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転校生 ― 十代の衝動 ―  作者: 村松康弘
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クラウンのエキゾーストノートが消えると、辺りにまた静寂が訪れる。俺は思わず、無残な物体と化した鴨島の方へ駆け出す。

「近づくな!」カズオの一喝で、俺は足を止めて振り向く。

「・・・どこかで誰かが見てるかも知れねえ、そこに俺たちの姿を晒すのはまずい」カズオは声音を落して言う。俺は踵を返して、暗い通りに戻る。

周囲の様子を気にしながら足音を消して、来た道を戻る。幸い周りは無人となった会社の事務所や工場なので、人の気配はしなかった。

「・・・いくら車が少ないといっても、その内車は来るだろうし、誰かが歩いて来るだろう。目撃したヤツは間違いなく110番に通報するだろう」カズオが声をひそめて言った。


俺たちは一瞬にして店主を失ったビデオショップに戻る。駐車場にはシルバーのBMWだけがうずくまり、客の来店はないようだ。

建物の隅の高いところに付けられた電撃殺虫灯が、薄むらさきの光を放ちながら、5月初旬だというのに大量に集まった夜行性虫を、バチバチと殺している。

車道出入り口にあるネオン看板の配線を引き抜いて消灯したあと、辺りを気にしながら店内に侵入する。内側から鍵を掛ける。

俺とカズオは屋根上のライトアップのスイッチを探すが、なかなか見つからない。

俺が壁のスイッチを見て歩いている時、「あったあった、これだ」と、少し遠くからカズオの声がした。倉庫部屋の壁に配電ボックスがあり、中に5つのブレーカー形スイッチがあった。

一番右に『屋上看板灯』と書かれたスイッチがあった。切る。

・・・これで通りを走る車や通行人からは、営業終了としか見えないだろう。


ひっくり返ったカウンターや棚の周りに戻る。

「ビデオの原版は多分、この辺のどっかにあるんじゃねえかな」カズオはさっき蹴散らしたビデオを拾い、丹念に背のタイトルを調べていく。俺はもうひとつの棚に並んだテープを調べる。

だが膨大とも言える数のテープから、目的のものを探すには時間が掛かった。

・・・やがて店の外に、パトカーや救急車のサイレンが響いてきた。

(鴨島の死体には、ヤツの身元がすぐに判るようなものはなかったと思うが・・・)俺はヤツの服装や身なりを思い浮かべる。

「うーん、鴨島がポケットに財布を入れていて、中に免許でも入ってたら、すぐに身元が割れちまうな」カズオも同じことを考えていたようだ。

「そうすりゃ警察はすぐに、ここにやってくるな」俺が言うと、「ほとぼりが冷めるまで、明かりは消しておくか」


俺たちは真っ暗になった店内の床に、並んで腰を下ろす。暗闇の中、壁に背中を凭れかけてじっとしていると、周りの音が良く聞こえてくる。どこからともなく集まってきた野次馬らしい声もかすかに聞こえる。

カズオがカチャリとzippoを鳴らした、ジャリッと火が灯る。点けっぱなしのzippoの火を明かりに、ショートピースの箱を振って1本を俺に渡す。両切りのピースをくわえると火をくれた。

普段吸ってるロングピースもきついが、フィルターのないこいつはさらにきつい。口の中に葉が入り、ペッと吐く。2人の間の床に、平たく丸い携帯灰皿を置いてフタを開ける。

「襲撃屋か・・・」俺は煙を吹き上げながら呟く。「そう、襲撃屋」カズオがしゃがれ声で笑う。・・・まったくあの時と同じやり取りだ。

「東京のこと、なにも話さねえな、お前」俺はタバコの穂先の赤を見つめる。

「まあ、追々話すさ」それも前に聞いたセリフだ。

「話したくねえことなんだな」カズオの赤を見つめていると、煙を吸い込んだ拍子に赤が明るくなった。

「まあな、ろくでもねえことだ。いづれ話すよ・・・」俺はそれ以上聞くのをやめる。


1時間経った頃、店のドアを叩く音がした。ノックは執拗だ。俺たちは息をひそめる。真夜中に遠慮なしで叩く様子は、多分警察だろう。

鴨島の身元が割れたのか、単なる近辺の聞き込みかはわからないが。・・・しばらくすると、人の気配は消える。

「この分だと、明るくなったら、もう何もできなくなるな」カズオが言った。

「鴨島が死んで、この店の物はどこの誰のものになるのか知らねえが、俺はヤツらが犯した強姦の記録だけは、なんとしても消滅させてえよ。泣き寝入りした女たちのために」

カズオはしばらく無言でピースの煙を吐いている。

「こうなりゃ奥の手しかねえか、闇にまぎれて」


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