Re:トライ ~指名依頼は異世界で~
気分転換にノリで書いた短編です。
……楽しかった。
私はこの光景にとてもとてもと~っても見憶えがあった。
といっても周囲は一面の白……発光?していて上下も境界も分からない、そんな中に私が浮かんでいる状態だ。
私は無意識にこめかみを揉んだ。
「もう、いい加減にしなさーーーーい!!」
堪らず叫んだと同時に「ゴォウッ」鈍い音が轟いた!! 見る間に掃除機で吸われるかの様に世界がどこか一点に収束していく。
最早馴染みすら感じるその強力な吸引力に私は黙って身を任せた……
――――――――――――・・・
――――――――・・・
―――――・・・
足の裏に地面の感触。固く瞑った瞼の裏を貫くような眩しさも、浮遊感もどこにも無い。
私はそっと瞼を持ち上げた、瞬間、衝撃。
「メイ! 待ってたわ!!」
「…………シャーリエンヌ、あんたねぇ~!」
身に降りかかった衝撃の正体――目尻に涙を浮かべた美少女――が勢いよく抱きついてきたのを受け止めつつ私は唸った。
「今度は何の用? ……くだらない用件だったら――…」
「だったら?」
「――シバく!」
「酷いっ!シャル、これでもお姫様なのにぃ!!」
一昔前のぶりっ子よろしく、顎の下に両手の拳を揃えたシャーリエンヌ――愛称シャル――が涙目で身をチワワのように震わせた。
「それにぃ、いつもみたくシャルって呼んで? ね? メイ!」
悪びれること無く無垢な笑顔を向けてくる元凶に私は思わず――諦めを多分に含んだ――盛大な溜息を落した。
★ ☆ ★
私の名前は『紺野芽愛』日本人。どこにでもいる普通の――考古学専攻の――大学生だ。
ある日、大学生の特権ともいえる長い夏休みを利用して趣味の郷土資料館巡りをしている時、私は土産物コーナーに展示されていた古代の銅鏡を模した手鏡を購入した。理由は無い。ただ何となくその装飾が気に入ったからくらいの軽い動機だったと思う。
その日の夜。宿泊先の旅館で購入した手鏡を覗き込んでいると、その鏡面が強烈に光った。
網膜を護る為の反射でギュッと目を瞑り、数瞬の後恐々瞼を上げると………
――― 【白】 の世界が広がっていた ―――
白色蛍光灯のように発光しているような眩しい白。何もない空間。上下も果ても見えない。地面があるのかすら分からない。私がこの世界にどのような形で存在しているのか認識できない。強いて言えば浮かんでいるのだろうか……?
『え、何これ!?』
声までエコーがかってぼやけて輪郭が見えない。
キョロキョロと辺りを見回してみてもただ只管に白一色で得られる情報は何もなく、沸きあがる不安から身体を抱き竦めた時だった。
とある一方に向かってもの凄い力で引っ張られたのだ。
掃除機で吸われる様にして世界が一点に向かって吸い込まれていく。
私は抗う術も無く――叫び声すら吸い込まれていく――為すが儘になるだけだった。
―――――――――・・・
―――――・・・
やがてペイっと吐き出された先は高級ホテルのスイートルームのような豪華な部屋の中。
ふっかふかの毛足の長い絨毯の上にへたり込んだ私を見下ろす人がいた。
「貴女がシャルの願いを叶えてくれるお方なのね!」
喜色満面に紅潮させた頬、キラキラと輝く長い金髪。古めかしい西洋のお姫様を彷彿とさせる重量感のある天鵞絨のドレスに身を包んだ、それはそれは可愛らしい女の子が立っていた。
★ ☆ ★
突如放りこまれたこの世界は、どうやら私の生きる地球とは異なる場所らしい。
女の子――シャルと名乗った――の話から私は半信半疑の結論を導き出した。
その証明の最たるものが『魔法』。
この世界に生きる人々は大小程度は違えど魔法と寄り添って暮しているのだとか。
そんな懐かしい記憶を引っ張りだしながら、私は目の前の少女へ向かって眦を吊り上げた。
「あのねぇ、王族が特別な召喚術を使えるのは身をもって理解したけど、こう頻繁に呼び出されちゃ身が持たないのよ!私にだって予定はあるんだからね!」
「あ~ん!そんな事言わないでぇ! ね、メイ? 今回も力を貸して頂戴!」
―――召喚術。
何でも埋もれてしまった古代の魔法の中に【召喚術】というものがあって、王族のような血の濃い家系の者だけが使える――血統と魔力の総量は比例する傾向にある為――と伝えられてきたらしい。……何故らしいなのかって?
