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優しい嘘

作者: 有本 楓

本日がエイプリルフールということで書きましたが、結果的に嘘の要素が薄くなってしまいました。

 僕には、ずっと前から好きな女の子がいる。それはもう、小学校に入学した九年前の春から。そして、その想いは中学三年の冬を迎えても色褪せてはいなかった。そんな僕と彼女の間柄がこの九年でどんな風に変化したか。


 ……何も変わってはいなかった。


 朝、学校で会えば「おはよう」と言い、帰る時には「また明日ね」と手を振り合う。小学生の頃は当たり前にできていた、何気ない挨拶さえも中学に上がってからは段々としなくなっていった。


 幸か不幸か、僕らは中学三年間ずっと同じクラスだった。だから距離が一定以上離れる心配がなくなった為か、いつの間にかちょっとした安堵の気持ちが芽生えていたような気もする。今行動を起こさなくてもいつかなんとかなる、という具合に。


 けれども、そんな甘い考えは通用しなかった。


 彼女がこの春、つまり高校に上がるタイミングで引っ越す、ということを僕は風の噂で知った。頭が真っ白になった。彼女も僕同様、地元の高校に進学すると思い込んでいたから。この先もまだ距離を縮めるチャンスがあると思っていたから。別れがこんなにも突然来るものだなんて、考えもしなかったから。


 選べ。僕は二択を迫られているように感じた。


 『何事もなかったかのように、この先も変わらず過ごす』


 『告白をしてけじめをつける』


 一瞬の躊躇いの後、僕はすぐに行動を起こした。


 「峯田さん!」


 僕はぎこちなく、校門に背を向けて歩く彼女の名を呼んだ。


 「あれ、雪君。どうしたの?」


 雪君、というのは僕の名前だ。昔と何一つ変わらない呼び方で僕に返事をする。


 「ゆ、雪君って。僕らもう中三だよ?」


 懐かしい彼女の声に、僕は自分の中にあった焦りが飛散していくのを感じた。


 「いいじゃん、知らぬ仲でもないんだし。私のこともまた、なっちゃんって呼んでいいんだよ?」


 彼女の名前が夏樹だから、なっちゃん。いかにも小学生らしい王道なニックネームだが、僕にとっては思い入れのあるとても大切なものだった。


 それを分かってか分からずか、彼女の発した言葉には温もりがあった。


 「いや、やめとくよ、峯田」


 そっか、と優しく微笑む彼女を見て、僕は気持ちがとても楽になる。二人の間に壁を作っていたのは自分だと気付いたから。僕自身が壁を取っ払えば、また彼女と過ごせると感じたから。今はそれだけで十分だった。


 離れ離れになる前に、ちゃんと想いを伝える。そう心に刻んで僕は日々を過ごした。


 それからの毎日はあっという間だった。受験勉強に勤しむ合間に、彼女と何気ない話をする。だが、敢えて互いの進路の話題は避けた。すぐ先に待つ幸せの終わりに、少しでも抗うために。


 彼女との距離を、再び縮め始めてから約二ヶ月が経った。僕は、なんとか受験を乗り越え予定通り、地元の高校に進学することが決まった。


 「そろそろかな……」


 はあ、と小さく短い息を一つ。僕は意思を固め、彼女に連絡をする。そして、春休みに二人で会う約束を取り付けた。


 四月初日。二人の約束であるその日は、生憎の雨だった。


 けれど、僕は事前に練ったプランを強行した。それは、地元の町を歩いて回ること。雨の中歩くなど、嫌だと断られるかと思ったのだが、彼女は文句一つ言わずついてきてくれた。


 歩く最中は、断続的に降りしきる雨に負けないくらい自然と会話が弾んだ。各場所に関連する二人のエピソードを思い出せるだけ思い出し、話せるだけ話し尽くした。


 そして、


 「峯田! 話がある」


 一頻り街を回った後、遊具が滑り台しかない小さな公園で、僕は横に並ぶ彼女に身体を向けて告げる。


 「……うん。なに?」


 緊張で上ずった僕の声とは裏腹に、地面に落ちる雨音にかき消されてしまいそうな静かな声で穏やかな表情を浮かべる。


 「引っ越すって、本当?」


 怖くて喉に突っかかっていた言葉が、ようやく口から出た。


 「うん。だから……高校からは離れることになっちゃうね」


 「…………!」


 理解はしていたつもりだった。こうなることを前提に今まで行動してきたのだから。しかし、いざ直面するとやはり、辛いものがある。想像していた数百倍の痛みが自分の胸を襲う。


 「だ、だよな。うん……。だからさ、峯田。受け取って欲しいものがあるんだ」


 ここで後戻りするわけにはいかない。その一心だけで、涙をせき止めいよいよ本題に入る。


 僕は、ズボンのポケットを探り、ラッピングの施された手のひらサイズの箱を取り出した。


 「中にネックレスが入ってる。まあ、安物なんだけどね。よかったら使って欲しいな、なんて」


 そこまで言い終えると、彼女は自分の差していた傘を閉じ、僕の傘に入ってきた。


 「ねえ、それつけて」


 僕に背を向けて、後ろの髪をかきあげる。


 「今、ですか……。分かった」


 ラッピングを丁寧に剥がし、箱を開けネックレスを取り出す。そして……。


 彼女にネックレスをかけようと、手を前に回した時。


 「……? どうしたの、早くつけ……」


 「……行くなよ」


 自分の中で、感情をせき止めていた堤防が崩れる音がした。


 「行くなよ! 僕の側に居てくれよ! この先もずっと……。僕は……、お前の事が……。好き、なんだよ」


 気がついた時には、ネックレスや傘は足元に。僕は彼女を後ろから力一杯抱きしめていた。


 しかし、彼女はそれを一言も咎めなかった。そして、顔を見せることなく側面から手を回し、僕の髪を撫でる。


 「ありがとう。雪君の気持ちは、本当に嬉しいよ」


 静かな抱擁に、僕の力は抜けていった。それを感じたのだろう、彼女は傘を差すことなく雨の中を数歩歩いていき、こちらを振り返る。


 「でもね、私はその気持ちに応えることができない。雪君をそんな風に見たことなかったなあ」


 「……そっか」


 立っているのがやっとだった。だから、彼女の声が涙で揺れていることにも気づかなかった。


 「あーあ、ネックレスが濡れちゃってるよ。これ大事にするね」


 彼女は、落ちていたネックレスとその箱を拾い上げる。


 「うん、ありがとう……」


 「こっちこそ。今までありがとうね、雪君。こっちに帰ってきたときは連絡するね。じゃあ、元気で」


 そう言うと、足早に立ち去った。


 その後、しばらく立ち尽くした後家に帰ったはずだが、あまり覚えていない。


 ーーこれは、僕の初恋の物語。そして、僕となっちゃんの恋愛の序章である。ーー

感情移入がしやすいように、登場人物の特徴を書かないようにしたつもりです。皆さんの思い描く、理想の人を当てはめて読んで頂けると幸いです。

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