第3話 アルゴス
「あのー、神崎さん?」
弥生の呼びかけで暉の意識が戻った。深読みする癖のお陰で一度考え込むと他の事が目に入らなくなる。
「すいません...何の話でしたっけ?」
「もう...。出来れば退院後すぐにアルゴス日本支部に来て頂けないかと言う話です。」
「ああ、それか...て言うかそれは無理だって何度も。退院したら学校に戻らないと。テストがありますから。」
「でもこのまま放っておけば昨日みたいに暴走してしまう可能性だって十分にあるんです。だから一刻を争う事態だと。」
昨日の火だるま人間を思い出す。ああなってしまうのか、と思うと冷や汗が流れそうだが、だからと言ってすぐに暴走する確証はどこにも無かった。これまで超能力者とは無縁の、一般人だった暉には到底理解出来る話では無い。恐らくこれから関わることになったとして自分がどうなるか誰にも分からない。
「でも明日はマジで勘弁してください!せめて土日ならどうにでもできますから」
「それだと間に合いません...まずはあなたの身の安全の確保をすべきですから。」
「身の安全?俺が誰かに狙われてるって言いたいんですか?そんな、ドラマじゃあるまいし...訳の分かんない話を本気にできるわけないじゃないですか」
早く退院できるに越した事はないが、弥生の感じを見るに午前中にでも病室を訪れそうだ。暉は、弥生に見つからずに病院を出る方法を考え始めた。
「それに、力を借りたいって、俺が偶然使えるようになったアレを期待しているんです?」
「はい、何の訓練もなしにあそこまで使いこなしていましたから。まともに訓練すれば第一線で活躍出来ると思います。」
「第一線って...俺に戦えって言うんですか?あんな化け物達と!?無茶言うなよ...!!」
「だから私が手取り足取り教えますから、心配しなくても...!」
「そういう問題じゃないって言ってるでしょ!」
弥生が一瞬怯えた顔をしたのを見て、気まずくなった。
「すいません、頭が混乱してて...」
「い、いえ、気にしないでください!私もあれこれ畳み掛けるように説明したのが悪かったと思いますから...ごめんなさい!少し外に出てますから、何からあったら呼んでくださいね?」
不意に弥生の指先が暉の手の甲に触れた。その瞬間、頭がズキッと痛んだ。考え事をしている間に弥生から説明を受けていたが、その中に「U領域」と言う言葉があった。U領域とは、人間の脳の中に僅かにある、無意識下で機能している場所のことを指す。その中でも現代では未だ解明されていない箇所が、人間に超能力を目覚めさせる事が可能とされており、それを意識的に使えるようになって初めてサイキッカーとなる。暉がトラックに押し潰されそうになったとき、生を強く渇望した事でU領域が覚醒した。話を戻すと、暉と弥生は互いにサイキッカーである。完全に覚醒している弥生とそう出ない暉が接触した場合、互いのU領域の神経細胞が励起されて頭痛を引き起こす事があると言う。
「もう何が起きてんだかさっぱりだな...」
弥生が病室出てから解放され、暉は脱力して横になった。昨日の事がニュースになっているかも知れないと思い、携帯電話を起動させるが電源が入らなかった。それどころか画面が砕け散る既のところまでヒビが入っている。これでは危なくて操作どころではない。大型トラックを押し返したりしたのだから当然だと自分に言い聞かせる。
「はぁ...まだ1年も経ってないってのに買い替えかよ...」
携帯電話と一緒に取り出したメモ用紙を眺める。弥生が書き置いた電話番号だ。携帯電話に知り合いの女の子の連絡先があるだけでもステータスになる。他校の生徒なら尚更高くつく。自慢の材料にしたかったが携帯電話が壊れてしまっては意味がない。呼ぶにしても連絡手段は病室に置いてある固定電話のみである。
弥生が病院を出る頃には既に雨が降っていた。傘を持ってきていない事を呪いながら駐車場へ走る。青いクーペに乗り込むと、ナビゲーション端末を操作した。端末の画面が下へ降り、奥から別の画面が出てきた。しばらくすると、画面に女性の顔が映った。
「こちら姫野です。Code:E007で照合してください。」