どうやらこの召喚術、呼び出す側の魔力が強ければ良いってものでは無いのだとか。
召喚士と召喚される相手の生命波長が合う事、相手側に召喚するための魔力を受け止める神器――双方の世界を繋ぐパスとなる――がある事という不確定な外的要因が必須らしく、ほとんど成功しない不発の魔法として伝承されていた。その為あくまで一文献としての役割しか無かったらしい。
そんな眉唾物の【召喚術】を、この『シャーリエンヌ・ライ・トイスガリアパメルス第四王女殿下』という噛みそうで一回では覚えられない名前の女の子が藁にも縋る思いで実行、その低確率の外的要因を全てクリアしてしまった不運な私が釣り上げられたという顛末だ。
今もポケットに入っている土産物の銅鏡風手鏡。どうやらこれがマジックアイテムとして機能しているらしい。古来より【鏡】は――古今東西どこででも――呪具の一つ。古から伝わる効力に嘘は無かったと証明出来て喜ぶべきなのか……。
閑話休題。
そうして旅行中に突然召喚された私は、前述の通りシャルの願いを叶えた。
成り行きであっても、義理は無くても、それだけが帰還方法だと言われれば否やは無い。私は必死に働き成功を治め、シャルを満足させた事で無事に宿泊していた温泉旅館へと帰還したのだった。
尚、詳しい冒険譚は都合上割愛させて頂く。
―――と、これで終われば不思議体験という笑い話で済んだのだけど。
このお姫様、初回の成功に味をしめて、くっだら無い事で頻繁に私を召喚するようになったのだ!
二度目の召喚理由は舞踏会に着ていくドレスを斬新なものにしたいと私にアイディアを求めてきたものだった。
三度目は他国へ表敬訪問する際の従者として付いてきて欲しいというもの。
四度目は異世界料理教室、五度目は異世界の昔話を寝物語に……と、回を重ねるごとにしょぼくなる召喚理由に頭痛が治まらない。
幸いなことに、帰還したらこちらで過ごしていた時間は無かったことになるらしく、召喚された同時刻に返還されるようなのだが、こちらの世界での滞在時間が長い程、帰還後に直前の記憶を辿るのが困難になってしまうのが難点。
昼夜所構わず召喚されるため、友人との会話中とか泣きたくなる。
そうして今回。
はい、冬期休暇前のゼミレポートを提出するため担当教授の元へ登校中に召喚されました!
「で、今回は何なの?」
徹夜明けの疲れ切った半眼でじっとり恨みがましく問えば、全く動じていないシャルの顔が輝いた。
「だからメイって好きよ!……あのねぇ、シャルのお見合いをぶっ壊して欲しいの!」
はは、王族の政略的な交渉を、一般人の特殊な力も無い小娘がぶっ壊せだってさ。
提出レポートにギリギリまで心血を注いでいた私はここで精魂尽き、コトリと気を失った。
★ ☆ ★
―――微かに小鳥の囀りが聴こえる。
ああそうか。徹夜で仕上げたレポートを学校に持って行って、燃え尽きて爆睡したのだろう……。ふふ、こんな時にでも召喚された夢を見るなんて、私も召喚ライフが板に付いてきたのかもしれない。
それにしても『見合いをぶっ壊せ』だなんて物騒な内容だったなぁ……
「あ、メイ! 良かった起きたのね? ……身体の具合はどう?」
(こっちが現実だったよチクショーーーーーーーー!!!!!!)
