表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある悪役令嬢への手紙

作者: 端野ハトコ

「この中に、あれはあるのか? その……いわゆる、“惚れ薬”というやつは」




 その出し抜けな問いには驚いた。魔薬師――各種の魔法薬を魔術で錬成するのをなりわいとしている――である私でも。


 ややぶっきらぼうな口調でそう尋ねたのは、はかなげな雰囲気をまとう少女だ。真白い肌に銀色の髪、まるで可憐な白薔薇のごとき美少女だが、しかし中身はまったく違うことを私は知っている。


 その美しいサナ様が眺めているのは、我が家の薬品棚だ。ラズベリーピンク、ライムグリーン、スカイブルー。そんなカラフルな色合いの魔法薬で満たされたガラス瓶が、そこにいくつも並んでいる。


 内心の驚きを隠しつつ、私は少しおどけた調子で言った。


「あらサナ様。惚れ薬だなんて、まさかあなたの口からそんな言葉が出るなんて。もしかして」


 意味ありげに笑い、声にならない問いかけをする。それを察したのか、サナ様は焦ったように否定した。


「……違う! そういうことじゃない、別にいらないぞ、わたしは。ただ」


 ただ。その続きをなかなか言えないでいるサナ様が可愛い。ぶっきらぼうだが真面目なところもあるこの少女を、私は小さい頃から妹のように可愛がってきた。本当の妹になるはずだったのだし。


「そうですね。サナ様のお願いなら叶えて差し上げたいのは山々ですが……あいにく今は切らしています」

「だから別にいらないって。――切らしているということは、作れることは作れるのか?」

「ええ、内緒ですよ。実はね、私に作れない薬なんてないんです」

「そうか、やっぱりすごいなエレクタは。さすがは」


 と、ここでサナ様は言葉を切った。気まずそうに視線を床に落とす。

 サナ様は気の優しい少女だ。だから私はあまり彼女を落ち込ませたくない。


「いいんですよ。この特技のお陰で、この“禁じられた森”でも――この流刑地でも重宝されています。ここでの生活が楽だとはいいませんが、近隣の村の人から頼りにしてもらえています」


 お陰で食べ物にも困らないんですよ、と微笑みながら言ってあげた。落ち込むサナ様に。


「だけどわたしはまだ納得していない。今でも信じていない、エレクタがあんなことをするなんて。だからここへ来たんだ」

「まあ。それでわざわざこんな森の奥へ来て下さったのですか?」


 小さい頃から可愛がっていたせいか、サナ様は今でも私を慕ってくれている。それを感じて私は苦笑した。


 たった一人の騎士をお供にサナ様は来てくれた。この深い森の奥にある一軒の小屋に。通称“禁じられた森”――強力な魔法により封じられた、魔導師と魔薬師を閉じ込めておくための流刑地に。罪人の住まう森へ来たサナ様は、ただの姫君にしておくにはもったいないほど勇敢だと思う。


 そして今、尋ねてきてくれたサナ様に、私の最近の暮らしぶりを見せていたところだ。我が家、といっても山小屋のようなものなのだけど。


「だってそうじゃないか。栄えあるブランヴィリエ家、代々王家を支えてきた魔薬師の娘であるエレクタが、あんな罪を犯すなんて。魔薬師の仕事に誇りを持ってるって、エレクタは何度もわたしに話してくれた」

「ええ。でも事実です」


 今でも信じてくれているサナ様に、この告白をするのはつらい。期待を裏切りたくはないけれど、でも仕方がない。事実なのだから。


「私は彼女たちを手にかけました」

「嘘だ」

「嘘じゃありません。彼女たち――ベルナール家の令嬢も、学園の特待生だったリアーナも。お忍びで我が国にいらしていたイスパハン国のアキナ姫も。みんな私が作った魔薬を飲み、そしてそのあとお墓の下に」