弥生がインカムに話しかけると、画面の向こうの女性は何やらコンピュータを操作しはじめる。
「Code:E007照合クリア。こちらアルゴス日本支部、オペレーターのエレン•ヨシュアです。定時報告をお願いします。」
「現在神崎 暉さんに基地への同行を交渉しています。まだ承諾は受けていません。」
「報告を記録しました。本日中に神崎 暉から承諾を得られないとなると、特令を使って強制同行と言う処置をしなければなりません。国連の組織である以上、そのような手を使う事は避けなければならないのは理解していることでしょう。」
「分かっています。でも今日中にだなんて無理です...神崎さんはサイキッカーの存在そのものに懐疑的な考えを持ってるらしくて...何とか現実を現実と認めてもらわないと進められない気がします。」
弥生は下ろしている髪を一つに束ね、車の窓全てにブラインドを下ろして着替え始めた。
「私の権限では明日の午前中までなら処理出来ます。ですからそれまでに、どうか。」
「頑張ってみます。もしそれでも駄目だったらどうなりますか?」
「今回の件に関しては本部も黙ってみている訳では無いようです。何としても神崎 暉を必要としているとの事ですから、恐らく強制連行の特令が下りると思われます。令状の方も昨夜こちらに送付されています。」
「無理強いになるんですね...。」
着替え終えると、窓のブラインドを上げた。雨は一層激しくなっている。これではしばらく病室には戻れない。
「あ、報告は以上です。では。」
ビデオチャットを終了し、ナビゲーション端末を元の位置に戻した。
アルゴス日本支部司令室は慌ただしい雰囲気に包まれていた。と言うのも世界中に派遣したエージェント達からのサイキッカーの発見報告を受けている為だ。エレン•ヨシュアはその業務を担当しているわけでは無かったが、彼女も彼女で暉の能力解析にかかり切りだった。
「解析の進捗はどうだい?」
いきなり肩に手を置かれ、エレンは身震いした。振り向くと軟派そうな金髪の男が立っている。彼こそがアルゴス日本支部の司令のアラン•D•ウェーク。
「んー...こいつぁ、ちと特殊だな...こりゃ本部のおえらいさん方も欲しがる訳だわ。」
デスクに置いてあるカップにコーヒーを注ぎ、邪魔にならない場所に置いた。
「ですが波形パターンは通常のサイキッカーと変わりません。」
サイキッカーはU領域の覚醒で成立する。そのU領域からは特殊な脳波を発する。この脳波を測定して波形パターンを生成する。普通のサイキッカーならば通常の脳波とは誤差程度の違いを持つ波形パターンを計測できるが、アラン曰く、暉はそれとは訳が違うようだ。
「少し前にこっそり指示出してたんだ。アイツの手に触れてみてくれってな。そん時の時間の波形パターンを出して見ろ。」
「かしこまりました。」
アランの指示に従い、エレンは波形パターンの計測時刻を戻していく。すると、大きな異変に気がついた。弥生が暉の手に触れてから20分間、波形パターンが大幅に狂っているのだ。
「これは...??」
「ただ狂ってるだけならこんなに既視感のあるパターンは作らねぇだろうよ。多分この坊主も弥生と同じ、特異体質なのかもしれないな。」
アランがコーヒー飲むが、それを見たエレンが顔を真っ青にした。
「それ私のカップです!また買い直さないといけないじゃないですか!」
エレンの嫌悪感丸出しの発言を意に介さず、アランは波形パターンのデータをUSBメモリに保存する。
「そう怒んなよ...。コイツも結局のところ最初から本部が目をつけていたかもな。でなけりゃ、特令状が送り付けられる事なんてない。」
「あの、勝手に気を取り直さないでもらえます?」
「後で同じの買ってやるから。今弥生の端末に坊主の波形パターンのデータと電子特令状を送ってやってくれ。アイツ優しすぎるから無理強いなんて出来ないからなぁ...ちっと酷だが追い込むしかない。そんじゃあな。」
「了解しました...じゃなくて!このカップ、オーダーメイドなんですよ!?簡単に買い直すなんて言わないでください!」
抗議する間もなくアランは既に司令室にはいなかった。
「はぁ...あの人は司令失格ね。私が本部から出向している事を忘れているのかしら...」