心配そうに私を覗きこむシャルをよそに、私は目から血を流す勢いで布団を叩いた。
「ごめんなさい……まさかメイが憔悴しているなんて思いもしなくて……」
しょんぼりと反省の色濃いシャルに毒気が抜かれていく。フッと軽く嘆息すると苦笑が漏れた。
「もう良いって。で、見合いをぶっ壊せ、だっけ?……理由、教えてくれるんでしょ?」
「うん……。でも今日は止すわ。メイは養生して! 今食事を運ばせるから。また明日、メイの気分が優れたら続きを話すわ……」
そう言ってシャルは使用人に指示を出してサッサといなくなってしまった。
……そう、基本的に良い子なのだこのお姫様は。……絆されてきたともいう。
まぁ、疲労困憊だったのは事実なのでお言葉に甘えてまずは英気を養う事に専念しよう。……レポート、渾身の出来だったから早く教授に見て貰いたかったのになぁ……はぁ。
翌日。
たっぷり睡眠をとった私はすっかり復活! まだ心配しているシャルを宥めて本題を促した。
「メイ、以前に表敬訪問した時の事覚えてる?」
私はそう遠くも無い記憶に――こちらでは一年以上経っているらしいが――頷く。外交の実地訓練として、友好国である隣国にシャルが派遣されたのだ。
「その時王都を案内してくれたあちらの王子のことは?」
「覚えてるよ。だってずっと私たちの世話してくれてたじゃない……ってまさか、」
コクリ。シャルが頷いた。
「あの表敬訪問はあちらの王子と私の相性を見るためのものだったみたい。一時的な表面だけの交流に相性も何も無いと思うけど、特段問題があった訳でも無いから話が進んだみたいなの……」
「でもそれって王族の義務でしょう?」
「そうよ。私も第四王女とはいえ王族の端くれ。いつかこんな日が来ると覚悟はしていたの……でも……」
言葉を切ったシェルは唇を噛みしめていた。良く見れば小さく震えている。
「理性と感情は別…か。」
私の零した言葉に静かに頷くシャル。そこには16歳という等身大の女の子の姿があった。
「私は…嫁ぐ前にせめて恋愛がしたいの。勿論、好きになった人と結婚できるのが理想だけど、私は姫だからほぼ不可能だと解っている。でも、…だから……一度でいい。ロマンス小説のような恋を大人になる前に体験したいの」
「それが叶っていないから、今回のお見合いは阻止したいと?」
「……我儘なのは解っているのだけれど」
消え入りそうに呟くシャル。私は頭を掻いた。
「……今回の見合いの重要度はどれくらい?」
「長く続く友好国だから、特段切羽詰まっているものでは無いわ。年頃の近い王子王女がいたから両国の結束を更に深める為に…くらいのものだと思う」
「で、今現状シャルに好きな人はいるの?」
「……いません」
私は盛大な溜め息を吐く。
「あのね、こんな急速に話が進んだのは向こうの王子から先日打診があったからなの。と言っても、暫くあちらの国に留学してみないかという誘いだったのだけれど。前回を経て私に興味を示しているのなら、いっそこの機会に婚約させよう…みたいな流れになっちゃって」
「じゃあ、あちらの王子に婚約する気が無いって分かれば一旦は時間が稼げるのね?」
「多分。……でも不確かだから。……いっそ私が嫌われてしまえば良いんじゃないかと」
極端な思考に走って、誰にも相談できずに私を召還したわけね。理解しましたよ……。
「見合いって事は近々会うんでしょ?例の王子と」
「数日後、あちらの国へ立つ事になっているわ。非公式でのお忍び旅行という名目で」
「そこに王子が付きそうと?」
「そういう段取りだと思うわ」
成程ね。シャルは断る気満々みたいだけど、理由から察するにあちらの王子とシャルが恋愛出来るのが一番良いんじゃない? 生理的に合わないとかなら致命傷だけど、そこまででは無かったと思うんだよね。変に波風立てるより、お互いが好感を持てるように図らう方が現実的な気がする。
「具体的にどうするかは隣国に着いてから考えよう? 改めて王子の為人も見極めたいし、壊すかどうかはそれ次第ね。大丈夫、シャルの悪いようにはしないわ、約束する」
