っていうことで。
というわけで、私はその出版社の編集の方と、キシダさんにご挨拶に行かなきゃならないわけよ。だってそうじゃない?私が書いた読み物は、キシダさん作の曲を、パロディって言えるのかなあ。言えない気がすると思わない?あの曲をそのまま内容も変わらないまま、というか自分でそこを目指して書いた作品で、題名も同じだし、内容も、うん、パロディとは言えないな、パクったっていうのかな?そうね、パクった。編集の人も、
「これは、挨拶に行って、なにかに載せるにしたって、キシダさんの許可が必要」、
そういう風になったわけよ。そして私は少し緊張した、難しい顔をして言いうわけ。そうですか、許可ってやつが必要なんですね。ぶーちゃんにはお見通しよね。そうよ。これは私の妄想に過ぎない話だけれど、その時の心の内は「激しくにやにやいていた」っていう風。
そしてそのキシダさんの元へ赴く際、私は前日にオーフルを買っておいたと思う。なぜって、オーフルは私の大好物なのよ。どこがよくて大好物だってことは、私にも分からないの。でも好きなのよ。好きっていう気持ち。理由はあるような気もするけれど、ぶーちゃんと一緒に生活している中で、そのぶーちゃんを好きっていう気持ちはなんていうか、薄められていく。けれど、たまにぶーちゃんに対してだって、ポンッと何かの花が一気に咲くような、この前見た花火のクライマックスの様な、そんな瞬間だってある。それも本当のことなの。
でね、私のその編集の人と私は、翌日キシダさんと待ち合わせた喫茶店に、15分早くついて、私はバッグをテーブルの下のかごに入れ、ひざにオーフルを置いて、少し緊張したせいか、アイスカフェラテをお代わりまでしちゃうわけよ。そしておトイレで用を足し、テーブルに戻ると、少し高いからと絵編集の人に遠慮して頼まなかった、ロイヤルアイスミルクティーを、とうとう注文しちゃうわけね。その時の私はきっとどうしてもロイヤルミルクティーが飲みたくてしょうがないって思ってたけど、遠慮をしていたけど、とうとう我慢ならなくなった。そういうこらえ性のなさが、私の人生を結構な割合で彩り、その時私はこう思うわけ。
「ああ、ロイヤルミルクティーを注文するのをあくまで遠慮できるようなこらえ性が私にあったのなら、もうとっくに女優となって、キシダさんと恋に落ちていたはずだ!」
って思うわけよ。いいじゃないの。私の好きでやってる空想なんだからさっ。そういうところでケチをつけないで聞いてちょうだい。
そしてね、編集の人は、あらかじめ、私の読み物をキシダさんに送ってたらしくって、キシダさんは無口に私たちに挨拶をして、私の読み物を「よかったです」と言ってくれるんだけど、本当は、私はもっと私の作品に対する、大げさな反応を期待するのだけど、そこはキシダさんよね。そういうわけにもいかないっていうわけ。
そして人の目に触れるものに載せてもいいという許可を得て、その先にもまだ話は残っているわけ。つまり、作詞作曲キシダシゲルであるけれど、私のクレジットはどうしようという話し合いになるわけ。編集の人はそこは、大変、やっぱり才があるのよね。いろんな案を出してくれるわけね。でも決定したのはやっぱり岸田さんっていうことになるわけよ。「作詞作曲キシダシゲル 小説的意訳多奈部ラヴィル」ってね。どうしてもね、そこから、キシダさんと私は芸術団に花が咲いたと妄想し、どんな話をしたのかっていうのを子細にぶーちゃんに話してみたいのだけれど、こんなポコちゃんのお薬をもらいに行く電車の中で、いくら私が才あれど、つまびらかに妄想できないっていうわけ。
でもね、キシダさんは私に
「芸術を成すものとして、特に意識していることって何ですか?」
って聞いてくわけよね。そこで私は、まあ、いつもの通りにしか考え付かないんだけど、それはもしかしたら今のい場所が悪いのかもしれないっていうことはさっきも言ったわよね。こんなにも気の散る広告が釣り下がっている、白々しいほど明るいような、こんな場所では私の才も、発揮できない。それはさっきも言ったけどさ。私は
「親切と、優しさと、サービスです」
って答えたの。まあ、聞かれるとおうむ返しにこたえるいつもの奴しか出てこなかったっていうか、妄想できないのよ。するとキシダさんは、突然パッとした顔をして、
「君、それは僕もですよ。親切、優しさ、サービス。それだ」
っていうか、そうキシダさんが答えるかなんてことは分からないわけよ。でもそこは妄想っていうことで、お許し願いたいもんだわ。
そこからね、編集の人は少し眠たい目をしているほど、私とキシダさんの話は、どんどんどんどん盛り上がっていくっていうことになるわけね。まあ、そこはいいじゃないの。親切、優しさ、サービスの内容で盛り上がったっていう風に想像してよ。もうすぐ新越谷に着くわよ。
