僕と懐かしい白の色
引き込もっても仕方がないから。
事故から3ヶ月が経過して、僕はやっと調子を取り戻した。今ならちゃんとお母さんに向き合って、お花を添えてあげられる。
通学路に、あの事故のあった場所は避けようと思っていたけれど、僕は、あえて通り続けるようにしていた。
今でも、その道路には花がそえられていることがあるからだ。
どこかの誰かが、もしかしたらお母さんの友達かもしれないし、見ず知らずの人かもしれない。どちらにしても、これだけの人がお母さんを悲しんでくれていることが嬉しくて、そっと一輪頂いて行くのだ。
一輪は仏壇に。
残りは、その場所を忘れられないように。
前を向いていると、割と簡単に危険予測が出来る事に気がついた。周りが見えてくると目の前をちょろちょろ動き回る子達が危なっかしくて見てられなく、僕は下校する際、低学年の子達の一番後ろを歩く生活を続けていた。その子達が公園に立ち寄ったものだから、今は公園のベンチに腰掛けて、遊具で遊んでいるのを見ている。
すると、誰かが僕の隣に腰掛けてきた。人一人分くらいのスペースを空けて。
「偉いですね、いつもそうしてるんですか?」
ぎょっとした。
思わず、更に拳一つ分間を空けてしまうくらいに。
真っ白な髪に、死に装束のような、これまた真っ白な着物を着た女の子。足は裸足で、でも肌は透き通るように白く繊細なせいで、とても怪我をしていないとは思えない。割と裸足で走り回ったことのある僕だって、足の裏が固くなるまではとても痛くて走れなかったのだ。
僕は慌てて、鞄の中から消毒液と絆創膏を取り出した。
「すごい、いつもこんなもの持ってるの?」
その子はまた聞いてくる。
「全ての事故を回避出来る訳じゃないからね」
僕が「あとティッシュどこやったかな」と鞄の中をまさぐっていると、その子は、とても嬉しそうに笑うのだった。新雪の中に立っても浮き立って見えるだろうその輝きは、なんだか、どこかで見たような気がした。
「……足、全然怪我してないね。もしかして君、いつも素足なの…?」
「奏君が心配しているような、複雑な家庭の事情は無いから心配しないで」
女の子はふわりと笑う。
なんで僕の名前を知っているのか疑問に思ったのだけれど、あまりに花のように笑うから、僕は声が出なかった。
そのまま日が暮れて、小さい子達が帰り出そうとするまで、僕達は別に何の会話をするわけでもなく、遊んでいる様子を見つめていた。時には怪我も恐れぬ動きをするから、ハラハラして思わず隣を振り向くと、その子はとても幸せそうな顔をしていた。
「何でそんなに楽しそうなの…? 」
「君が河原で跳ね回っていたことを、思い出しました」
恐らく僕と同い年であろうその子は、まるで親のような事を言う。
「ああ、もう逢魔が刻が終わりますね」、と意味不明な事を呟くと、音も立てずに立ち上がった。
「あっ、ちょっと待って」
僕は呼びかける。
だけどその子は止まる素振りすら見せなかった。
仕方がないので追いかけると、「君はちゃんとあの子達を見て上げて下さい」と言われた。僕は周りを見渡す。近くに買い物帰りの小さい子達のおばさんが居たので早急に公園に居る旨を伝えると、白い女の子は突然ぎょっとした顔をして、全力で走りだした。
こう言えば振り切れる―― それが崩れたと言わんばかりの動揺の仕方だった。この子はなんで急に態度を変えたのだろう。先程からの疑問、なんで僕の事を知っているのかに拍車がかかり、気づけば僕も全力で走っていた。
女の子は裸足とは思えない速さで走る。
だけど流石に着物が邪魔だったんだろう、足をもつれさせて転倒してしまった。
「あっ、危ない…!」
立ち上がれずにいるその子との距離が縮まっていく。はやく手当をしないと…… 走りながら鞄を手さぐりで漁っていた時、
「こないで…っ!」
女の子が手を前に突き出した瞬間、その前方に、白く発光する『とまれ』の文字が現れた。