「絶対よ?」
「はいはい。……でもね、一般人の私に出来る事なんてたかが知れてるのよ、あんまり期待しないでよね。私の出来る範囲でしか協力できないわ」
「……メイがシャルの味方でいてくれればいいの」
頼りなくしょぼくれた少女を――出来の悪い妹をあやす様に――そっと抱き寄せて頭を撫でた。暫く、彼女の気持ちが落ち着くまでそうしていたのだった。
★ ☆ ★
あっという間に数日が経ち、私たちは隣国の王都へと到着していた。
一応『非公式のお忍び旅行』という態なので、王城では無くあちらの王家が用意した王都の高級ホテルが拠点となる。暫し休息の時間を取っていると、早速例の王子が挨拶に現れた。
「シャーリエンヌ・ライ・トイスガリアパメルス第四王女殿下、ようこそおいでくださいました」
先頭に立った物腰柔らかい美形の優男が微笑み、軽く会釈をする。
「ゼクス・パニア・ライディン・フィフィアート第三王子殿下、此度は世話になります」
毅然と対面するシャルが王女殿下の顔で優雅に礼をとった。
その後ろに控えていた私は視線を感じて、バレないようほんの少しだけ顔を持ち上げる。シャルに向かって微笑んでいる王子と一瞬目があった気がした。
―――――・・・
―――挨拶も済み、「交流の為の時間が欲しい」という王子の希望により、最小限の供のみ残して人払いが為された談話室に――シャルの強い希望で――私も同席していた。
豪奢な応接セットに対面して腰掛ける王子と王女。ゼクス王子の後ろに彼の近侍が立ち、シャルの後ろに私は立っていた。
「さて、この度はこちらの不用意な発言が元で大事になってしまい申し訳なかった」
コーヒーのような芳ばしい香りの飲み物を一口嚥下した後、ゼクスがそう切り出した。
「まぁ、では貴方に非があるとお認めになられるのね?ゼクス殿下」
「痒い所がある以上、吝かではない…かな」
自嘲気味に零す王子がジッと此方を見ている。意味ありげな返答にシャルがその可憐な柳眉を顰めた。
「……以前お会いして以来、どうにも貴女の顔が頭から離れないのだ」
「え……」
ポロリと王子から真剣な表情で告げられた爆弾発言に室内の空気が張り詰めた。シャルは意味を測りかねて戸惑いから息を呑みこむ。
「もう少し、…いや、少しでも長く一緒の時間を共有したいと思った。ならば、交換留学の制度を利用すればそれも叶うのではないかと……それで………」
モゴモゴと煮え切らない王子の態度に背中越しのシャルが生唾を飲み込むのが判った。
「あの……ゼクス殿下?それは…その……どういう意味なのですか……?」
僅かに震えながら投げられた問いに、王子が意を決して俯き気味だった顔を正面に持ち上げた。その顔は緊張からか仄かに赤らんでいる。
「一目惚れなんですっ!」
一気に言い切った王子は息を詰めていたのか呼吸を荒げた。
ぜぇぜぇと嘆息する赤ら顔の王子の剣幕に驚きながらもシャルの反応が気になり視線を彼女に戻すと、ぐらりとその身体が傾いだ。
余りの衝撃に呼吸の止まったシャルが気を失ってソファに倒れ込んだのだ。
その騒動により会はお開きとなり、双方日を改めて機会を設けるという従者たちのやり取りの中、気が高ぶった王子と失神した王女はそれぞれの侍従たちに引き取られていった。
★ ☆ ★
「どうしよう!」
翌朝目を覚ましたシャルが私を寝室に呼びつけてすがりついてきた。その瞳は潤み、困惑に満ちている。
まぁ当然といえばそうなのだろう。何せ破談させる気でいた相手に盛大に告られたのだから。
私は何と言ったものかと言葉を探していた。こちらとしては都合のいい展開になってきた。このままシャルをその気にさせてしまえば私の勝ちだ。
グルグルと目まぐるしく思案していると、私が返事をするよりも先にシャルの声があがった。
「これって、ロマンス小説の王道よね!? シャルの夢が現実に!? あぁん、メイ~! どうしましょう~!」
そう言って寝台に腰かけたまま頬に手をあて身を捩らすシャルにポカンと呆気にとられたものの、頭を振って気を入れなおす。今こそ好機!