 淡々と殺人の告白をした私に、優しいサナ様もさすがに強いショックを受けたようだ。かわいそうに。サナ様は強い人だが、まだ十八なのだから。あまり悲しませたくない。


 性根は豪胆、でも見た目だけは儚げな美少女は、叫ぶように言った。


「でも……でも! それはみんな、オルキスが悪いんだろう! 兄さん、いや、オルキスが」


 サナ様、正式にはサナメイ王女は、義姉になるはずだった私の手を取った。実の兄である人を、もう兄と呼ぶつもりすらないようだ。


「正直に言ってくれ、エレクタ。本当はオルキスの命令でやったんじゃないのか?」

「いいえ」

「エレクタ。頼む、助けたいんだ」


 優しくて正義感の強いサナメイ王女。彼女は本当にあのオルキスの妹なのか、その元婚約者である私にも信じられない。かつて王子の婚約者だった私にも。


「邪魔だったんです。彼女たちが私から彼を、オルキスを奪っていこうとするから」

「エレクタ」


 私の口からはっきり出た言葉を聞き、サナ様のお顔が絶望に染まる。


「いい加減目を覚ましてくれ。わたしは、わたしはあんなのはもう兄だとは思っていないぞ。あいつは人間の屑だ、エレクタがかばう必要なんかない。一緒にオルキスの罪を皆の前で証明しよう?」


 オルキスの罪。私が思うに、それはたったひとつ。

 私はサナ様の手をなるべく優しく振りほどいた。


「サナ様の頼みでもそれだけはできません」


 オルキス王子の罪。その最大の過ちは、代々続いた魔薬師ブランヴィリエ家の末裔である私の心を奪ったことだと思う。それと。


 さっきからスカートのポケットに入れたままにしている私のもう片方の手に、サナ様が目ざとく気づいた。


「そこに何を持っているんだ?」

「何も。何も入っていません」


 真向から嘘をついた。本当は、このポケットには今、とても大切なものが入っている。

 数日前に届けられた一通の手紙。それは罪人たちが住まう森を抜け、忌々しそうにやって来た王子の従者によって届けられた。


 オルキスから手紙をもらうのは約一年ぶりだ。正確には三百七十七日ぶり。

 彼がくれた手紙だからずっと気になって仕方がない。そこに入った手紙を、私はつい無意識に触ろうとしてしまう。なぜなら。


「後悔していないの。自分のやったことを。だって、私は今でも」


 愛するオルキスから届いた手紙だからこそ、こんなにも気になる。そこに彼が書いた字があるというだけで胸がざわつく。罪人の森に閉じ込められても私は変わらない。オルキスは私のすべて。変わらない愛を彼に捧げている。


「だからって! どうしてエレクタが全部悪いことになるんだ。元はと言えばオルキスが悪いのに、婚約者がいる身ありながら、次々と。その上……」

 

 そこは実の妹だからか、その先は言えないらしい。

 オルキスを愛する一方で、私は冷静な目も持っている。私の婚約者が、男としては最低の部類だということはわかっていた。


 高位の貴族でもあるブランヴィリエ家の娘。その私と婚約しても、オルキスの女遊びはやまなかった。しかも相手を選ばず、貴族の娘や平民の少女、果てはお忍びで留学中だった隣国の姫君にまで手を出した。


 あの当時、最も近くにいた私はそのすべてを見ていた。それこそ魔法のような魅力を持つオルキスと、次々と恋に落ちていく娘たちを。


 そして彼女たちはみんな、私という婚約者の存在をうとましく思った。魔法薬錬成という特殊技能を持つために、貴族として取り立てられた家系の娘である私。「いったいどんな恐ろしい薬を使えば婚約者の地位が得られるのかしら」と、あからさまに尋ねられたこともある。いやもっと、ある平民の少女などははっきりこう言った。「オルキス様を解放してあげて下さい」と。さすがにあれには私も言葉を失くしたものだ。


 周囲からもいさめられた。プレイボーイの王子となど別れてしまえと、最初は賛成していた両親までそう言い始めていた。


 それでも私は諦めなかった。婚約者の立場に執着した。

意地とかそういうことではなく、真実、彼を愛しているから。


 そんな時に起こったのがあの事件だ。王都どころか、国中に私の悪名が広まった。


 ブランヴィリエの毒殺魔。それが今の私のもう一つの名前。いずれ王妃となる身から一転、恐ろしい殺人鬼として語られるようになった。


「……サナ様のお気持ちはとても嬉しいです。私を信じて下さるのは、きっとあなただけでしょうから」

「そんなことないぞ。私が来たのはエレクタの家族から頼みでもある」


 オルキスと恋に落ちた娘たち。ベルナール家の令嬢ロザリアも、学園の特待生だったリアーナも。お忍びで我が国にいらしていたイスパハン国のアキナ姫も。彼女たちはみんな死んだ。私が作った魔法薬で。


