2話
「地方都市のギルド支部にしては、随分と大きいわね」
暇を持て余したイレーネが支部内を興味深そうに眺めている。
ホールバルト支部に到着した特救班は、調査依頼の件を受付に伝えたのち、準備があるからという事で受付前で待機を命じられていた。
「近場にダンジョンが三つもある都市なんてそう多くはないからな。ダンジョンから得られる恩恵に長年預かってきた結果だろう」
ガレアの言葉にふーんとだけ返し、イレーネは眠そうに大きな欠伸をした。
「それにしても暇ねえ。私たちが来る事は事前に伝えてあったんだから先に準備しておいてくれればいいのに」
不満たっぷりなイレーネの呟きに、今度ばかりは特救班の面々も苦笑しながら頷かざるをえなかった。
実際、ホールバルト支部の対応はあまりいいものとは言えない。イレーネが文句を言っていたように、手配された宿泊施設はお世辞にも綺麗とはいえず、到着してからもすでに一時間以上待たされている。
対応したのも受付嬢だけで、支部の職員は未だに顔も見せていなかった。
特救班の扱いが粗雑な理由は、いくつかある。
そのうちの一つが、ギルド内に蔓延しているある風潮のせいだった。
ダンジョンで死ぬものは未熟者か自分の実力を過信した愚か者であり、恥ずべきことだという風潮だ。
実際、街近辺にあるダンジョンはすでに隅々まで調査されており、しっかりとダンジョン内部の情報を入手し、自分の実力を見誤らなければまず死ぬことはないとされているからだ。
もっとも、異常事態下においてはそんな情報はまるで役に立たないのだが、実際に異常事態に遭遇しない限り、冒険者達にはそのことが実感できない。
ギルドはあくまで冒険者たちがお互いを助け合うためという理念の元組織されているため、ギルド内部でも冒険者内でのそんな空気がそのまま職員たちに伝染していた。
そんなわけで特救班は一般の冒険者から、軽蔑すべき愚か者をわざわざ危険を冒して助けようとする馬鹿の集まりだと思われている。
もちろんギルド職員には特救班の重要性は伝えられているが、地方の支部にまで行き渡っているわけではないというのが現状だった。
「ダンジョンで発生している異常事態を深刻視しているのは、すべてのダンジョンの動向を把握しているギルド上層部だけだしな。異常事態への対策として組まれた俺たちが軽視されるのも仕方ないさ」
リースはこの中では誰よりも長く特救班に勤めている。こういった対応をされるのも、もう慣れたものだ。
「お待たせしました。準備が整ったとの連絡があったため別室へ案内させていただきます」
それからしばらくしてようやく受付嬢が、最初に対応した時と同じように眉一つ動かさず案内に現れた。
やっとかという面持ちで、特救班の面々は受付嬢の後に続いて支部の内部にある応接間へと移動していく。
「王都から遠路はるばるようこそお越しくださいました」
部屋に入るとすぐに、支部の職員と思われる小太りの男が笑顔で出迎えてくれた。しかし、口元には笑みを浮かべているが目は笑っていない。長らく待たされたことから予想はしていたが、あまり歓迎されてはいないようだ。
「いえいえ、それが俺たちの仕事ですから。早速ロデリー迷宮について、現在そちらで把握している情報を教えていただけますか?」
しかし、リースはそんな事には全く気付いたそぶりをみせず、王都で鍛えた対人スキルを駆使してにこやかに接する。
「私はこの後別に仕事があるもので。代わりに、私の部下が説明を行います。フィオル君、それじゃあ後は頼んだよ」
そういうと小太りの男は一礼すると早足で部屋を出て行く。
イレーネが剣呑な眼差しで小さくなっていく男の背中を睨みつけていたが、飛びかかったりはしなかった。
あいつも成長するんだなとリースは少し感心する。
「フィオルと申します。本日は私が特別救援班の皆様に、ロデリー迷宮で報告されたいくつかの異常について報告させていただきます」
一見すると冷たい印象を与える、鋭い目つきが特徴のその女性職員は、そういうと抱えていた幾つかの書類をリース達に配っていく。