弥生の端末Noを入力し、波形データと電子特令状を送信した。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。日付は変わり、もうすぐ昼になろうかとしていた。
「じ、11時...だって?何かの冗談だろ?」
暉は大慌てでテレビの電源をつける。確かに番組の時間表示は11時47分となっていた。
「考える間もなく寝落ちするとかマジで笑えねぇ...」
暉は急いで制服に着替え、病室を出ようとした。それより僅かに早く弥生が入ってきた。万事休す。もう逃げられない。
「げっ....!?ひ、姫野さん??」
「神崎さん、おはようございます。あぁ、抜け出そうとしてもどの道鉢合わせ、ですよ?この病院自体アルゴスの施設ですから!」
初めから袋のネズミだったとは、思いもよらなかった。暉は目眩がしそうになる。しかし、弥生の姿が昨日とは全く違う。私服と言うよりは何かの制服のようにも見える。優しげな雰囲気は僅かに息を潜め、毅然としていそうな雰囲気である。そして弥生はタブレットの画面を暉に見せた。画面には「国際連合超法規的指令発動による特令状」と書かれている。
「な、何ですか、これ?」
暉の目が点になる。弥生は申し訳無さげに告げる。
「国連の要請による日本支部への強制同行命令です。神崎さんに納得してもらえるように説明していればこんな事にはならなかったです...本当にごめんなさい!」
「え...これって要するに強制連行って奴か?嘘だろ...!?冗談じゃないぞ!学校に行かなきゃなんないってのにさ...俺の意志は初めから無視って事かよ?」
「えっと...学校とアルバイト先には昨日のうちに連絡をしました!ご両親の都合で海外に引っ越す事になったから、と。」
暉の顔が真っ青になる。
「あのさぁ...色々言いたいけど、俺の両親はもう亡くなってんだけど...」
「えっ!?そ、そうだったんですか!?」
弥生の不用意な連絡により学校もアルバイト先も大混乱が起きているのは間違いない。暉は本当に目眩を起こした。
「とりあえず状況を訂正して再度連絡を入れてください。ええ、そういう事なんです。経歴の閲覧は正式にメンバーになってもらわないと...はい。」
弥生は電話しながら暉を助手席に乗せ、運転席に乗り込む。
「なぁ...アンタは何様のつもりなんだ?俺が嫌だと言ってるのに全部無視して!一体何なんだよアルゴスってさ...」
「超法規的措置を取られると、アルゴスでも従うしかありません...。私も出来れば神崎さんに納得しもらってからお願いしたかったんです。でも仕方の無いことです。こうなってしまったのは運命と思って...じゃあ、出発しますね。」
アクセルを踏み、発車する。
「こんな状況で言うのも何ですけど、支部まで距離がありますから、色々聞いてもいいですか?あ、もちろん私に質問もいいですよ?私、任務外で外部の人と話をするの、久し振りなんです!」
弥生の屈託の無い笑顔に、暉は惚れ込みそうになった。学校生活で女性慣れしている方だと思っていたが、単に思い込みだったと分かり苦笑する。また、怒りの矛先は弥生に向けるのは間違っているとも気づいた。彼女は命令に従っているだけで、文句をつけるべきは支部の代表者だ。
「一先ず謝らせてください。さっきはまくし立てて文句を言いまくってました。すいませんでした。」
「え?...気になさらなくていいんですよ!?そう言われても仕方ないと思ってましたし、私の性格的に押しが弱いので...」
「ははは...。所で、歳が近い気がしたんですけど、それは聞いても?」
「ええ、今年で18になります。」
「い、意外!てっきり年下だと思って...!」
二人はどっと笑い出した。
「同年代の人にはよく言われるんです。何故かは分からないんですけど!神崎さんは何歳ですか?」
「え?あぁ、17ですよ。」
「それもそれで意外ですね!何だか一回り大人な雰囲気がしてたから不思議でした。」
「まぁ、周りと比べてあれこれやって来たからそう見えてるだけ...なんじゃないんですかねぇ。」
