起こってたまるか。
なんて考えたのがフラグになったわけではないだろうが、黒澤が紙をテーブルに置いた時、指が書かれている文字に触れた。その瞬間、急速に文字が光りだす。
「なっ!?なにこれ!?」
焦る黒澤を嘲笑うかの様に紙から剥がれた光る文字が宙に浮かび上がり、私と黒澤の周りを回りだす。えー?··········これって多分アレだよねえ。やだなあ。せっかく新しい本が読めるところだったのに。
呑気にそんなことを考えながら、どんどん強くなる光に私の意識は飲み込まれていった。
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冷たい床。
「テンプレねえ」
ふかふかな高級ペルシャ絨毯とは言わないから、せめてペラペラでもいいからカーペット敷いたところに召喚して欲しいよねえ。土足厳禁だったらなおのこと良し。
まず意識が戻った時考えたのはそんなことだった。矛盾しているが自分が予想以上に冷静なことに自分自身で驚く。ゆっくりと起き上がると、すぐ隣に黒澤が倒れているのに気づいた。もし召喚されたのが黒澤だとしたら、女の子よりも気が付くのが遅いって『主人公』としてはどうかと思う。
「まっ」
ま?
声がしたのでそちらへと顔を向けると、ゲームなんかでよく見るいわゆる神官服みたいなのを着た中年男が、ひどく驚いた様子で私達へ向けて指を指していた。ここには人を指で指しちゃいけません、て教えは無いのだろうか。
「ま·····ま、ま」
「ママ?」
その歳でマザコンは痛いよね。なんて、脳内でボケをかましていたら男は突然叫び声をあげた。
「ま、まさか勇者様が召喚された!?た、大変だーーーーー!!」
いや、声がでかいよ。思わず耳を両手で塞ぐ。というか、『勇者様』ねえ。まさか、ということは誰かが呼んだ訳では無いのかな。何処かへ走り去る男の背中を見ながらそんなことを思う。
·····それにしても、あの叫び声でさえ、黒澤は起きないけど、ホントにコレが勇者様で大丈夫?
暫くして戻ってきた男(この世界の女神を祀る大神殿の神官だそうだ。私達が召喚されたのは祭壇に掲げられた女神像の前だったようだ)に連れられ、私達は王城へとやって来た。少し前に目が覚めた黒澤は、非常に後れ馳せながら状況を把握した途端こっそりガッツポーズをしていた。クールに振る舞っているつもりの様だが、なんていうか小物感が半端ない。
ゲームでは何故か一般人がうろうろしている城内は、当然ながら、騎士らしき人と侍女っぽい人、あとはきらきらしい服を着た偉そうな人しか居ない。まだ勇者召喚は広まっていないのか、その人達の誰だこいつら的な視線をチクチクと受けながら、迎えの騎士と神官の先導で城内を進むと、とある部屋へと通された。いわゆる謁見の間の様だ。当然ながらまだ玉座に王様は居ない。
「なんだ、王様居ないじゃん」
いやいや、当たり前でしょ。ゲームみたいに昼中玉座に居るなんてあり得ないし。まさか、勇者様を待たせるなんてとんでもねえ、とでも思ってんのかしらん。
数分部屋の隅にあった待ち時間用?の椅子に座って待っていると、正面玉座の横にある扉からきらきらしい格好のイケオジと、ぼんきゅぼーんだけど清楚なドレスの女性が現れた。カーテシーなんてファンタジー系の小説ではよく見るけど、当然やったことないから、先導者だった騎士と神官に倣い雰囲気跪礼(完全に跪くと見えちゃうのよねスカート短いから)をしたのだが、察しの悪い勇者様はボケッと突っ立ったままだった。侍従長か宰相とかかしらん的な人のゴホン、とわざとらしい咳に慌てて跪く。しかし、王様?は予想外に気さくなのか、玉座には腰かけず、そのまま私達の前へとやって声をかけてきた。
「そう畏まらずとも良い。ようこそおいでくださった勇者殿。おお、今この時に勇者を遣わして下さった女神に感謝を」
突然祈り始める王様にちょっと面食らう。今この時とかいう事は魔王が復活だとか魔族が暴れてるだとかのパターンかな?それとも邪竜が瘴気をばら蒔いてるとか、世界樹が枯れかけてるとか色々テンプレあるけど。
「お任せ下さい!この勇者黒澤が必ずや世界の危機を救って見せます!!」
