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「時に川島君、その後田中の行方はわかったかね?・・・田中から連絡があったとか?」新津の眼は俺を射抜いてきた。ガラスの灰皿にわかばの灰を落とす時さえ、目を逸らそうとはしない。鷹のような眼だ。
「いや、それが全然・・・」俺も目を逸らさずに答えたが、背筋に冷や汗がつたってくるのが判る。
新津は俺の目を見据えたまま、しばらく沈黙する。・・・息苦しさが心拍と呼吸を早めた。やがて、「ほう、そうかね。・・・俺には君の顔に、『私は嘘をついてます』って書いてあるのが読めるがね」
わかばを根元まで吸うと、灰皿で丁寧すぎるほどに消した。俺は言葉が出ずに黙り込む。
新津は玉井の方を向く。「時に玉井さん、あんたも田中和夫という男を知ってると思うが」聞かれた玉井は俺と違って、少しもうろたえもせずに、「田中和夫?さあ、聞いたことも会ったこともありませんね、その人がどうかしましたか?」と答える。
新津は途端に唇をゆがめたがすぐには話し出さずに、またわかばに火を点けた。一服目を長々と吐き出すと、「そうですか、聞いたことも会ったこともない。・・・玉井さん、ちょっとお願いだが、あそこの灯油のとこに停めてあるシートの掛かったバイク、ちょっと調べてみてもいいかね?」
(・・・!)俺と玉井は同時にギクリとした。さすがの玉井も言葉がでなかった。だが、しばらくすると新津の眼から猛禽類のような光が消えた。
「・・・まあいい、川島の様子を見ると、田中はもうこの街にはいない。多分県外に出ただろう。・・・そうなっちまえば我々の関知したところではない。残念だがね・・・」俺と玉井は沈黙したままだ。
店の扉が開き、新津の素性を知らない園部が、「お客さん、お待ちどおさまー。ボックスティッシュは助手席に置いときましたよー」と、新津を呼びに来た。
新津は俺と玉井を交互に見つめ、また唇をゆがめて立ち上がり、「それじゃあ」と言って出口に向かう。・・・俺たちは胸をなでおろした。
園部は新津に伝票を渡しながら、「車、シブいっすねー、なかなか見ないですよ。いいなー・・・」と車をほめた。広い窓の外に、漆黒の三菱デボネアが停まっている。
確かに珍しい車だ。フロントとリアの4箇所の縁が指でつまみあげたように持ち上がっている、独特のフォルムを持った高級車だ。アメリカの1950年代を彷彿させるデザイン。
確か外国人の設計だったはずだ。(・・・風変わりに男に、お似合いの車だな)俺は思った。
新津が出て行ったあと、「親父さん、新津さんとはつながりあるんですか?」と聞いてみると、「・・・つながりか。まあ昔の話だ、お前には関係ねえこった」と言って答えなかった。
俺の夏休みは毎日、新聞とニュースをチェックすることからはじまる。それが日課になっていた。もしもカズオが襲撃やトラブルを起こしたら、何らか報道されるかもしれないと思ったからだ。だが何日経ってもそのような報道はされなかった。
女史のことも気にかかって、学校関係の名簿で電話番号を調べてかけてみたが、何度掛けても呼び出し音が鳴るばかりでつながることはない。・・・一度バスに乗って女史のマンションへ行き、午前中から夜まで粘ってみたが、マンションのインターホンがつながることもなかった。
俺はその頃から自分が腑抜けていくのがわかった。身体の中心に大きな孔がポッカリ開いて、夏なのに冷たい風が吹き抜けている、そんな感じだ。・・・くる日もくる日もボンヤリと過ごした。
長野の夏休みは短い。冬に『寒中休み』という、他の地域にはない休みがあるからだろうか、7月の末から8月の盆すぎごろで休みは終わる。
・・・あっと言う間に盆の15日が来た。この日地元の町では、毎年恒例の花火大会がある。犀川の湖畔で結構な規模の花火が上がる。人口1万人足らずの町に、この日この夜だけは見物客が2万人も3万人も来る。だから15日は昼間から国道19号は、大渋滞になって交通は麻痺する。
毎年友達とわいわい言いながら、花火よりも交流を楽しんでいたが、今年はひとりで橋の袂から花火を見上げた。(・・・この花火大会が終われば、休みも終わり)毎年そう思って虚しい気持ちになったが、今年は例年以上に虚しかった。
俺は打ち上がるスターマインを見上げながら、カズオが転校してきた4月からの濃厚すぎた日々を思い返していた。
毎日が退屈すぎてつまらなすぎて、窓の外の川面ばかり眺めていた日々に、ヤツは刺激と事件を持ち込んできた。俺の生活はまるっきり変わった。衝動・疾走・襲撃・乱闘・破壊・・・
たった4ヶ月で俺は確かに変わった。・・・闘い続けて勝ち続けなきゃ、俺が俺でなくなる・・・そんな闘争の日々が好きになっていた。すべてはカズオがいたからだ。
・・・俺の生命力が急速に萎んでいく。そんなことをヒシヒシと感じた。
花火はクライマックスの一番が終わり、橋に設置されたナイアガラの花火が垂れ流れて、町一番のイベントは終わった。俺の夏も。