2時間ほど経過し、ようやくアルゴス日本支部に到着した。車から降りた途端、施設の規模の大きさに暉は絶句した。
「これ、広さはどれくらいなんだ...!?」
弥生が警備室から出て来て、暉の首に来客証を掛けた。
「このパスを失くしたら出られなくなりますから、大事にしてくださいね?」
「分かりました。所で、この施設の広さって...」
「東京ドーム8個分です!来年から増築されて2個分追加されるんですって!」
「はぇ〜...更に2個も増えんのかよ...凄い。」
自動ドアと金属探査ゲートを何個もくぐり、ロビーに入った。何十人はあろうかという人達が行き交っている。中央で巨大なホログラム地球儀が回っている。
「この赤く点滅している所は新しいサイキッカーが現れた場所、紫に光っている所は暴走したサイキッカーが出現している場所です。今の所日本支部の管轄区域には出て来ていないから安心してください!」
弥生に連れられ、施設の奥へと進む。次第に人の気配も少なくなり、いよいよ本丸の予感がしてきた。弥生が大きな自動ドアの隣にあるスキャナにカードを通し、開いてくれた。そこには現実の物とは思えない光景が。まるでSF映画に出てくるような戦艦のブリッジそのものである。弥生によれば、部屋の半分ほどはあろうかと言う巨大な窓に見えるのは、プロジェクションマッピング技術を応用したスクリーンだと言う。外の景色と見紛うほどくっきり映るのは俄に信じられない。
「ちょっと待っててくださいね...エレンさーん!!」
床から伸びているアームの上に何かがあった。よく見ると、そこに女性が座って作業をしているではないか。
「あんな所にデスクスペース...!?」
エレンと呼ばれた女性はアームを下ろして降りてきた。
「この人が神崎 暉ですか?」
いきなりフルネームで呼ばれて暉は妙な気持ちになった。弥生が何かの端末をエレンに渡す。
「はい、神崎 暉さんご本人です。ええっと、神崎さん、この人はエレン•ヨシュアさん。ここのチーフオペレーターと戦術ナビゲーターをしている人です。少し堅いところがあるけど、優しい人だから安心してください!」
エレンが礼をして、弥生に続ける。
「ご紹介賜りました、エレン•ヨシュア中尉です。姫野さんの説明通りの役割をしております。その他にも事務処理手続きも担当しておりますので、その関係で何かありましたらご相談を。では作業に戻ります。司令は後5分で戻られますので。では。」
エレンが椅子に座るとまたアームが上がった。
「凄く冷たい雰囲気だけど、あれで優しいの?」
「感情の起伏が小さいからよく誤解されるみたいですよ?」
ドアが開き、アランが入って来る。
「やぁ諸君、気にせず作業に集中したまえよ?お、弥生じゃないか。今回の任務ご苦労さんだったな。で〜...この如何にも反抗期ですって感じの坊主が神崎 暉君かい?」
口ぶりではっきり分かったことが一つ。彼は暉の不得手としているタイプの人間だ。
「じゃあ暉君、少し来てもらうぜ?弥生が説明下手なもんだからかなり困ってるって?」
「そんな事は一言も言ってないですけど。」
暉がそう言い放つと、弥生は口元で指をクロスさせた。暉はそれを見て何の事か分からずにいた。
「ただ従順だけじゃ無いのは結構。だけどここがどこだか分かってんだろうな?口の利き方には気をつけろって言わなきゃ分かんないか?」
一瞬だけ見せたアランの凄まじい雰囲気に暉は気圧された。
「い、いえ...失礼しました」
喉から声を絞り出すのに必死だった。アランはにっこりと笑い、暉を執務室へ連れて行く。
「いやぁ、正直サイキッカーになりましたって言われて納得できるもんでもないよなぁ...ぶっちゃけて言えばこのサイキッカーの事件ってのは本当に最近起こってるわけだしよ。だが差別みたいなもんは...いや、完全に差別ってんだろうな。そう言うのはそれよりも前からあったみたいだ。」
アランは暉にソファに座るよう促し、デスクから何枚かの写真を出し、暉の前に並べる。アランがベッドに固定され、更にヘッドギアとアイマスクをつけられている子供の写真に指を置く。
「この写真が映してんのが何を意味しているか分からなくて当たり前だが、恐ろしいもんだって分かるだろ?こんな年端も行かない子供にこんな事やってたって言う事実がある。」