いや、内容聞かないで大風呂敷広げて安請け合いしちゃ駄目でしょ。しかも今王様じゃなくて王妃様?の方を見ながら宣言したよね。キリッとした表情してるつもりの様だけど絶対アレはあの王妃様なら不倫もアリだなとか思ってる顔とみた。予想以上に黒澤のチーレムへの熱意を感じ、ドン引く。
王城に来る前、神官が城へと伝言を送り、迎えが来るまでの間に、ファンタジーではよくあるステータスの確認というのをした。魔法が普通に存在するらしいこの世界では、ステータスの確認は神殿での収入源の一つらしい。私達が召喚された祭壇には、『女神が遣わした』とされている神石がありそれに触れると解るようになっているらしい。らしいというのは、出力されたこちらの文字が本に挟まれていた紙に書かれていたあの字で、私には読めなかったからだ。多分黒澤も首を傾げていたので読めなかったのだろう。異世界召喚特典の自動言語翻訳は会話のみだったようだ。神官に説明してもらったところ、黒澤は、
ユウキ・クロサワ
HP/MP 10/5
STR 3
INT 2
AGI 5
LUC 1
skill 言語理解(会話)
うわ、ショボ。と思ってしまった私は悪くないと思う。黒澤もショックだったようで、「勇者は!?チートは!?」と叫び神官に掴みかかっていた。神官によると、勇者とは異世界からの来訪者の総称の様なもので、職業では無いとの事。昔の来訪者達が自称してたらしい。まあ、よく考えれば確かにそうだ。『勇』気ある『者』、·····それ職業じゃないよね。『賢』い『者』とか『聖』なる『女』とか。自分のゲーム知識で判断してた事にちょっと反省。でも、正直よく自称出来るよな、とは思う。私なら恥ずかしさで軽く死ねる気がする。
それと数値が低いのは、いわゆるレベル1だからだそうだ。これが何故?と思うのは、向こうの世界で極普通の学生が異世界行った途端レベルMAXレアスキルで無双·····なんて作品をちょくちょく読んだ(黒澤チョイスの異世界モノには多かった)せいだと思う。
ちなみに私も一応鑑定してもらった。
カスミ・アカネザキ
HP/MP 15/20
STR 5
INT 10
AGI 3
LUC 7
skill 言語理解(会話)
多分STRが黒澤より高いのは分厚い本をちょくちょく運んでたからと、家から学校までちょっと距離あったので頑張ってチャリ通してたからだとは思うけど、コレを見た黒澤が「僕より数値高い…特にLUC…」と凹んでいた。
もっと詳しいステータスが知りたい場合は、もっと高階位の神官(大神官とか)に頼まないといけないらしい。その場合は、勿論お金がたんまりと必要だそうだ。今のところ無一文の私達では無理なので、一先ずこんなところかと。
一応、神官の話では、過去の異世界からの来訪者は皆一様に凄い早さでステータスが上昇したり珍しいスキル生やしたりしていたらしいので、チートはある様だ。それを聞いた黒澤は気を取り直し、未だ見ぬチーレムへと胸を馳せていた、という訳だ。だとしても、やっぱり自分で勇者を名乗る根性は私には真似できないわ。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
謁見を済ませて二週間後。
私は王城でひたすら魔法の修行に明け暮れていた。やっぱりファンタジーの世界に来たのなら、魔法よねー。剣振り回す体力つけてムキムキになるのは遠慮したい。筋肉に愛好心はアリマセン。
素養はあったようで、初級の魔法は簡単に覚えられた。もっとも今のところこれ以上高度な魔法を覚えるつもりは無いけど。何故なら魔族の討伐には出ないから。
やはりというかなんというか、王様曰く魔族の国に人間の国が苦慮しているらしい。いわゆる『アカン召喚』だと不味いので、あちこち歩き回ってみたり、話をこっそり聞いたりしたけど、特に王族が贅沢三昧とか、軍拡に邁進してるとかは無さそうだった。勿論、内緒でというのはあるかもしれないけど、それでもある程度は噂になりそうだし。今までは友好的だった魔族の国が代替わりして、新しい魔王が手下使ってちょくちょくちょっかいを出してくるそうな。完全な敵対関係にはなりたくないけど、かといって従属する訳にはいかないので困っていた、という程度だ。あんなに王様が熱烈歓迎してくれたから、もっとヤバい状況かと思って損した。
