伝説のモノマネ師
ステージが暗転し俺はいつもの通り、いつの間にか静かになっていた酔客の深い溜息をBGMに舞台袖に捌けていく。
ここはお年寄りが湯治に訪れるとして密かに人気が出てきているとある温泉街。
俺はその温泉街の宿に月一回くらいモノマネ芸人として宴会場のステージに立たせて貰っている。
はっきり言ってギャラは良いわけではない。それでも今の俺にとっては貴重な収入源となっている。
これでも若い頃は一挙手一投足、雰囲気や存在感まで完全コピーするモノマネ師としてテレビに出ない日はなかったくらいだ。
…但し、身長が140もなかったため、そこを弄られ俺が怒るという黄金パターンだったけど。
一度、某大手お笑い事務所から背のひっくい大御所芸人のような売り方をすれば、もっとイケるとのお誘いもあったが、俺にはモノマネ以外は才能がないとその話をスッパリと断った。
まぁ、正直にいうと数年後惜しかったと思ったりもした。
後になって知ったが、その時見事に断りすぎたことが当時関係者全員にその話が完璧に伝わり、生涯をモノマネに捧げた伝説のモノマネ師として呼ばれ始めたらしい。
今の言い方をすれば、干されたっていうやつかな。
まぁ、昔は苦しかったが今振り返ると悪くはなかったかな。
捨てる…じゃないな、干す野郎がいれば、拾う神様有りっていうのを実感したからな。
ともあれ、俺は最期の舞台を終え、控え室として慣れ親しんだこの従業員用更衣室の畳の定位置で現世での生に幕を下ろしたんた。