 その事実がとうとう発覚し、私は断罪された。他ならぬオルキスによって。


 だけど証拠は不十分だった。なぜなら彼女たちの死体は、入れられていたお墓の中から消えてしまったからだ。私の仕業かどうかは死体を調べなければはっきり証明できない。毒殺がはっきり判明すれば流刑では済まなかっただろうけど、処刑台に送られるまでには至らなかった。


 でも私が地位も名誉も失うには、状況の疑わしさだけでも充分だった。魔薬師としての称号も貴族としての身分も剥奪。とうぜん、王子の婚約者という立場も失った。愛しいオルキスが私を追放した。


 そう、私は罪人。

 嫉妬に狂った挙句、オルキスを奪おうとする娘たちを手にかけた、恐ろしい毒殺魔だ。


だからサナ様は、もうこんなところにいてはいけない。彼女は大事な人なのだから。


「サナ様。今日は会えて嬉しかったです。来て下さって本当にありがとう」

「エレクタ?」

「でもそろそろお帰り下さい。あなたはここにいてはいけない人です」

「……」


 悲しみに歪むサナ様の美しい顔。無力感と苦い失望感でいっぱいのようだ。私の心も揺れたけれど、ここは厳しく接しないと。何よりサナ様のために。


「わたしはまた来るぞ」

「いいえ。二度といらっしゃってはいけません」


 それでも言い募ろうとするサナ様を家から追い出すのは辛かった。でも本当に早く行ってほしい。サナ様はここにいてはいけないのだ。特に奥の部屋を見られるわけにはいけない、絶対に。


 渋々追い出されるしかなかったサナ様は、ふと振り返る。


「行く前に水でももらえないか。喉が渇いた。馬にも」

「――だめ、だめです! ここにあるものは口に入れないで!」


 サナ様の頼みに私は思わず悲鳴を上げてしまった。それだけはだめだ。

 私の勢いに驚いたのか、サナ様は肩をビクリと震わせた。そしていぶかしそうな顔になる。しまった、何か感づかれたのかも。この聡い王女に。


「水に何か? まさか」

「もう行って。お願い二度と来ないで」

「エレクタ。――こらジーク、待て。わたしはまだここに」


 強く言ってむりやり彼女を彼女の騎士の手に押し付ける。サナメイ王女の忠実なお供は、罪人の住処になど王女を置いておきたくないのだろう。そのまま馬に押し上げて、力ずくで連れて行ってくれた。




「……」


 遠く離れて、その姿が見えなくなって。そこで私はやっと安心できる。安心すると途端に寂しくなった。遠ざけたとはいえ、サナ様は大事な友人でもある。もう二度と会えないと思うととても辛い。

 

「でも……仕方ないよね。何かを得ようと思ったら、他のすべては諦めないと」


 金の髪、金の瞳。美の神の愛をふんだんに浴びたような、それは美麗な顔立ち。

 妹であるサナ様が美しいように、その兄であるオルキスも、絶世の美貌を持つ青年だ。


 私が欲しいものはひとつ。オルキス。その名をつぶやくだけで私の胸には甘い期待が満ちていく。


 ずっと、サナ様にも秘密にしていた手紙をポケットから出した。


 この罪人の森へと届いた手紙に、私はなんと返事をしただろう? 嫉妬に狂い、毒殺魔となった元婚約者へと王子が送った手紙。中に書かれている内容は、会いたいということ。オルキスが私に会いたいと言ってきている。彼のほうから捨てた私に、会いに来たいそうだ。


「もうすぐ会えるね」


 もちろん私はこう返事した。ぜひ来て下さい、と。


 サナ様を追い返してまで私は待っている。準備はすべて完璧に整った。後はオルキスが来るだけ。なんて待ち遠しいのだろう、再会の時はもうすぐ。ああ、彼が恋しくてたまらない。私はこの日を迎えるためだけに今まで生きてきたのだから。