私に対してもハニトラとか無くて、つけてもらった世話役も同年代の極普通の女性だし、護衛の騎士さんもフツメンだった(いや残念だなんて思ってないよ?)。だが、世話役に関しては黒澤は不満だったようで、「なんで僕には若いメイドさんが居ないんだよ·····」と顔を合わせる度に文句たらたらで鬱陶しいことこの上ない。なんでも、黒澤についた世話役は母親よりも歳上の初老に近い女性だったらしい。おかんの如く口喧しいようで、仕方なく毎日早々に部屋から逃げ出して騎士団の訓練所で剣の特訓をしているそうだ。そのお陰か、元の世界ではどちらかというとモヤシだった黒澤も心なしか筋肉がついたように見える。もっとも騎士団の訓練は結構ハードらしく、途中で逃げ出すこともしばしばあるらしい。訓練を任された騎士がボヤいていた。
しかしそんな日常も、今日で一先ず終わる。明日黒澤は国境の街まで魔物の討伐に出掛けるのだ。勿論私は付いていかない。王様にも許可は貰っている。
謁見の時、私は王様に希望として出来れば戦闘には参加したくない、もし異世界召喚者(勇者とは自称したくない)として世話になるみたいなので代償として討伐に出て欲しいというのなら、黒澤とは別のパーティーでお願いします、と申し出た。
私が別のパーティーで、という申し出はコミュ障の黒澤にとっては晴天の霹靂だった様で、酷く焦った顔で叫んだ。当然の様に同世界からの来訪者として一緒のパーティーを組むのだと思っていたらしい。
「なっ、なんで、別のパーティーって!?」
だって私、君のこと嫌いだし。一緒に居たくないし。
·····とハッキリ言えない日本人なので取り敢えず、アタシ女の子だしぃ戦闘なんて怖いからガクブルーとてもとても勇敢なゆうしゃさま(笑)とは一緒に行けマセーン、的な事を言って誤魔化してみた。
すると、最初は知らない人だけとパーティー組むという事実に抵抗あった様だったが、正直顔は十人並の私がチーレムに入ったところを想像(いや妄想か)したらしく、すぐに気を取り直し納得していた。自分で言っといてなんだけど、がっでむ。
話が逸れた。
そういう訳で黒澤は、この国の人達がチョイスしたメンバーとパーティーを組んで出かけるのだ。この国に久々に現れた異世界召喚者ということで、御披露目を兼ねて馬車で国境まで移動し、暫く滞在して魔族に対してアピールするのだそうだ。今日はその選ばれたパーティーメンバーとの顔合わせらしい。元々小競合い程度のやり取りだから危険も少ないだろうしやっぱり行かない?と誘われたが丁重にお断りした私には全く関係ないのだが、どんなメンバーになるのかは興味あるので、立ち会おうと思っている。やっぱりテンプレからいくと、剣士、神官、魔法使いあたりかしらん。それともアルアルチラ見せ女武闘家とかロリババアな幼女魔導師とかムチムチメロンカップ狩人エルフとか妾系鞭使いな王女様とか空気読めないケモ耳娘とか。·····なんて事を黒澤が妄想しているのは今まで彼が読んでいたラノベから想像つくので、是非ムキムキマッチョな脳筋男戦士とか、今にも死にそうな爺賢者とか、腹の出たおっさん商人とか希望。あとは黒澤が霞むようなイケメン聖騎士なんかでも可。
なんて事を考えつつプラプラと歩いているうちに、いつぞやと同じ謁見の間に着いた。この二週間、私はかなり好き勝手させて貰っている。今も世話役のメイドさん一人に先導してもらっているだけで特に監視はついていない。この緩い感じなのもこの国を信用している理由の一つだ。もっともいつまでもヒモでいる訳にはいかないので、今回の黒澤の動向は結構気になる。野次馬根性もあるけど。
部屋を守る騎士さんに許可をもらい入ると、既にワクテカな黒澤が待っており、世話役の婦人に睨まれていた。
黒澤の近くまで行くとすぐにいつぞやと同じ扉から王様が部屋へ入って来た。今回は王妃様はいらっらしゃらない様で、黒澤の顔が一瞬不満そうに歪む。あんなに顔に出ては鍛え方が足らないよねー。部屋に居た騎士さん(団長さんとかかも。偉そうなんで)が同じ事を考えた様で、こちらはハッキリとニヤリと笑った。御愁傷様。
今回は玉座へとしっかり腰を据えにこにこと笑う王様。勿体ぶるのは嫌いなのか、それとも公務に忙しくて時間がないのか、前置きなしで即用件を話始めた。
「待たせたな勇者殿。ようやく貴殿に同行させる者が決まった。まず一人目はそこな第二騎士団団長」
