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転校生 ― 十代の衝動 ―  作者: 村松康弘
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無灯火の貸しビル脇の狭い路地で、カズオはSR後部に縛りつけたバッグから、真っ黒な目出し帽を取り出してかぶる。

俺も黒いパーカーのポケットから、目出し帽を出してかぶる。・・・お互いの不審さが滑稽に思えて、どちらともなく笑い声がもれた。

「ヤバいな、カズオ」「お互いさまだ、コウジ」そう言ってしばらく笑っていた。

カズオはまたバッグから何か取り出した。「ほれ」と俺に渡した。

太鼓のバチみたいな棒が1本。「太鼓のバチみてえだな」と言うと、「樫の木のバチだ、樫の木は硬えし重てえ。・・・これが折れるぐれえ、ぶっ叩いたら相手は死ぬぜ」振ってみると、確かに見た目以上の重量がある。

「ヤツらがドスでも出してきたら、こいつで遠慮なくぶっ叩いてやりゃあいい」カズオはブンッブンッと素振りをしてみせる。・・・すごいスピードだ。

背は俺と同じ170cm前後でやせている。この細い身体のどこに、そんなパワーがあるのかと思った。

俺がロングピースに火を点けると、カズオもショートピースに火を点けて、ブラックジーンズのポケットから携帯灰皿を出した。バチは尻ポケットに差す。

「こういう時は、現場に証拠を残さないのが『襲撃屋』のルールだ」

「襲撃屋?」カズオが差し出した灰皿に灰を落す。「そう、襲撃屋。・・・今んとこ無報酬だがな」と言って笑った。


しばらくルージュを見張っていると、その内ネオンがフッと消えた。・・・看板の時間らしい。カズオは腕時計を見て、「0時20分だ」と言った。

ルージュのドアが開き、男が2人出てきた。ひとり目は俺たちと同じぐらいの背丈で痩せ型、パンチパーマに白いスーツ姿。・・・ふたり目はそいつよりいくらか背が高く、太った男だ。やっぱりパンチパーマに派手な模様のセーターを着ている。

2人ともズボンのポケットに手をつっこみ、誰もいない路上でも肩を怒らせて歩いている。しきりにツバを吐く。・・・ともに20代前半に見えた。

「・・・おいでなすったぜ、行こうか兄弟」カズオと俺は足音を立てずに、2人に近づいていく。・・・白いスーツが武井だろう、ポケットからキーを出してクレスタのドアを開けようとしている。笠原は助手席側に立っている。

「紳士のおふたりさん、こんばんわー」カズオがとぼけた調子で声を掛けると、2人は振り向き凄んだ目つきになる。

「誰だ、てめえらは!」武井はドスの利いた声で怒鳴った。

「誰?・・・えーと」カズオが俺を振り向いたので、俺は思いつきで、「信州の青少年を守る会だよ」と、ふざけたことを言う。

カズオは、「そうそう、信州の青少年を守る会の1号と2号ですよ」と言って笑っている。

「・・・てめえら、ふざけてんじゃねえぞ!いったい何の用だ!」今度は笠原が怒鳴った。

「何の用?・・・おふたりさんのあったかい懐のものをいただきに上がりました」カズオはそう言うと、欧米の舞踏会の会釈のようなポーズをとった。

「貴様ら、なめてんじゃねえぞ!」武井は大きく振りかぶった右腕を飛ばしてくる。カズオは首を傾げるだけでかわし、空振りの武井の腹に強烈な膝をぶちこむ。

身体を折った武井のパンチパーマを左手で掴みあげ、革手袋の右拳をヤツの顔のど真ん中に叩きこむ。グシャリと鼻梁が潰れ、鼻血が派手に噴き出す。

「この野郎!」笠原が尻ポケットからドスを抜き出しクレスタの後ろを回りこんできたので、俺はバチを握って笠原と向き合う。・・・俺にとってはじめての大人との乱闘だが、不思議と恐怖など感じない。むしろワクワクする気持ちに支配されていた。

笠原は構えた姿勢から半歩踏み出しながら、ドスを水平に薙いできた。すばやく半歩後退した胸の前を、ひゅっと通過する。・・・お互いに構えなおす。今度は俺が笠原の右腕を狙って、バチを振り下ろす。笠原は身体をねじってかわした。

また構える、お互いに目を逸らさない。・・・ほんの2、3秒の間がすごく長い時間に感じる。・・・張り詰めた空気の膜が破れる、笠原が一歩踏み出しながらドスを突き出す。

俺は身体をねじってかわしざま、ヤツの右手首にバチを叩き落す・・・骨が砕ける手応えがバチに伝わり、ドスは手を離れ地面に落ちた。アスファルトに白木の柄がぶつかる音がした。

俺は振りかぶり、ヤツの頭上から振り下ろすと、ガードした左腕に激しく衝突した。笠原は悲鳴をあげて倒れ、のたうち回る。俺は腹でも背中でも構わずに蹴りこむ。2発、3発。・・・肩を掴まれた。「死んじまうぞ」カズオが止めた。

見ると笠原は気を失っていた。ふうっとため息を吐くとカズオは俺の肩を叩き、「お前も相当ヤバいヤツだな」と笑った。


・・・武井は血まみれの顔で気絶している。カズオはヤツのジャケットの内ポケットに手を入れ、茶封筒を抜き出す。・・・白いジャケットは血に染まって台なしだ。

中身を抜き出し数える。「18万入ってるぜ」カズオはジャンパーのポケットに封筒をしまい、武井の頬に往復ビンタをくらわせる。・・・気絶から醒めた武井は、恐怖にひきつった目をして悲鳴をあげる。

もう1発くらわせて静かにさせる。ガクガクと怯えている武井に封筒を見せ、「たしかに受け取りました。今後、我々が責任を持って返金しますので、出処を教えてくださいませ」カズオはまた、とぼけた調子で言った。

武井はすべてを素直に白状した。「了解しました。・・・それでは我々の手数料を、武井様の財布からいただきます」と言い、武井のワニ革の財布から2万を抜いて、1万を俺に渡した。

「それでは、ごきげんよう」・・・カズオは最後までふざけていた。


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