*****


 “ぜひ来てください。”


 エレクタからの返事を読んだ時、この女はどこまで愚かなのだろうと僕は嗤った。嗤うと同時に自分の魅力の罪深さを知った。どれだけ手ひどく捨ててもエレクタは僕を愛しているようだ。今回もあの女は役に立ってくれるだろう、今までと同じように。


 邪魔になったあの女ども。僕のほうではとっくに飽きているというのに、当然のように結婚を持ち出す女たち。ロザリアもリアーナもアキナ姫も。こっちは単なる遊びだというのに、どこまでもつきまとってきた。心底うんざりだった。


 だからエレクタに頼んだのだ。あいつらを消してくれと。二度と僕の前に現れないようにしてくれ、と。


 するとエレクタは僕の期待通りに動いてくれた。そこまではっきり指示はしていないのに、ある毒薬を作り出して渡してくれた。消したい相手に飲ませるようにと、静かに言った。


 今になって考えると彼女も恐ろしい女だ。いくら僕のためとはいえ、平然とあそこまでするのだから。あんがい、彼女自身も殺したかったのかもしれないな。恐ろしいやつ。恐ろしいほどの魅力を放つ僕の美しさ。


 そんなことを考えていたら、供についてきた従者が僕に尋ねた。


「オルキス様。本当に行かれるのですか?」

「当然だ。ここまで来たんだ、引き返せるか」


 僕らが行くのは昼間でも夜のように暗い森の中。


 禁じられた森。森の外で生きることを禁じられた者たちが住まうこの流刑地。ここに入れられた魔導師と魔薬師は一生出られない。そういう風に魔法で封じられている。だからエレクタに会おうと思うと、王子である僕ですら自分から赴くしかない。


 それにしてもあいつは、本当に僕に首ったけなんだな。知ってはいたが。


 あの頃、アキナ姫を殺したことでとうとう僕と彼女たちの関係がばれそうになった。王位継承者とはいえ、そんな醜聞は論外だ。それで僕は考えた。すべてをエレクタの仕業にすればいい。実際、あの女たちを殺した毒薬を作ったのはエレクタなのだから。


 そう思いつくと後はすんなり進んだ。そして僕を愛するがゆえか、エレクタは黙って罪を被ってくれた。そうするのが僕への愛の証拠だと、説き伏せておいたお陰かもしれない。死刑にはしないし、いつか必ず助け出すからと言ってやった。


「……カーシャ嬢は知っているのですか? ここへ来ることは」

「まさか、教えるはずないだろう。誰かに知られてたまるか、こんな穢れた罪人の森に向かうことなど」


 そう、カーシャだ。新しい僕のおもちゃ。いい女だったが結婚するほどじゃない。だから何とかしないと。


 僕は本当に頭がいい。エレクタに期待を持たせておいたお陰で、また彼女の手を借りられる。邪魔な女に消えてもらうため、またエレクタに毒薬を作ってもらうのだ。そのために会いに行く。


「あいつの家に入ったら。お前はすぐに出て行けよ」

「ですが。本当に大丈夫でしょうか、何か危険は」

「危険なんかあるわけないだろう。僕の手紙を読んだあいつが『犬のように喜んでいました』って、お前が報告したんじゃないか」


 従者の言葉に僕は呆れる。それは野暮だろう。久しぶりに会った恋人同士が何をするのか、わかってないようだ。一度くらいは抱いてやったら、エレクタも素直に毒薬を作ってくれるだろうに。


「それに僕はあいつの婚約者だったんだ。ふん、魔薬師の家で正体不明の食べ物を口にするほど馬鹿じゃない」

「はあ。その警戒を怠りませんようお願いしますよ」

「わかってる」


 エレクタが何かよからぬことを企んでいたとしても、僕はその上手(うわて)を行こう。あいつの家では何も口にしない。水すら飲むものか。


「それにしても……あれはどういうことだったんだろうな」


 そういえば、と思い出す。エレクタに聞けば、あの現象の謎も解けるだろうか。


 本当はエレクタも生かしておくつもりはなかった。処刑台へ送ってやろうと、あの女たちの墓を暴いて証拠を取り出そうとしたのに。しかしそこに死体はなかった。もしかしてエレクタは、僕を守るためにそこまでしたのだろうか。死体まで処理しておくとは、どこまで忠実な女なのだろう。