おお。やっぱりあの偉そうな人は騎士団長か。がっしりした体格に金髪オールバックのワイルド系イケメンがスッと手を挙げる。黒澤が隣に並んだら霞むこと間違いなし。よしよし。どうやら黒澤は既知らしくこの上なく嫌そうに睨み付けているけど、あんな視線じゃ蚊に刺された程のダメージすらないと見た。
是非このまま私の希望通りいって欲しいなーと、思いつつ他人事モードで眺めていると、入口に立つ騎士さんが静かにドアを開けた。ゾロゾロと三人の·····男。わお。
「次に第一魔道士団副団長」
くすんだ緑色のローブを着た、頬が痩けて顔色が悪いけどさっきの黒澤に劣らずワクテカな表情の男が進み出る。えーと、確か彼は才能はあるもののマッドが過ぎてしょっちゅう謹慎喰らってる魔道士団一の問題児じゃなかったっけ?好奇心の塊で、興味をもったら周りが一切見えなくなる危険人物だから注意して下さい、と私に魔法を教授してくれた魔道士さんに教えてもらったんだけど。そんな人パーティーメンバー入れて大丈夫かしらん。トラブルメーカーの悪寒バリバリなんだけど。
私と黒澤の動揺と関係なく、王様の紹介は続く。
「次に王都大神殿神官長」
厳格です、を顔に書いた様な、けれど何処か人を見下した様な表情の中年男性が軽く頭を下げた。·····確か彼は私達が召喚された大神殿で神官長をしている人だけど、細かい事にもいちいちネチネチと口出ししてきて小煩すぎて下っ端神官達から蛇蝎の如く嫌われてる人、だよね·····?
「そして最後にギルドから派遣してもらった冒険者だ。彼には主に斥候と食事などの身の回りの世話をしてもらう」
細身の存在感うっすーい、町中ですれ違っても全く印象に残らなさそうな感じの男がオドオドと頭を下げる。確かに斥候向きではあるように感じるのだけれど·····。え?これが国が選んだ黒澤のパーティーメンバーなの?
紹介されたメンバーを真っ青な顔をした黒澤が順番に見て、叫ぶ。
「なっ、なんで男ばっかり!?女性は!?聖女は!?巨乳は!?」
いやいや、実力で選んだんなら男ばっかりになる事もあるでしょうに。ここまで見事に女っ気ないとは思わなかったけど。あと王様に向かってきょぬーとか叫ぶな。
ごく普通にそう考えたのだけれど、王様がそんな黒澤を見て憐れむ様な視線を向けながら告げたのは、驚くべき事実だった。
「そうか·····勇者殿には告げていなかったのだな。カスミ嬢から討伐には出ないとの申し出があった為忘れておった。申し訳無いが勇者殿のパーティーには女性を入れる事は叶わぬ。女神の神託故だ」
「·····し、神託?」
王様の説明によると、遥か昔からこの世界では異世界からの来訪者が時折現れ、素晴らしい能力で世界に技術をもたらしたり魔物を討伐したりと貢献する者が居た一方、能力を笠に着せやりたい放題·····特に手当たり次第女性に手を出す来訪者が後を絶たず、それに憂いたとある時代の神官が女神に祈りを捧げて受けた神託が、『今日より勇者は清らかとする事』だったそうな。
?·····えーと、つまり·····
「勇者の能力は女神より賜りしもの。清らかな身で無くなった瞬間、能力は失われた」
「いやそうじゃなくて清らかってのは·····?」
「手っ取り早く言うなら処女童貞であるな」
「ええええ!?」
つまり、チーレム組もうが貴族令嬢村娘町娘にモテモテになろうが、手を出した瞬間にチートが無くなる、と。あー、そりゃ超絶イケメンでもない限り一発でオワタになるわな。
「故に勇者殿が召喚された時は出来る限り若い女性を遠ざける様にしておるのだ」
成る程。だから黒澤の世話役も若い女性じゃなかったのね。納得。という訳で、
「なんでっ·····なんでだよおおおおおおっ!?」
黒澤魂の絶叫、となった訳だ。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
そして一週間後。第二騎士団長とその他勇者様護衛一行は真っ白に燃え尽きた様な黒澤をドナドナしていった。如何にも協調性ありマセーンなメンバーでパーティー組んで討伐とか出来るの?と思ったけど、取り敢えずは他人事なので様子見で。いやぁ·····黒澤の愚痴聞かされないだけでこんなに快適なんて清々しいなー。
私はといえば、最近はちょっと魔術レベル上げて魔道士団に混ぜてもらって、王都近くの村に出没した魔物の討伐に出掛けたりしている。ええ、私のチートは消えてませんが何か?
