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とまれ  作者: つまようじ
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僕のとまれ

 僕の傍には、いつも『とまれ』が居た。

 道路を歩いていると、十字路でも、坂道でも、線路前でもないのに、それは突然現れる。



 『とまれ』



 コンクリートに目立つように描かれた、真っ白けな『とまれ』の文字。昨日は無かったその文字に、僕は不思議に思って地面を見てると、友達は「何やってんだよ、早く行こうぜ!」と囃し立てた。


 僕は別に、標識を毎度律儀に守るほど良い子供ではない。友達が赤信号を通るなら、空気を読んで一緒に渡る。だから僕がその場に留まったのは、「とまれ」と言われて止まったのではなく、単に、別段何の危険も感じられそうもない一本道に突然描かれた「とまれ」を、話題にしたいだけだった。


 僕は「ちょっと待てよ」と、『とまれ』を指差す。


 「昨日、こんなのあったっけ?」


 「何言ってんのお前」

 「えっ」


 そっけない反応と共に、友人は走って行った。

 直後、ソイツの頭に、鳥のフンが落ちてきた。



 *




 僕には見えないものが見える。

 僕にしか見えない『とまれ』が現れると、その先に必ず、何か厄災が起こる。


 「とまって」

 「何で?」


 「いいから」


 僕は急ぐ友人の腕を掴んだ。

 硬式野球の玉が眼前を掠った。僕は青くなる友人の顔にさして何の感情も感じずに、完全に『とまれ』の文字を消えたのを確認して、「行こう」と小さく手を引いた。



 僕は常に、下を向いて歩くようになる。

 いつ、どこに「とまれ」が現れるか分からないからだ。昔は2週間に1度程度だった『とまれ』も、最近では、3日に1日の頻度で現れる。


 小学校も中学年になると、次第に僕を、みんな気持ち悪がるようになっていた。

 僕が「とまれ」と言ったら災いが起こるはヤラセ説まで上がったくらいだから、学校の居心地はさほど良くはない。でも、何かした訳でもないので、別段いじめられてもいなかった。ただ、誰も近づいてこないだけ。多分、ずっと下を向いているのが気持ち悪かったんだと思う。


 それでも構わない。

 僕には『とまれ』が居る。他の誰より、とまれが居ると安心するし、他の誰より頼りになる。



 そんな、ある日のことだった。

 母と買い物に出かけた帰り道、今日も唐突に『とまれ』が現れた。

 僕は昔友人にしていたように、腕を掴んで歩みを止めた。


 「……止まっておかあさん」

 「何? おかあさん、夕飯の支度とか色々やらなきゃならない事が沢山あるんだけど」


 明らかに戯言に付き合うのが面倒な気が見える。

 僕は慌てた。同級生と違って、腕を掴んだだけでは、大人を引き留めることは出来なかったのだ。


 「スーパーに忘れ物をしたんだ」

 「何忘れたの?」


 「け、消しゴム……」


 「何でそんなの忘れてきたの。もう暗くなるし、家に沢山あるから」

 「…っ、理科の授業でっ、四葉のクローバーを探す宿題があるんだ! ここいっぱい生えてるからお母さん手伝ってよ!」


 「はいはい、宿題は一人でやってね」


 手を離してしまった。

 あまりにも構ってくれないので、ちょっとくらい痛い目みればいいと思ったのだ。そしたら、僕のいう事を聞いてくれる、これからは素直に立ち止まってくれると。


 まだ発光しているかのように白々と輝く、「とまれ」の上を踏み越えていく。

 そして、『とまれ』の文字は消えた。


 おかあさんが、歩道に突っ込んできた車に撥ね飛ばされる。

 大きく吸い込んだ空気は、ガソリンの味がして、陽炎が本物の揺らめきへと変わった。








 その日が境になる。

 僕は、『とまれ』が見えなくなった。

 

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