 毒薬さえ手に入れば今度こそ本当に殺すつもりだったが、なんだか惜しくなってきた。

妙な話だが、早く会いたくなってきた。僕の奴隷のエレクタに。


*****


 キュッと、薬の瓶の密封を開けた。不自然なほど鮮やかな赤い液体をフラスコに移す。トポトポと流れていくこの音が好きだ。私の音だという気がする。


「早く来て、オルキス」


 この薬と同じ物を彼女たちにも飲ませた。ロザリア、リアーナ、アキナ姫。

 お陰でみんな墓に入った、何日間かだけ。彼女たちは一度死に、そして蘇った。


 人を仮死状態にする薬だ。暗に彼女たちを殺したいと言い出したオルキス。彼を止めるにはこれしかないと思った。死んだとオルキスに思わせた後、私が彼女たちを墓から掘り出して助けてやった。


これは私にとっても益になった。私と彼の間に入ってくる、邪魔な女たちを追い払える。他ならぬ彼の手で毒を盛られたと教えてやれば、彼女たちも諦めてくれた。こちらの忠告通り、そのまま身を隠してくれた。


 でもこれぐらいでオルキスの女癖の悪さが止むとも思えない。この手紙もそうだ。どうせ新しい女が邪魔になったから、泣きついてきたに違いない。そう、彼は私のすべてだけど、彼も私なしにはやっていけないのだから。


 赤い液体が入ったフラスコ。それをランプの火にかける。やがてそれはふつふつと泡を立て始めた。さあ、これで本当に準備はできた。


 娘たちを毒殺したつもりでいるオルキスは、当然、自分が毒を盛られる心配ぐらいはしているだろう。だからこの森に来て以来、私は研究し続けていた。口から飲ませずに仮死薬を服用、いや、吸引させる方法を。その完成後にあの手紙が届いたことは、それこそ神の采配だと思う。


 空気に仮死薬を含んだ小屋。一歩入った時点でオルキスは速やかに仮死状態になる。従者が何人ついていようと彼と同じ運命をたどる。私の体はとっくの昔に耐性をつけてあるので問題ない。


 どうしてそこまでするかというと、実は私にも自信がないからだ。一目あの美しい顔を見てしまったら、ひるんで止めてしまうかもしれない。愛しているのは本当なのだから、あの顔を。


 ついでなので、食べ物や飲み物にも混ぜておいた。サナ様がここで何かを口にしなくてよかった。仮死薬とはいえ、何か悪い影響が出ないとも限らない。危ないところだった。何しろサナ様はこれから、国にとって大事な存在になる。オルキスに代わって。




 絶対にサナ様を入れなかった、奥の部屋の扉を開けた。そこに用意したものを見て、私は満足のため息をつく。


 仮死薬の気体化と、同時進行で研究してきたその成果だ。


 培養液で満たした大きな瓶。酸素を送り込むためのポンプ。よく切れる刃物も手に入った。王都で最も腕の良かった魔薬師が作った惚れ薬――催淫剤と引き換えになら、近隣の村人は様々な物を提供してくれる。


「これからはずっと一緒にいようね?」


 人間を頭部だけの状態で生かしておく方法。大事なのは脳に必要な養分と酸素だろう。これはまだ試していないので成功するかわからない。失敗しても別にいい。もしオルキスが死んだとしても、私にはまだ、彼を死蝋化して保存するという方法が残っている。


「……待ってるよ、オルキス」

 

 ずっと願っていた夢を叶えるための最後の一歩。オルキスから届いた手紙を、私は胸に抱きしめた。もうすぐ会える。彼から会いに来てくれる。やっとあの美貌を独占できる。


 オルキスの美貌に心を奪われて以来、私は彼の奴隷になった。魔薬師としての称号も貴族としての身分を失ったことも、私にとっては問題じゃない。ずっと、私のすべてはオルキスのものだったのだから。


 だったら。そろそろ彼も私のものになるべきだろう。私だけの物体(モノ)に。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