·····くすん、お城に居るイケメンさん達は親切なんだけどね。まあ、誰しも選ぶ権利はあるということで(涙)
そしてさらに半年後。
様なを通り越して真っ白な髪になった黒澤が帰ってきた。黒澤改め白澤。·····いや、冗談だから。黒澤チョイスのラノベに似たようなのあったような気がするけど、·····まあ気のせいよね。シチュエーション全く違うし両目あるし。
私の顔を見るなり膝をつき、黒澤が泣き崩れる。仕方ないのでこの半年間で覚えた回復魔法をかけると、黒澤の髪は元の真っ黒に戻った。というか、これくらいの回復魔法なら同行した神官長が使えるんじゃないの?
「あいつら·····なんの役にも立たないし」
当初の予想通り魔道士が問題を起こし、神官長はそれに対してガミガミ怒鳴るだけ、騎士団長はニヤニヤ笑って見てるだけ、冒険者は見ない振りの三拍子。結果勇者の立場の黒澤が収拾に当たり、やれやれ片がついた、と思いきや最初に戻る、と。討伐に出るよりも揉め事に対応してる時間の方が多かったらしい。やっぱりねー。髪の色も何度も白くなったり戻ったりを繰り返してた様で。
「もうやだ·····帰りたいよお」
「あ、そう。じゃあ、帰る?」
「·····は?」
「元の世界にでしょ?帰りましょうか」
「出来るの!?」
今頃それを聞く?私はこの世界に来て直ぐに確認したわよ?まあ、テンションMAXの黒澤が全く考えてないのは気付いててわざと教えなかったけど。
私がこの国を信用した一番の理由が帰還方法をちゃんと教えてくれた事だ。最初に王様に謁見した翌日、魔法を習いたいと申し出たところ引き合わせてくれた魔道士さんに聞いたのだ。すると、魔道士さんは、この世界に来るときに持ってきた『神籤』を持っているか?と聞いてきた。
魔道士さんの話によると、だ。
昔々、この世界が今よりもずっと野蛮で荒れていた頃、ある一人の人間が女神に祈りを捧げた。『この世界の人々を守る力が欲しい』と。気まぐれな女神は人間に告げた。『神が直接民に力を授けることは叶わぬ。代わりに異世界から力ある者を召喚してやろう。その者に助けを求めよ。どの程度使えるかはその者の持つ札を見よ』。そうしてこの世界に異世界からの来訪者がやって来るようになったのだが、来訪者達は女神の言葉通り一様に一枚の紙を手にしていた。そしてその紙に書かれた異世界人が読めなかったこの世界の文字は。
『当たり』『ハズレ』『イマイチ』『大当たり!』『そこそこ』
··········。つまり、黒澤が手にしたあの古びた紙が『神籤』、『神』様が気まぐれでばら蒔いた『籤』という事らしい。ちなみに私達が召喚された時、先に気がついた私がなんとなく気になって拾って所持していたその『神籤』を魔道士さんに見せたところ、それには『微妙』と書いてあると教えてくれた。あの魔道士さんの苦笑いは一生忘れないと思う。
そして魔道士さん曰く、その神籤に帰還の魔法が込められているのだそうだ。使い方は簡単。神籤を持って『帰りたい』と願うだけ。但し使用は一回限りだから慎重にと言われた。つまり複数の来訪者が居た場合魔法が発動している時に全員送還陣に居なければ取り残されてしまうそうだ。
それと、神籤に帰還の魔法が込められているとして、それがちゃんと元の世界の元の時間軸に帰れる、なんて誰かが確認した訳じゃない(そりゃそうだ)ので、とにかくよく考えてからにしなさい、との事だった。
それにしても女神なんて奉られてるけど何気に酷いよね。いつ来るかわからない、来ても当たり外れがある勇者を寄越すって。当たりの時はいいが、外れの時の扱いにはさぞかし困っただろう。特にいつ来るかわからないのはネックで、乱世ならともかく今の時代のように比較的平和だともて余す事が多い様で、過去に他の国では神籤を取り上げて言うことを聞かなければ帰れないと脅す事もあったそうだ。それに比べて『取扱注意』と言われただけで使い方まで丁寧に教えてくれた相手にそんなに不信感は湧かないよね。