そしてキシダさんは私のことを「君」と呼び、私は「先生」って呼ぶようにだんだん鳴てきた。そしてキシダさんの言葉は徐々に砕けていくわけよ。それなのに、私はオーフルを膝の上においたまま、「はい、はい、はい」っていう調子なわけよ。つまりどうしても緊張が解けないっていうことを、ちょっと妄想するわけね。うん、そんなのがいいな、なんていうの?男性、しかも長年ファンであった男性を前にして、そのキシダさんがくだけることに比例して砕けていくほど、私は異性を知っちゃいない。ということにしておきたいし、そういうことになってるのよ。
だいぶきっさっ店に長居をしてしまって、外は夕暮れ。私はいつも夕暮れの色に文句をつけるけど、キシダさんはそういう人じゃないって知ってた。だから、単なるありふれた夕暮れのオレンジ色っていう空にも文句を言わなかった。ずいぶんじゃない、そうは思うかもしれないけどね。
そして、私キシダさんに誘われてしまった。近くにしゃぶしゃぶののおいしい、個室居酒屋があるんだど、ってね。私はその「個室」っていうワードに少し緊張してしまったわ。編集の人は、そこで帰って行ってしまって、私たち二人が残されたって感じ。私は戻っちゃうのよ。そのキシダさんと初めにお会いした時に。そのマックスだった緊張が、またしても私を襲うの。
でもキシダさんはあまりそういうことって意に介さない風だった。そうよ。キシダさんだって初対面の1、2時間話しただけの、私に何も「個室」をアピールしているわけじゃない。
トントン拍子で電車が来るわね。今日はついてる。ラッキーな日だわ。
そしてね、キシダさんと私は個室居酒屋に赴いた。私がシシャモは外せないと言うと、キシダさんも「同感だ」って言うの。そりゃ知らないわよ。キシダさんがシシャモを好きかどうかなんて。でもそういうことにしておきたいのよ。だって私の勝手な妄想なんだから。中学生の妄想とはわけが違うのよ。私のは高等妄想、中学生のは低等妄想。そういってもらいたいわ。
なんかちょっと疲れちゃった。手すりを握って立っていられない。ぶーちゃんに寄りかかってもいい?
大相模クリニックてこんなに遠かったっけ?今日はずいぶん涼しいわよね。でもなんだかいつもより遠く感じる。いつも風が強いって感じるの。大相模クリニックに行く道中。それはこの大きな人口の湖があるからなのかしらね。そしてもしかしたら、家を出た瞬間、少しパラパラしてきた気がして、傘をもってきたじゃない?今は降っていないけれど。その傘が重くて、今日はことさらに大相模クリニックが遠く感じるのかもしれない。今は降ってなくってよかったけれど。そうね、雨がもし降っていたら、もっと遠くに感じたんでしょうね。
そしてね、ねえ、聞いてるの?そしてね、キシダさんと私は意気投合してお互い芸術、頑張っていきましょうっていう風に、いつもでも名残惜しくお酒を飲むの。キシダさんは日本酒を飲んでいて、私はビールばっかり飲んでトイレに頻繁に通うっていうわけ。そして居酒屋も閉まる4時になった。それでもキシダさんと私は名残惜しかった。居酒屋が24時間営業であったならなあ!そしてキシダさんは言うの。
「君、ホテルにいかないか」
私はたまげたわ。そんな直截なアプローチ。キシダさんらしくもないって思った。そして私にはぶーちゃんがいるわけじゃんよ。それはできないと断固として、そう、私は断固として断ったわけよ。そこは貞淑な妻の私として、
断固としてっていうわけなのね。そしたら、キシダさんはこう言うの。
「君、今いやらしいことを考えただろう。君はスケベだ」
なんなのかしら?ホテルに入って何をするのかしらね。スケベなことをするらしいんじゃないことくらいは理解に及んだ。
「先生、ホテルで何をするんですか?」
と尋ねると、
「君はさっき、盛んに芸術活動を頑張っていこうと張り切り、俺に激励もくれた。そうさ、お互いに切磋琢磨しようじゃないか」
ホテルには多分ギターがないだろうと思う。
ホテルに入るとキシダさんは暖房をマックスに入れ、ご自分もパンツに上半身裸という格好になり、私にも薄着をするように命じるの。私は仕方がないから、ユニクロのブラトップとパンツっていう格好になって、キシダさんがバッグから取り出したのは、トランプだったの。なんでもキシダさんは芸術的勘をいつでも鋭敏にできるよう、時間さえあれば、神経衰弱をやるんですって。私は首に巻いていたエルメスのスカーフを、なによ、確かにエルメスのスカーフなんて持ってないけど、いいじゃないの。黙って聞いてよ。そのエルメスのスカーフを手拭いのように、頭に縛り、酔っている頭を、渾身の力でもって振り絞って、神経衰弱に臨んだわ。それがキシダさんの言うように芸術活動の切磋琢磨になるならばと、キシダさんに負けないぞという勢いで臨んだの。
まあ、キシダさんは日本酒で酔っているようには見えないほど、ぱんぱんとトランプをめくっていく。私疲れて
「仮眠をとってもいいですか?」
ととうとうへこたれてしまったっていうわけ。