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カズオは携帯灰皿にピースをつっこむと立ち上がる。裏口のドアを開け、周囲を窺ってからそっと出て行った。
やがて俺のバッグを提げて帰ってくる。ナタや石頭が入った重いバッグから、黒い巾着袋を取り出した。・・・2人が出発する時、カズオがパーカーのポケットから出して、バッグに詰めていたのを思い出した。
カズオは巾着袋の紐を解いて、ゴロゴロした球のようなものをふたつ取り出して、床の上にコトリと置く。
「・・・M26手榴弾。通称、レモン」
俺は手に取ってみる。うす暗がりで色はよく判らないが、確かにレモンのように楕円の形をしている。大きさは10cmぐらいだが、見た目の割りに重量感があった。横に本体の長さと同じぐらいの曲がったレバーがついている。
「こいつで店ごと吹っ飛ばす。時間がないから、それしかねえ」暗がりなのに、カズオの三白眼がよく見えた。
「・・・こんなもん、よく手に入れたな」俺は感心して言ったが、カズオは聞いている風もなく、キョロキョロしたあと立ち上がって、店の奥の方へ行った。
俺がレモンを持ち上げて、しげしげと眺めていると、カズオが呼んだ。カズオは裏口近くにあったガス台に接続されたオレンジ色のホースを引き抜いている。
「これでコックをひねって、プロパンガスを充満させてから爆破した方が被害はでかい」カズオの唇がゆがむ。・・・どう見ても悪魔の表情だ。
壁に掛かった時計は、午前3時を回っている。ガスの元栓の黒いコックをひねる。ガス台から外したオレンジ色のホースの口から、シューッとガスが噴き出して異臭が漂う。
俺たちは裏口から出て、エンジンを掛けないSRを押してくる。カズオは店外の壁に立てかけられた、プロパンのボンベのバルブが全開になってるか確認した。
「30分は放置した方がいいな」俺とカズオは裏口の植え込みにひそんで、ひたすら時間が経過するのを待つ。・・・タバコを吸いたくなるが、それだけは我慢した。
しょぼい明かりが見え、新聞配達のカブがやってくる。エンジンを掛けたまま周辺に配り終えると去っていく。
時間を確認して、「・・・そろそろ決行しようか」カズオはそう言うと、SRを20mほど離れたところに押していき、キックでエンジンを掛ける。
渡された『レモン』は、よく見るとオリーブドラブのつや消しの塗装がされていて、ステンシルされた英語の記号が見える。・・・丸いリングのついた安全ピンを引き抜く。
「俺は遠めに投げる、コウジは少し近くに投げろよ。・・・レバーを外したら4秒で爆発だからな、行くぞ」俺はこの時ばかりは緊張した。
カズオが静かにドアを開ける、金属の接触による火花一発でも命取りだ。・・・途端にガス臭い空気が一斉に流れ出る。
2人でうなづいて、レバーを外して店内に投げ込む。「逃げろ!」俺たちは一目散に駆け出す。
(・・・!)走っている背中に轟音と爆風が迫る。俺が想像してた以上に強大なエネルギーを発散させて、建物の破片が空中に飛ばされていくのが見えた。
SRに飛び乗るのと同時にアクセルを全開にした馬は、蹴飛ばされたように飛び出し、疾走をはじめる。
俺は高速で遠のいていくジャンクタウンを振り返る。屋根まで滅茶苦茶に吹き飛んだ建物は、黒い煙と炎を上げて、夜明け間近の空を赤く染めていた。
翌日、昼ごろ起きた俺は居間で飯を食う。親父とお袋が昼のニュースを見ていたので、俺も食いながら見ている。
地方ニュースに切り替わる。『・・・長野市で今朝未明、ビデオショップ経営者の鴨島勇さんが、店の近くの路上に倒れているのを、通行中の車に発見されました。ひき逃げだと思われます。・・・またその数時間後に鴨島さんの店が爆発による火災により、全焼しました。警察と消防では、ひき逃げ事件との関連を調べています』
キャスターが伝え、全焼になったジャンクタウンの全景を映し出す。俺はみそ汁をすすりながら眺めていた。お袋に飯のおかわりを頼む。・・・ニュースは次の話題に移っていった。
「ひでえことするヤツもいるもんだ」親父は他人事の感想を言いながら、「そういや『こどもの日』だな、たまには小遣いやるか」と財布から3000円くれた。
俺は「サンキュー」と言いながら、ジャンクタウンのレジからぶちまけられた金のことを思い出した。結構な金額だったと思う。
(・・・どうせ燃えちまうんだったら拾ってきて、被害に遭った女たちに渡してやればよかった)と思う。・・・だがすぐに、女たちの身元を調べる手立てがないことに気づく。
窓ガラス越しに見える空は、今日もおだやかに晴れていた。