ただ、脅してなくても、消極的嫌がらせして本人に帰る気にさせる、って形を取ることもある、という事で。
「?それってどういう·····?」
相変わらず察しの悪い勇者様よね。今回のパーティーメンバーの事でしょ。
私がそれを指摘すると、黒澤は目をまん丸に見開き口をあんぐりと開けた。
「···············は?」
「だから、今の時代小競合い程度で大きな戦い無いのに、戦闘チート全開、だけど技術や知識チート皆無の異世界人に我が物顔されたら嫌でしょ王様。だから、二週間私達がどんな人物か様子見し、国に必要ないと判断したからわざと問題アリアリのメンバー揃えて、嫌な思いさせて早く帰らせることにした、って魂胆でしょ?」
最初の謁見の時、想像以上にフレンドリーで驚いたけど、そこら辺は海千山千の貴族の頂点に立つ人よね。使えるか使えないかわからないからひとまずおだてておいたって事みたい。そのうえでアウトの判断が出たところで能力的には全く問題ないけど、性格難アリのメンバー揃えるんだから。魔族の国に対しても、黒澤が行って戻ってくるまでの間に向こうのボンクラ魔王に手を焼いている有力貴族に交渉持ちかけて、停戦条約もぎ取ってたらしい。
能力的には問題ないメンバーを付けることで『ちゃんと勇者様を尊重してますよー』という国内向けのアピールになるし、そのうえで小競り合いを収めれば『勇者様は役目を終えて帰られましたよー』って出来るから。
「そ、それってつまり·····」
「えーと、こういう時何て言うんだっけ?骨折り損のくたびれ儲け?それとも賽の河原積み?あれ、ざまあかんかん河童の屁だっけ?」
「な、何で·····?」
「え?」
膝を地面に着いたまま呆然と黒澤が呟く。
「何で教えてくれなかったんだよ!?いつでも帰れる事も、パーティーメンバーの意味も!」
ええー?私のせいにしちゃうー?
「じゃあ、逆に聞くけど、何で教えないといけないの?」
「·····え?」
そんな事も思い付かないで、『異世界チーレムヒャッハー』してたのは自分でしょ?あんなメンバー揃えるなんて含みがあるに決まってるでしょ。ちょっと考えればわかりそうなのに馬鹿正直に受け入れちゃって。
いっぱいラノベばっかり読んでたみたいだけど、最初から最後まで主人公みたいに何の苦労もなく異世界で女の子侍らせて英雄として過ごせるなんてご都合主義がまかり通ると思ってる、しかも好きでもない、というか嫌いな同じ世界から一緒にやって来たっていうだけの赤の他人に、帰る方法だとか苦労を回避する方法とか教えないといけないのかしらん。
まあ、黒澤が私の事を『こいつちょっと無愛想だし顔も十人並だけど多分俺の事好きなんだぜマイッタナー』とか思ってての発言なんだろうけど。一体私の何処をみたらそんな勘違い出来てたんだか。そんなお人好しじゃないわよ。多分十人居たら八人くらい『性格悪いわよ』と言われる私だもん。それでも同郷のよしみで一応愚痴とか暫くは付き合ってあげたんだし、何でだ、とか言われる筋合いは無いわね。私だって異世界に対する憧れというか興味みたいなものはあったから、半年ぐらいは様子見しようと思ってたし。その上でまだ黒澤がヒャッハーしてたら一人で元の世界に帰ろうと考えていた。まさか性交禁止の世界で厄介者扱いされるとは思ってなかったけど。
私の発言が飲み込めないのか呆然と床に座り込んだままの黒澤を放置し、王様への謁見を申し込むため、私はメイドさんへ声をかけた。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
その後。