「……取り敢えず、デートでもしてみたら?」
早速私は無難な提案をしてみた。
隣国へ来て身構えていた私は、当初の自分の考えが存外に早く実現しそうで肩透かしを喰らった気分だ。
でもそうなれば、私はすぐさま日本に戻れるし、国同士の平和は保たれ、何より渦中の当人達は幸せになれるという完璧なハッピーエンド! ならば不肖紺野芽愛、デバガメと謗られようと、この恋成就させて見せましょう!
私は恥ずかしそうにソワソワするシャルを立たせると、侍女さんたちの輪に放り込んだ。
「シャルの魅力が引き立つデートコーデをよろしく!」
真顔でサムズアップを向けると、とても良い笑顔の侍女さんたちが深く頷いてシャルを連れ去っていった。グッドラック!!
―――それから、身軽な私はその隙に王宮へと向かった。
建前としてシャルからの誘いの手紙を運ぶと言って、使者の役割をもぎ取ったのだ。何故なら、先駆けてゼクス王子と接触したかったからである。
門番に取り次いで貰うと、あっさり王子との面会は叶った。
「これはこれは、直接来て頂けるなんて!」
「シャーリエンヌ王女殿下からの親書をお持ちしました。ゼクス王子殿下、無礼は承知の上ですがとても大切なお話がございます。少しで構いませんので、二人で話すことは出来ませんか?」
私の物言いに、ゼクスの側付きたちが気色ばんだ。王子はそれを腕のひと降りで制止させると、特に気分を害した様子もなくにこやかに承諾してくれた。シャルの手紙を受け取り、何処か浮わついた様子で私を一室へと誘導した。その際、しっかりと人払いを申し付けて。
部屋に入った私は周囲に人の気配が無いことを確認して王子との距離を詰めた。面食らう彼に構わず彼の両手を私の両手で挟み込むように包み、その手を私の胸元に引き寄せるとグッと二人の距離が縮まる。――出来るだけ周囲に内容を聞かせたくなかった為用心して距離を詰めたのだ――間近に王子の顔が来たところで私は切り出した。
「ゼクス王子、私の名前はメイと言います。今日はとても大切な事を伝えに来ました。これからの二人にとって重要な事なので、私の話す通りにしてもらえますか?」
真摯に――囁くようにひっそりと――至近距離からゼクス王子の瞳を真っ直ぐ見つめてお願いした。「メイ……」と私の名前を確認するように呟いた王子が、その瞳を感動に潤ませながら静かに頷いたのを見て、成功を感じ取った私の口角がニッと吊り上がった。
★ ☆ ★
その後、手紙に記された時間通りにゼクス王子はシャルを迎えに現れた。
「あ、…あの、……本日は、お日柄もよくぅ……」
昨日までの毅然とした王女の姿はどこにもなかった。もじょもじょと前に組んだ手を擦り合わせ、チラチラと正面の王子を見ては顔を赤らめている。
「シャーリエンヌ殿下、今日はお誘いありがとう。そのドレス、とっても似合っているよ」
キラキラと輝く王子の笑顔に周囲の者たちは「ほぅ」と恍惚の溜息を落とし、褒められたシャルは更に茹であがった。
(うんうん、王子はちゃんと私の助言を実行してくれるみたいね!)
私は一人ひっそりとほくそ笑む。
そう、私が王子に聞かせた内緒話。それは今日のデートでの心得!
シャルの好きな『ロマンス小説』とやらがどんなものかは知らないけど、要は少女マンガみたいなのが好きってことでしょう?だったら王道をこれでもかって詰め込んで披露してもらえば、恋に恋するシャルはイチコロになると考えたのだ。
だから私はゼクス王子に今日のデートにおけるシチュエーション毎の傾向と対策を――私の少女マンガ知識を思い出せるだけ活用して――耳打ちしてきた。
チラリと王子が私に確認を求めるように視線を寄越したので満面の笑みでサムズアップを返す。それを見た王子が喜色ばんだ。いいぞ、その調子でバンバンやってくれたまえ!
