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2015年/短編まとめ

彼は世界をも転がそうとするだろう

作者: 文崎 美生

彼のやることはえげつない。

返り血の付いたスーツを睨み付けて溜息を吐き出せば、直ぐ近くで彼が銃の安全装置を外す音がする。

視線を上げれば彼の体に隠れるようにして見えにくいが、四十代位の男と幼女が二人。


「何してんの。早く終わらせてよ」


早く帰ってシャワー浴びたい、なんて言えば彼は薄っぺら笑顔を浮かべて振り返る。

片手に人間一人の命を簡単に奪えてしまう、人間の命よりも軽い軽い銃を持ちながら。


だってぇ、とのんびりとした声を出して、顎で男と幼女を指し示す。

男の方は幼女を抱き締めていて、多分娘とかなんだろうと直ぐに分かった。


「た、頼む。標的は私だけだろう?娘の命だけは助けてくれ。死んだ妻の忘れ形見なんだ……」


一つ二つしか変わらないように見える二人の幼女。

子供って好きじゃないのよね。

元々白い顔を更に真っ白にして、揺れる瞳で私達を映す彼女達。

綺麗に結えられた髪に、高そうな可愛らしい服。

本当に幸せにさっきまでは本当の幸せの中にいた子達。


可哀想に、なんて呟く私の顔は無表情。

彼は三人を見て銃を持っていない方の手で自分な唇を撫でる。

彼が何かを考えている時の癖。

無駄な時間を取らずにまとめて殺せばいいのよ。

その方がまだ幸せだわ。


冷めた目で事の行く末を見守ろうとすれば、彼は「よし」と言って笑う。

笑うと言うよりは嗤うが正しい笑顔。


「こうしよう。助けられる娘の命は一つだ」


いい笑顔でそんなことを言う彼。

その残った一人をどうするつもり、なんて聞く必要もなくて私としては二度目の溜息を吐き出すしか出来なくなる。


男の方は選べるわけないだろうとかそんなことを怒鳴り散らしていた。

私には子供なんていないし、恋仲の人間もいないからそんなに必死になる相手の気持ちが分からない。

大切なものを作れば作るほど、人というものは壊しやすくなる。

だから面倒だ。


「早くしなよ。じゃなきゃ三人とも殺すよ?」


彼のその言葉に男は片方を引き寄せる。

実際問題他人からすればそれは残酷な判断だろう。

どちらを選んだって同じだ。

本来選ぶべき答えは一つ、皆一緒に死ぬ以外存在しないのに。


乾いた銃声が二つ。

煙い火薬の匂いに噎せ返りそうになっていた頃が懐かしくて、まだまだ若かったなぁと現実逃避。

転がった二つの死体を軽く蹴り上げる彼を、私と残った娘が見つめる。


「おめでとう。お父さんは君を選ばなかった」


笑顔で最低な言葉を吐き少女に手を伸ばす。

涙腺が決壊したみたいに涙を流して、父と姉妹の死体を見つめる少女。

父親が選んだのは妹の方だった。


父親の手は妹の頭にあって、父親が選んだ方は死んで、父親が選ばなかった方が生きている。

本当に悪趣味だ。

性格が悪い。


「父様は私と死にたかったのよ。だって、私な方が母様に似ているって言っていたもの」


「……まぁ、何とでも言えばいいだろう。あれだ、何だったかな」


「死人に口なし」


「そう。それだ」


少女の場合は現実逃避というか壊れかけだ。

彼のアホみたいな出ない言葉な対して答える私も私だろうけれど。

銃をしまい込んだ彼は、代わりにと言うように煙草を取り出して一本咥える。


あの煙草煙くて好きじゃないんだよなぁ、なんて思考が働きながらもスーツのポケットから取り出した、お気に入りのジッポを彼に手渡す。

「まだこれ使ってんの?」と言う彼に対して「何か問題でも?」と私。

女にしてはゴツいそれを愛用する私を、彼は変な目で見ることが多い。


使い終われば私の手元に戻るそれ。

ゴツゴツした銀色の角張ったボディに、ボコボコと彫り上げられた龍と虎が細かくて綺麗。

別に女が使っていたっていいじゃない。

デザインが気に入っているんだから。

それにこれは彼がくれたものだから。


自然と尖る唇に意識を取られていると、彼が少女の目の前で煙草片手にしゃがみ込む。

そうして一言「気にすんなよ」と吐く。

殺しておいて、なんて言われたってきっと彼は気にしない。

私を含め彼も何度もその手を汚してきた。

今更気にしてられない。


「どこの家も大半は末を可愛がるもんだろう?」


なぁ?と私に同意を求めるのは止めて欲しい。

私には家族なんていないし、兄も姉も弟も妹もいないのだから。

理解出来るわけがないじゃない。

眉を寄せて無言で見つめれば、彼は肩を竦める。


私達はこんなの慣れっこだけど、普通に考えて常識的に少女は違う。

少女はどうしたって少女だし。

私達はどうしたって私達なのだから。

今この場で考えがピッタリと一致するわけも、理解し合えるわけもないのだ。


綺麗に結えられた髪を乱すように、ぐしゃぐしゃと少女の頭を撫でる彼。

何かが切れたような音がした時、少女は瞳孔をかっ開いて叫ぶ。


「離して、離してよ!人殺し!最低!死んじゃえ!!」


子供っていうのは語彙力が低くて愛おしい。

傷付くことはそんなにないけれど、その分私達は人を殺して生きているんだと思い知らされる。


「そんなつれないこと言わずに、仲良くしよう。俺と一緒にいれば二十四時間いつでも好きな時に殺せるんだから」


乱した少女の髪を掴み上げる彼。

引き寄せて嗤う。

吹かした煙草の煙を少女の顔に吹きかけて、彼は新しいおもちゃを手に入れたと喜ぶのだ。


彼は私の知っている人間の中で、一番えげつないことを私は知っている。

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