第2話 サイキッカー
「弥生、聞こえているな?犯人は河川敷を突っ切って市街地へ向かっている。直ちにトラックを破壊し、犯人を捕縛してくれ。それが困難な場合は殺しても構わない。アレはもう手遅れだ。」
ヘッドホンから男の声が流れる。内容は当然作戦の指示だ。ヘリコプターから街を見下ろすと、確かに火だるまになった車が蛇行しながら市街地を目指している。
「一度狙撃して様子を見ます。」
青い髪の少女、弥生がスナイパーライフルを構え、スコープを覗き込んだ。燃えているトラックの上には人が立っていた。
「やはり、超能力者<サイキッカー>...!あの様子だと無理矢理覚醒させられたみたいね。」
弥生は操縦士に高度を少しずつ下げるように指示すると、狙撃態勢に入った。
「2次被害を起こさないようにしないと...くッ!」
引き金を引く。撃った弾は次第に水を纏い始め、次に冷気を帯び始めた。そして犯人の脳天めがけ追尾し始めた。狙撃のブレ補正程度の物だが、これを使うのと使わないのとでは作戦時間に圧倒的な差が生まれる。しかしトラックの速度が想像以上に速く、荷台コンテナに風穴を開けただけとなった。それでも何とか犯人の体勢は崩せている為、もう一撃与える。
「人...!?どうしてこんな所に出てきてるの!?これじゃ撃てない...!スタイル変更、直接戦闘を開始します!」
弥生は宣言するとすぐにヘリコプターから飛び降りた。ポケットから黒いボールを取り出し、地面に投げつけた。すると、バリアのようなフィールドが発生した。
「しまった...!間に合わなかった!?」
フィールドが弥生を衝撃から守った。だが時すでに遅し、民間人の少年はトラックに跳ね飛ばされてしまった。
「...え!?」
弥生は異様な光景を目の当たりにした。トレーラー程は有ろうかと言うトラックが押し返されていく。そのトラックの向こう側から光を発している。ドーム状のオーラのようなものがトラックを押し出していた。あの少年は超能力者<サイキッカー>だったのか。しかし、弥生にはその情報が入っていない。となると、答えは一つ。
「自然に覚醒した、サイキッカー...」
次の瞬間雷がトラックを貫き、こちらへ迫って来た。弥生は飛び上がってこれを回避すると、建物の屋上に降り立った。手を下さないのには、一つ期待していることがあったからだ。それは、もしかすると彼が犯人を沈黙させる事が出来るのではないか、と言う事だった。仮にうまく行かなかったとしても、動きを止めるのは間違いないと見た。少年の雷を纏った拳が犯人を弾き飛ばし、昏倒させることに成功した。これで血を流す事なく作戦を完結出来る。そう思った。ところが、犯人は再び起き上がると、今まで以上に大きな炎を噴き出して少年に迫った。そして少年は慣れない力を使った疲れか、今にも倒れそうになっていた。弥生はビルから飛び降りて犯人の足元を撃ち動きを止める。
「完全沈黙は不可能なら、斃すしか!」
犯人が弥生の方へ振り向くと、すかさずナイフを投擲した。見事に心臓を命中したが、犯人は動きを止めることなく腕を振り上げ弥生を叩き潰そうとした。その腕を振り下ろす直前に弥生はバク転の勢いを利用して蹴り上げ、拳銃で撃ち抜いた。前腕、二の腕、脇腹、大腿、最後に頭部。計5発の発砲で犯人を斃した。
「あ、あんたは...」
「もう大丈夫。だから安心し...危ない!」
先程の少年が弥生を不思議そうに眺めるが、程なくして意識を失った。弥生はすぐに抱き止め、ヘリコプターに着陸要請を出した。
「2346。要救助者を発見。すぐに回収の準備を。それと、脳の解析の準備もお願いします。」
次に暉が目を覚ましたのは病室だった。恐らくあの青い髪の少女が、救急車を呼んでくれたのだろう。思わず両手を見るが、昨日見たような光は現れていない。
「一体アレは...何だったんだ...」
ベッドから降りようとしたが、頭がズキッと痛んだ。脳のよく分からない所が痛む。動くのを諦め、座った体勢のままでいる事にした。突然ドアが開き、誰かが入って来た。
「あれ、もう気づいたみたいですね、神崎 暉さん?私の事覚えていますか?」
あの青い髪の少女が暉のベッドの側にある椅子に腰掛けた。
「姫野 弥生。私の名前です。これから色々と一緒になる事が多いと思うので、よろしくお願いしますね?」
暉には何の事か全く分からなかった。心配だから見舞いに来てくれたのかと思えば、それとは違う様子だった。
「一緒って?」
「これを見てください。これがあなたの脳のCGデータです。」
弥生がトートバッグからタブレットを出し、暉に見せる。3DCGで描画された脳が回転している。よく見てみると、暉ですら意識し得ない箇所が光っていた。
「何ですか、これは...?」
「この光っている場所。これが神崎さんの覚醒したU領域です。殆どのサイキッカーもこの場所である事が多いみたいです。」
U領域、サイキッカー。日常では到底聞かない言葉を並べられ、暉は混乱し始めた。
「つまり、どういう事ですか?」
「えっと...あなたはサイキッカーとして覚醒した...と言うよりしてしまえた、と言う事です!しかも、それでいてこうして人格にも変化が起きなかったのはかなりレアなケースですよ。」
弥生の説明で昨日の事をふと思い出した。超能力者が現れた事、そして店長の言っていた超能力に目覚めた者は自我を失い暴れ狂うのが殆ど。更に火だるまの人間。これで全てが繋がった。
「俺は超能力者になってしまった...って訳ですか!?冗談じゃない!何でいきなり社会から爪弾きにならなきゃなんないんだ!」
とてつもなく悔しい。これからの将来展望を考えたい時期に、いきなり出鼻をくじかれるとは。これでは希望などはなから無かったのと同じだ。
「落ち着いて、神崎さん!今の社会がサイキッカーを忌避しているのは、ある組織が原因です!ただサイキッカーに覚醒しただけで差別されるって訳じゃ...!」
「でも結果は同じじゃないか!これからの事だってあるって言うのに...こんな所で終わらせられるなんて、冗談じゃないよ...本当にさ!」
「神崎君!話を聞いて!」
弥生は悲痛な声を上げた。将来の事は弥生とてそれは同じことだった。
「だからこそ、私たちはサイキッカーの人達を保護して悪用されない様に戦っています...!超能力を使った犯罪を引き起こしている連中こそ叩かなくちゃいけない、その為にあなたの力を貸してください!」
暉は目を白黒させた。
「戦っているって、昨日みたいなのとやり合ってるって事か?」
「はい。私達はサイキッカーの保護、自由の保証の実現を目指すレジスタンス、<アルゴス>です。」
「アル...ゴス...」
暉はその名前に妙な引っ掛かりを感じた。
「アルゴナウタイ、英雄の船団...」
次回予告
姫野 弥生の所属する組織、「アルゴス」。その中枢拠点へと連れられる暉。そこで目にしたのは、この世の物とは思えない世界だった。そして暉に突きつけられる現実。それは自然覚醒したサイキッカー達が世界各地で差別を受け生きる事に消極的になり、最終的に暴走してしまう事実だった。それを知った暉の決断は、如何に。
次回、「アルゴス」。異となる力を持つ者は、孤立してしまう運命なのか。