「事前に王都へと資料を送っていたと思いますが、事の初めから説明したほうがよろしいですか?」
フィオルの問いに、リースは頼むと答える。その返答を受けてフィオルはわかりましたと口にすると、淡々と報告書を読み上げていった。
「最初の報告は今からおよそ一ヶ月前。ホールバルト南部に位置するダンジョン、ロデリー迷宮内で奇妙な鉱石を発見したというものでした」
そう言ってフィオルは一枚の絵を指差す。精巧に描かれた赤みがかったその鉱石は、リースも目にした事があるものだった。
「これは紅炎石? 王国南部ではよく採掘されるが、ホールバルト周辺では元々存在しない鉱石だな」
同じ資料を眺めていたガレアが漏らした言葉に、フィオルははいと頷いた。
「報告を受けたのち、当支部職員が実際に確認を行いましたところ、ダンジョン内にて鉱石の存在を確認しています」
「報告してきた冒険者がホラ吹いていたわけではないって事ね」
「そんな事をするメリットもないだろうしな。その後、別の異変が起きたりなどは?」
紅炎石については、事前にリースも報告を受けている。今まで採取されなかった資源が採取されるようになったというのは、かつて異常事態発生が宣告されたダンジョンでも兆候として挙げられていたはずだった。
「それ以外の報告は今の所受けていませんが、個人的に気になることが一つ」
そういうとフィオルは一枚の資料を指差し、全員に見るよう促す。
「この資料は、ギルドに持ち込まれた資源の総量を一日単位でまとめたものです」
資料に乗せられたグラフをみて、リースは思わず顔をしかめた。日付が最新になるにつれ、採取された資源量が右肩上がりになっていた。
「一ヶ月前に比べてギルドに持ち込まれる総資源量は1.5倍ほどまで増加しています。ギルド職員としては喜ばしいことですが、先の報告と合わせるとどうにも不吉な兆候な気がしてなりません」
どうやらフィオルは、さきほどの小太りな職員とちがってダンジョンの異常について、しっかりとした危機感を持っているらしい。
彼女の観察眼は鋭く、まさにリースが欲しかった情報を提示してくれていた。
「まだ確定はできませんが、現状の話を聞く限りでは近日中に異常事態の発生する、もしくは既に発生している可能性が極めて高いと思われます」
言いながら、リースは持参した資料をフィオルへと手渡す。
「これは?」
「かつて異常事態が発生したとあるダンジョンの、異常発生一ヶ月前のあらゆる資料です」
流し読みするようにぱらぱらと渡された資料をめくっていたフィオルは、とあるページで手を止めた。
そこには、今しがた彼女自身が特救班にみせたものとほぼ同じ形をしたグラフが載っており、ダンジョン内資源量の推移と題されていた。
「この時は、資源の増加後モンスターの異色個体が発見報告が相次ぎ、最終段階として本来そのダンジョンに生息しないはずの強力なモンスターの発生が起こりました」
リースの言葉に、フィオルは険しい顔色を浮かべる。事態が予想よりも深刻だということを、彼女も実感してきたらしい。
「失礼します、フィオルさんに急ぎ伝えたいことが」
と、その時、応接間の扉を開け、慌てた様子の職員が部屋へと入ってくると、フィオルに何かを耳打ちする。
それを聞いたフィオルは驚愕に目を見開いた後、一瞬何かを考えるように黙り、改めて特救班をまっすぐと見据えた。
「ただいま、冒険者からモンスターの異色個体を発見したとの報告がありました。ついたばかりでもうしわけないのですが、特救班の方々には急ぎロデリー迷宮に向かっていただきたいです」
フィオルの言葉に、リースは力強くうなづく。
「もちろんです。ただし、今後特救班の調査結果があがるまで、冒険者たちにはダンジョンへの立ち入りを禁止していただきたい」
その言葉にフィオルは少しためらいをみせつつも、わかりましたと答えた。
「私の一存では決められませんが、支部上層部への申請を早急に行います」
「よろしくお願いします。よし、仕事だお前達。ロデリー迷宮に向かうぞ」
リースの言葉に応じるように、特救班のメンバーは待ってましたと息を揃えて立ち上がった。