―――――・・・
結論から言おう。
ゼクス王子は実によくやってくれた。
移動中の馬車の中で「シャル」と愛称呼びを勝ち取る、外出先の往来で「危険だから」とシャルを腕に絡ませ密着させる――通常のエスコートは男性の腕に女性が手を添えるだけ――、適度なボディタッチ――頭ポンなどの軽度なスキンシップ――、壁ドン、顎喰い、か~ら~の~至近距離で無意味に見つめる。
(今朝実演して見せた甲斐があったわ!)
そんなシチュエーション現実であるのかよと常々思っていたが、こうして全て実行に移していくゼクス王子のポテンシャルの高さには脱帽だ。やっぱり『王子様』という役職が少女マンガシチュを呼び寄せるのだろうか? そんな益体の無い事を思ってしまうほどに完璧だった。
それ故に、“もうシャルのライフは『ゼロ』よ!”
完全に蕩けきったメロメロの瞳で、力の入らない身体を王子に預けきっていた。ハートの幻視が浮かぶシャルの瞳はずっと王子の顔に固定されている。
(これは決まったな……)
私は作戦の成功を確信した。
そうして無事にデートは終わりを迎え、ほぼ正体を無くした夢見心地のシャルは一足先に自室へと運ばれて行った。
シャルの姿が見えなくなると、ゼクス王子に呼ばれた。
「……あれで良かったのだろうか?」
自信なさ気に瞳を揺らす王子に、私は外人ばりの豪快なハグを贈った。
「もう最高だよ!ゼクス王子、ありがとう!完璧だったっ!!」
嬉しさにギュッと背中を強く抱き寄せると王子が苦しそうに息を詰めたので慌てて離れる。
私は改めて王子の手を取ると、満面の笑みで感謝を伝えた。
「やっぱり王子様って凄いんだね! これで二人は幸せになれる!! 本当にありがとう!!!」
するとちょっと目を丸くした王子が、安堵したからか照れくさそうにはにかんだ。美形の照れ笑い眼福です!
「じゃあ、私シャルのとこへ戻らないと。今日はお疲れ様でした。きっと良い報告が出来ると思うわ!」
私は王子一行に手を振ってホテルの中に颯爽と戻った。
―――――――――――・・・
―――――・・・
シャルの寝室へ入ると、だらしなく溶けきったシャルがベッドに倒れこんでいた。
そんな状態でも私の入室してきた気配に気づいてその身をガバっと起こし、うるうると上気した顔を向けてきた。
「で、私はこの見合いぶっ壊した方が良い?」
意地悪くニヤついた笑みで問えば、大慌ててシャルが首を横に振った。
「メイ~…どうしよう~~! シャル、ずっとドキドキが治まらないの! ゼクス様の優しいお顔が、甘いお声が、頭から離れなくて……その、感触も……!? はわわわわわわわ!!」
……恋する乙女というものはここまで変わるものなのだろうか。今のシャルの脳内は完全にお花畑だろう。桃色の空気が寝室中に満ちていて居た堪れない。
「じゃあ、本来シャルの望んでいた結末じゃないけど、シャルの望みは満たされた、かな?」
ほとんど機能してないシャルの思考がぼんやりと言葉を捉えて頷く。
「……このときめき、シャルの状態はロマンス小説のヒロインたちと一緒だもの。……今、シャルは初めて恋しているのだわ……。ああ、ゼクス様……」
ほぅと桃色吐息を零して自分の世界に戻ろうとするシャルを無理やり現実に引きとめる。私は矢継ぎ早に話しかけた。
「シャル! 明日、婚約を承諾しよう! その後で留学するかどうか二人で話し合えば良い。シャルが幸せになってくれるなら私も嬉しいよ。……あんた、もう私の妹みたいなもんだしね」
「メイ……」
感極まったシャルが瞳を潤ませていく。
「明日、王子からちゃんと返事をもらったら、私を元の世界に帰してね」
「うん! 私、幸せになるから! ……ありがとう、大好きよメイ…お姉さま」
結婚式の花嫁のように美しく笑んだシャルを私は優しく抱きしめた。
★ ☆ ★
翌日。
王宮に伺いをたて許可を貰った私たちは、ゼクス王子を訪ねて王宮の談話室で対面していた。
