1話
ディリア王国北西部の果てに位置する街ホールバルト。
近辺に三つのダンジョンを抱えるこの街は、王都からかなりの距離があるにもかかわらず多くの人々で賑わっていた。
街中を歩くものたちはほとんどが武器を携え、鎧や胸当てなどの防具に身を包んでいる。
「さすがダンジョンの隣接街。王都と違ってそこら中冒険者だらけですね」
「この街のほとんどは冒険者とその関係者で構成されてるからな。直接的な戦闘から遠い王都とは随分雰囲気が違うだろう」
キョロキョロと辺りを見回す小柄な少女のつぶやきに、地面につきそうなほどの大剣を背負った初老の剣士が即座に返す。
二人の装いはギルド職員の証である黒を基調とした制服で、周りの冒険者たちからは少し浮いた存在となっていた。
「田舎者の集まり!って感じがするわよね。はやく王都に帰りたいわ」
その隣で不機嫌さを隠そうともしないまま、同じくギルドの制服に身を包んだ少女が毒づく。
少女の背中には背丈に不釣り合いなほど巨大な鎌が背負われていた。
「この女の戯言は聞き流していいよみっちゃん。今日泊まる宿がボロかったってのをまだ根に持ってるだけだから」
後に続いて金髪が印象的な端正な顔立ちの青年が、困ったような表情を浮かべている小柄な少女に声をかける。
その言葉に大鎌を背負った少女はジロリと青年を睨みつけると、無言でその腹へと拳を叩き込んだ。
しかし、それを予見していたかのように拳を受け止めた青年は、少女を煽るようににやりと口元を歪ませる。
「ライアス、イレーネ。来て早々問題起こすんじゃねえぞ。また俺が始末書かかされるだろ」
取っ組み合いの喧嘩を始めた二人をみて、黒髪の青年が呆れた様子でため息をつく。
金髪の青年と鎌を背負った少女、ライアスとイレーネが同時に抗議の声を上げた。
「待ってください班長! どう考えても先に手を出したイレーネが悪いでしょう?」
「何言ってるの? 喧嘩売ってきたのはライアスの方よ。ガレアのおっさんも聞いてたわよね?」
イレーネは同意を求めるように初老の剣士の方へと顔を向けるが、ガレアは我関せずとでもいうようにみっちゃんと呼ばれた少女と、近くの屋台で食べ物を買っていた。
「ミリア、暑いから火傷には気をつけるんだぞ」
「大丈夫です、そこまで子供じゃないですから!」
そう言って熱々の肉にかじりつくミリアを、ガレアは微笑ましそうに眺めている。
「ちょっと、人の話聞いてるのロリコンジジイ」
「ロリコンジジイというのが私のことを言っているのなら今晩の訓練のメニューを倍にするぞ」
軽くあしらうように返すガレアの言葉を聞いて、イレーネが忌々しそうに舌打ちをする。
「っていうか班長、本当に宿あそこなの? 私たち腐ってもギルドの本職員よ? もう少し待遇ってものがあると思うの」
「ホールバルト支部から正式に貸与された宿だっていってるだろ。うちは所詮閑職、向こうさんもわざわざもてなす気はないんだろうな」
黒髪の青年が、イレーネの駄々に今日何度目かの同じ文言を返した。
それでも彼女は納得せず、未だに不満そうに唸っている。
「仕方ないよ、特救班はギルド本部の厄介者の集まりってことにされてるんだから。僕たちがなんて呼ばれてるか知ってるだろう?」
「『尻拭い』ね。尻拭われてる側の立場のくせによく言うわ」
ライアスの言葉に、イレーネははっと嘲笑を浮かべ吐き捨てるようにつぶやく。
「冒険者の命を守る大事な仕事だ。なんと揶揄されようと誇りある仕事に変わりはない」
そんなことを口にするガレアに、イレーネとライアスは胡散臭いものをみるような視線を送る。
「さすが、ギルドの要職蹴ってこんな場所に志願してくる変人は言うことが違うわ」
「おっさんのそのお堅い感じ、本当ぶれないね」
呆れた口調で投げかけられる二人の言葉を歯牙にもかけず、一人先を行く青年に声を掛ける。
「そういえばリース、一つ聞いておきたいんだが班長のお前自らこんな辺境の地まで来たということは、今回の件は本物と見ていいということか?」
ガレアの言葉に、残りの三人も表情を変えた。
「異常事態かどうかの確信はまだない。けど俺はその可能性が高いと思ってる」
リースの言葉に、ガレアはそうかと一言だけ返す。
ミリアは少し緊張した面持ちを、イレーネとライアスは面倒臭そうな表情を浮かべた。
「それを確かめるためにも、まずは支部に直接話を聞いてみないとな」
ここ数年、頻発するようになったダンジョンの異常事態。その調査と異常事態下における冒険者の救出こそが、リース率いる冒険者特別救援班、通称特救班の主な仕事だ。
今回も、ホールバルト支部からダンジョン内で気になる変化があるということで王都から呼びつけられた。
ダンジョンはまるでそれ自体が生き物のように日々変化している。そのため、多少の変化はあってもおかしくなく、調査をした結果異常自体ではなかったという結果に終わることも多い。
だが、リースはいままでの経験から、今回の件は異常自体発生の前触れの可能性が高いと感じていた。そのため、本来ならば特救班のメンバーに任せる事前調査に、班長であるリース自身が同行している。
「何も起こらないか、あるいは事が起こる前にケリをつけられるといいんだけどな」
リースは改めてホールバルト支部から送られてきた資料の内容を思い出し、何事もなくこの仕事も終わるようにと静かに祈りを捧げた。