十六夜の月
『皆さん、今日はお仕舞いにしましょうか。』
「えぇ~もう?」
『はい。もうすぐ外は暗くなります。早めにお家に帰りましょう。また明日来てくださいな。』
「はい!!!蘭お姉ちゃん。またね!!!」
『はい、また明日。気を付けてお帰りなさって下さい。』
「はぁい!!!」
子供たちが帰っていく姿を見送った後、お稽古に使った道具を片付けていく。
最後に掃除をしていると襖が開いた。
「よう。」
『あら?刻夜。どうしたの?』
「仕事が早く終わったから久しぶりに寄ったんだよ。」
『そう‥でもたった今、子供たちをお家に返したとこよ?』
「みてーだな。さっきガキたちに会った。まっ、明日もくるからよ。」
『明日?軒猿の仕事は?』
「明日はお転婆姫さんの警護。あいつのことだから明日あたりお前に会いに行くって言うんじゃねーか?」
『ふふ‥明日栞ちゃんが来るなら別なお稽古にしましょうかしら。』
「別に気ぃ使う事ねぇて。」
『いえ、最近子供たちがお稽古に手付かずだからちょうどいいわ。』
「そうか。」
ようやく片付けがおわり襖を締め切る。
外はすっかり日が落ち、澄んだ空が月や星の光を輝かせる。所々月の光で影が出来ていた。二人は、お稽古場を後にしてそれぞれの家に帰る。春日山城の麓にある集落を目指して。
『キレイなお月様だね。』
「あぁ‥もう、夏は終わりだな。」
『‥ちょっと寂しいわね‥』
「‥‥‥。そうだ!!なぁ星蘭ちょっと道草しねーか?‥見せたい所がある。」
『見せたい所?』
星蘭はわくわくしながら刻夜の後についていった。春日山城の麓の道を通り、山の中へ入った。
「この先、道が崩れているから気を付けろよ?」
『分かったわ。』
彼の言う通り。道が凸凹していて歩きにくく、元忍びの星蘭でも付いていくのに精一杯だった。時折、刻夜が手を貸してくれたお陰で無事に目的地に着いた。
『わぁ‥』
あたり一面の蘭の花が月の光で輝いていた。
まるで星が降りてきたかのような、幻想的な風景が広がっていた。
「昔、蒼と見つけた場所なんだ。その日も今日見たく、きれいな景色だった。」
『え‥』
ドクン‥
ーーーーー 蒼斗 ーーーーー
『ど、どうして‥ここに‥?』
「約束なんだ、あいつと俺の。戦が終わってすぐに見せたかったが、十六夜の月の日が一番きれいに輝くらしいんだ。」
刻夜が寂しいそうな横顔で蘭の花を見つめる。刻夜にとって無二の親友、蒼斗。
星蘭にとっても恋人であった蒼斗。
二人とって大切な彼はもうここにはいない。
改めて実感した星蘭は、溢れそうな涙を堪えて蘭の花を見つめた。
「‥最期の贈り物がこんなんで悪かった。」
ーーーー 星蘭 ーーーー
『え‥?』
ーーーーー ごめんね、星蘭 ーーーーー
『蒼斗‥?』
「ん?どうかしたのか?」
『今、蒼斗の声が聞こえたような‥。』
星蘭は、月を見上げた。
青白い月は静かに二人と蘭の花を照らしている。
『月あらぬ 春の昔春ならぬ わが身ひとつは もとの身にして‥』
「なんだ?それ‥」
『平安の時の歌でね、自分だけがあの時と同じ自分なのに‥一年後に見る月も春の光景も‥どこかあの時と違うように感じられるのは、愛する人を失ってしまったから‥。そういう歌なの。
この月も蒼斗がいないだけで、寂しく輝いているように見えるもの。』
星蘭は、堪えきれず涙を流した。
『私だけ‥戦に行かなかった。だから、今も心のどこかで蒼斗が帰ってくるんじゃないかって‥。』
「星蘭‥」
刻夜は星蘭を優しく抱き締める。
『ずっと待っていたのに‥。私だけが取り残されたみたいで‥。どうして‥帰ってきてくれなかったの‥?』
ーーーーー ごめんね、星蘭 ーーーーー
再び彼の声が聞こえた気がした星蘭は蘭の花を抱き締める。
『刻夜もう大丈夫。ありがとう。』
そう言って刻夜に微笑む。
刻夜も星蘭に笑みを返した。
「俺たちは蒼の分まで長く生きなきゃな。」
『うん。あっ、笛ふいていい?』
「あぁ。」
私は懐から笛を出して吹き始めた。
最初は切なく聞こえた音色もだんだん暖かみを増した。
ーーーー ‥蒼斗‥
笛の音、聞こえてる?
貴方を好きになれて良かった。
ありがとう蒼斗‥ ーーーーー
星蘭は気がすむまで、笛を吹き続けた。
刻夜もなにも言わず音色を聞いていた。
温かい風が一瞬二人を包み、まるで蒼斗が微笑んでいるようだった。
‥‥‥END‥‥‥
皆さま読んでいただいてありがとうございます。
歴史が大好きな私ですが、小説にするのは今回が初めてです。
これからもどんどん書いていきますのでよろしくお願いします。
星村里桜菜でした~♪