「早急ではございますが、本日はこちらの返答をお届けにあがりました」
先日のようにシャルの後ろに立った私が王子一行に向って代弁した。本来高貴な人は直接話す事は少ない。近侍がその御心を代弁することに不自然は無かった。まぁ、私は従者じゃないけどね。シャルが真っ赤で使いものにならないから仕方無くの緊急措置だった。
私の二の句を待って、相手側の空気が張り詰める。
私は一度シャルを肩越しに見下ろし、振り仰いだシャルが緊張の面持ちで頷いたのに頷き返して再び正面を向いた。
皆に見守られる中、一呼吸置いて口を開く。
「この度、我々はゼクス第三王子殿下のお心を謹んで頂戴いたします」
遠まわしな表現だけど、正式な婚姻受諾の返答ってこう言う決まりなんだって。私の常識には無い世界だよ。流石異世界。
私の言葉を聞いた王子側からワッと歓声が上がった。全員が――特にゼクスが――嬉しそうに喜びあっている。
(良かった~。最初はどうなることかと思ったけど、今回も無事元の世界に帰れそう。……ほぼ成り行きだけど簡単にまとまってホント良かったわ~……)
私はしみじみと感慨に浸っていた。その思考の半分は既に帰還後に向けられている。
(レポート! 教授に見てもらって感想貰うんだ!)
この場にいる人たちとは異なる感激に浸っていた私は、突如飛び込んできた王子の言葉に凍りついた。
「ではメイ殿! 私の想いを受け取ってくださるのですねっ!!」
勢いで身を乗り出してきたゼクス王子。
一気に氷河期に突入した室内。
頬を上気させ興奮している王子だけが熱く燃えている。
「……え? ……あの、王子? ……今、何て?」
私はガタガタと悴んで震える己が身を叱咤しながら気力を振り絞って問うた。
「はい! 名も知らぬまま貴女に一目惚れしてしまった愚かな私の想いを、受け止めて下さったこと感謝いたします!」
……What?
(待って、理解が追い付かない。え? 何?? 王子が一目惚れしたのは―――…私!?)
ギギギギギ、ぎこちなくシャルを向けば、真っ青な顔でカチンと硬直し、機能を停止中。
ギギギギギ、対面の王子を見やれば蕩ける恍惚の笑みを浮かべて嬉しそうに私の元へ駆け寄って来た。
王子が、私の、手を取る。
「メイ殿にお願いされたシャル姫への説得方法は斬新なものでしたが、こうして腹心の侍女である貴女を下賜して下さるに至ったのです。上手くいって良かった。これで二人、何の憂いもなく幸せになれますね!」
…… so What!? !!!??
この世の春を全部詰め込んだように幸せそうに微笑む王子。
思考停止した私。
―――そして、わなわなと氷を溶かす様に血液が循環しだしたシャーリエンヌ。
「し、信じらんないっ!! 無し無しっ!!! 全部無しぃっっ!!! やっぱり破談よぉーーーーーー!!!!!」
力一杯絶叫したシャルの魔力が暴発し、私は眩しい光に呑み込まれると、再び目を開けた時には大学へ続く通学路の途中に佇んでいた。
―――……こうして、
私は『シャルの見合いをぶっ壊す』という召喚者の目的を成し遂げたのだった。……合掌。
―――――――――――――・・・
――――――――・・・
―――――・・・
―――・・・
★ ☆ ★
「で、今度は何だっていうのよ……」
光に包まれ気づけば【白】の世界。
浮かぶ私はがっくりと肩を落として眉間によった皺を揉み解す。
★ ☆ ★
「そう簡単に逃げられると思わないでくださいね。シャルはもう、お姉さまのいない日常なんて考えられないんですの。だってメイお姉さまはシャルの一番のお友だちですもの。そうでしょう? メイお姉さま♡」
★ ☆ ★
……そうこうしている内に強力な吸引力に世界が引きずられていって――――……
結ばれてしまった二人の縁。
私の召喚ライフはそう簡単に終わってくれないらしい。
ありがとうございました!
お気に召したら是非、ブクマ&評価や感想で作者を応援してください(T△T)
よろしくお願い致します!!