暉はこの写真を見て心の底から震え上がりそうになる。アランは続けてもう一枚の写真を見せる。同じ状況を撮っているものだが、少し遠くから見たものになっていた。子供が乗せられているのは祭壇らしき場所で、何人かの大人達がその周囲を囲っている。
「因みにこの写真は今は消滅している宗教団体で行われている儀式の様子だ。しかも場所は日本某所。挙句にこの子は超能力に目覚めたが次の日に自爆しなすった。能力を全く制御出来ずに体を爆発させたってことだ。」
「ちょっと待って下さい...!本当にこんな事が起きてるって言いたいんですか?」
「信じられねぇなんて言わせない。現実に起きてんだからアルゴスがあるんだよ。弥生だって4歳ん時宗教団体に誘拐されて、実験台にされてしまってサイキッカーになったんだ。かなり上手く行ったのか暴走する事は無かったけど、超能力を怖がられて友達は一人も出来なくなっちまったらしいしな。」
突然告げられる真実。暉は頭がおかしくなりそうな気がした。平和な日常を謳歌するその裏で、正気の沙汰とは思えない事が起きている。そこは当に倫理など死んでいる、欲しか見えない世界だった。
「そんな...じゃあ俺は今まで何を知っていたってんだ...」
「ようやく理解したか...俺達アルゴスは自然にだろうが人工的にだろうが覚醒したサイキッカー達を保護している。暴走して災害を起こされても、意図して人を殺められても困るからな。」
3枚目の写真はアメリカのウォール街だ。ビルが爆発して巻き込まれた人たちが搬送される様子が写っている。そして4枚目の写真は壁の落書き。英語で「サイキッカーは人間じゃない、この世界にいてはいけない」や「本物の魔女が現れた」と書いてある。
「それでサイキッカー差別が広がっちまったら俺達の生きてく場所はなくなる。それよりもっと危険視してんのは、当の本人が生きる活力も希望も完全に無くして自殺したり、下手すりゃ将来を奪う行為に走ったりする。だから救う。何があろうがサイキッカーだってただの人間だ。そんな奴が生きて行けない世界なんて普通じゃない。」
「そう、ですね...ッ....」
次第に悔しさと己の無知さ加減を思い知る。自分が差別される側となってようやく理解した。今の世間は普通ではない事に。
「そうした弱みに付け入って利用しようとしてる奴らだっている。そういう連中は大概カルト教団だ。理由は簡単、超能力なんて凄え力は神の御業、神の使いの力何とだって言えるからな。そんな力を持ってない信者達はこぞって教義通りの事をやろうとする。それで結果はろくな事にはならない。」
暉の目から涙が溢れ出そうになる。悔しくて、悲しくて、恨ましくて、許せない。本当にこれが人間の行いなのか、信じられるはずもなかった。アランはさり気なくハンカチを差し出す。
「お前は本当は優しい奴なんだよ。誰もが知ってる。その優しさで、同じサイキッカーの仲間を助ける力になってくれないか?お前の持っている力で守れる命はある。」
アランの目は最初とは真逆に、真剣そのものだった。それだけの信念を持ってアルゴスを率いているのだ。暉も彼のような意志を持ちたいと感じた。これは運命なのだ。サイキッカーに覚醒する事も、同じ境遇の人達を助けるのも。守れるだけの力を持てる自分に課せられた義務でもある。暉は強く目を開いた。
「アランさん...俺にもその役割、やらせてください。偶然出来てしまったことで、生きる希望を失わせたくないんだ...!!」
アランはその言葉を聞きたかったと言わんばかりの表情で、暉に手を差し伸べる。
「ようこそアルゴスへ!今からお前は引き返せなくなる。その覚悟はあるか?」
暉は迷わず握手に応じた。アランには彼の目が決意で輝きを放っているように見えた。
「ああ、覚悟は出来てる!何が何でも救ってみせるさ!」
次回予告
正式にアルゴスのメンバーとなった暉に、ミッションが下される。暴走しかけているサイキッカー達の保護だが、間に合わず暴走させてしまう。その時、弥生はある決断をする。それが例え救うことにならないとしても。
次回、「少女、時折冷徹につき」。彼女は全てを救う為に、心を切り捨てる。