王様へ謁見し、元の世界へ帰る事になったので許可を頂きたいと告げると、見事に上っ面だけの惜別の念を頂いた。その上で私だけ残らないかと引き留められたが、丁重にお断りを申し上げた。私がこちらに来て最初に帰る方法を聞いてからは、いつか帰る前提で過ごしていたのはご存じだったようで、一応、という感じだったが。私はヒャッハーするなんて全く考えず、勿論逆ハーなんて論外で、ずっと魔法の修業していたから(私の命の素ともいえる本が全く読めなかったので興味がもてそうなのが魔法修業しかなかった)、チートでかなりレベルは上がってたので、『微妙』な勇者様と違って『それなりに有益』くらいの認識はしてもらえてたからだとと思う。
あの後黒澤は部屋に籠って出てこなくなったらしい。勇者としての責務を、なんて言って小煩神官長が外から説教したらしいけど、そりゃ逆効果よねー。心が折れた理由のひとつに言われてもね。
そして、最大の理由だと思われる私は、保管してもらっていた制服に着替え黒澤の部屋を訪れ、ノックをしたあとおもむろに蹴り破った。勿論保護の魔法かけてからなのでドアは壊れたりはしていない。流石に居候の身で器物破損は不味いよね。勿論後ろにあわあわ言いながらへたり込む黒澤の世話役さんなんてイナイヨー?
え?ロックの魔法がかけられてた筈?
えぇ?なんちゃって勇者様の魔法なんて簡単に破れるでしょ?王都に居る間は剣の修行はしてても魔法はほとんど習ってなかったの知ってるし。討伐中もゆっくり修行出来る暇無かったと思うし。
私がそんな荒っぽい事をするなんて微塵も思ってなかっただろう黒澤が部屋の一番奥の隅っこで真ん丸な目をしてこちらを見ている。
「はーい、帰る準備したした。出来ないとあと五分で一人で帰っちゃうわよー」
パンパンと両手を打ち鳴らし、黒澤を促すと、一瞬唖然とした後大慌てで着替えだした。勿論私は淑女なのでドタバタしている間後ろを向いている。野郎の着替えなんて見てても楽しくないしね。
「お、おまたせ!」
数分後着替え終わった黒澤は、この半年でちょっと筋肉が付いたからか、制服が窮屈そうに見える。ま、その辺は帰ったらどうなるかわからないしね。あの図書室で召喚された瞬間に果たして戻れるのか、その時記憶はあるのか、得た能力は消えるのか·····
スカートのポケットから御籤を取り出し、『帰りたい』と願った瞬間あの時と同じ様に溢れだした光の中でそんな事を思った。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
結果からいうと、私達は無事元の世界に帰ってきた。時間を確認していた訳じゃないからはっきりしないが、多分召喚された時間から然程経っていないと思う。記憶もバッチリある。チートは流石にここでは試せないので後程で。女神は性格悪そうだが、仕事は出来る人·····いや、神だった様だ。気がつくと床にまた倒れていた。こちらは学校なのでしょうがないけど、あんまり床に直接寝そべりたくはないなあ。
立ち上がってパンパンと制服のスカートを払い、伸びをする。元の世界に戻ってきたのならやることはひとつ!
蔵書登録の続きをするために、愛しの本たちをそっと手に取った。
ちなみに、黒澤はまだそこに伸びている。相変わらずな勇者様(笑)だわ。
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その後。
結構な時間がたってから黒澤は気が付き、回りを見渡し、私の姿を見た途端、変な意味のわからない叫び声を上げながら図書室から走り去った。むう、図書室で静かに出来ない人は出禁にしたい。
などと思っていたら、黒澤は登校拒否となり、そのまま自主退学となった。苛めが原因か!?と噂になったが、失礼な。私は苛めてはいませんよ。まあ、二度と会うことはないと思うので、そっと心の中であでぃおーすと呟いておいた。
そんなこんなで私の日常から黒澤という存在が消え、私と本達とのめくるめく愛の日々が戻ってきたのだった。