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情けない僕はでも

作者: 松崎誠

エンターテイメントではないので、あんまり面白くないと思います。つまらない小説が好きなひとがいたら読んでください。

 鍵はふてくされたようになかなかあかなかった。僕が持っている鍵がすっかり錆び付いてしまっているせいだ。さびついてしまっているのは普段誰もこの鍵を使用することがないからだ。


 実家では普段誰も自転車に乗ることがない。移動するのにとにかく乗り物が必要だった僕がたった今ひっぱりだしてきた。奥に差し込んで軽く揺するようにすると、鍵はしぶしぶといった感じでやっと開いた。やれやれ。スタンドをおろし、自転車にまたがる。

 

 さて。どこに行こう。


 行き先は全く思いつかなかったけれど、とりあえずという感じで僕は自転車のペダルを漕きはじめた。

 

 僕は今九州の実家に帰ってきている。僕の実家は周囲を山と海に囲まれた本当に小さな町にある。

 

 僕が今実家に帰ってきているのは祖父の葬式があったからだ。祖父は一年半くらい前から寝たきりの状態になっていたのだけれど、つい三日前に亡くなった。

 

 正直なところ、僕は祖父が死んでもあまり悲しいとは思わなかった。べつに祖父のことが嫌いだったとかそういうわけでない。単純に僕の方に祖父との思い出が不足しているのだ。だから、祖父が死んだという話を聞かされても、知らない有名人が死んだということを知ったときと同じような感覚があった。


 誰かが死んだということは理解できるのだけれど、そのことと感情が上手く結びついていかない。


 葬式自体は昨日のうちに終わってしまっていた。葬式が終わってしまった以上、地元に留まっている理由はないのだけれど、かといって急いで帰る必要もないので僕はもう少し実家でゆっくりするつもりでいた。


 僕は東京でアルバイトをしながら小説を書いている。一応、プロの小説家を目指している。でも、今のところ僕がプロの小説家になれる見込みはまるでなかった。これまで応募した小説はことごとく落選しているし、今後それが大きく改善されることもなさそうだった。であれば小説家を目指すことなんて諦めるべきなのだろうけれど、でも、僕のなかで小説家になりたいという思いはどうしようもなくあり、そう簡単に割り切ってしまうこともできずにいた。


 吹き付ける風は冷たかった。自転車に乗っているせいかよけいに風が冷たく感じられる。僕の実家のある町は九州の南の方にあるとはいってもさすがに一月下旬のこの時期になるとそれなりに寒くなる。


 自転車で二十分ほど移動したあと、僕は家電量販店に入った。べつに何か買いたいものがあったわけではなく、地元の電気屋さんにはどんなものが置いてあるのだろうと興味がわいたのだ。


 訪れた電気屋さんは入った瞬間に顔をしかめたくなるくらいみすぼらしい印象を受けた。品揃えが少ないし、そもそも置いてある商品に華やかさがない。実用的なものだけが置かれている気がする。店にずっといると、まるで日焼けして色あせた写真を見ているような物寂しい気持ちになってくる。


 僕はすぐに店を出ると、今度は海に向かって自転車を走らせた。なんとなく急に海が見てみたい気持ちになったのだ。


 僕の実家がある町は海がすぐ近くにある。実家からそれこそ十五分も移動すれば浜辺にいくことができる。ただし、そこには潮の流れが早いので泳ぐことはできない。だから、僕の実家からすぐの浜辺はあくまで観賞用ということになる。ちょっとした散歩をしたり、波打ち際で戯れたりと言ったような。それにそもそも今の時期は寒くてとても海水浴なんてできない。


 訪れた季節はずれの海辺に人影はなかった。数人のサーファーが沖の方で波待ちをしているくらいのものだ。

 

 僕は道端の隅に乗ってきた自転車を止めると、防波堤を乗り越えて砂浜のうえに降り立った。そして波打ち際まで歩いていく。砂浜の上にはたくさんの流木が流れ着いていた。砂浜に流れ着いた流木は時間の経過のせいなのか白っぽく色あせて、それは流木というよりは何かの生物の白骨のようにも思えた。


 僕は波打ち際にたどり着くと、そこに立ち止まってぼんやりと打ち寄せては返す波を見つめた。海は半透明の青みかがった緑色をしていた。波はそれほど高くないのだけれど、波打ち際で砕けると、結構迫力のある音がした。まるで何かに対して腹を立てているような、悼んでいるような音。音自体が重さを持っているように身体の中心に響く。


 僕はそれからしばらくのあいだそうして海を眺めていたあと、今度はふと思いついて岩場の方まで移動してみることにした。浜辺の端の方は岩場になっていて、そこから更に少しいったところに印象に残っている場所があったのを僕は思い出しのだ。


 僕は岩場にたどり着くと、そのごつごつとした岩場をよじ上ったり、岩と岩の隙間を飛び渡ったりしながら、海をすぐ真下に臨むことができるポインを目指した。そのポインからはまるで映画がはじまる最初のシーンみたいに岩に波がぶつかって派手に波しぶきがあがるのを見ることができる。

 

 僕は一苦労してその場所にたどり着いた。昔来たときとは波の浸食等で少し地形の雰囲気が変わっているような気もしたけれど、その波が激しく岩にぶつかる迫力のある感じは前と変わっていなかった。    


 この場所には昔友達と一緒によく来た。中学校のときのことだ。学校からの帰り道や休みの日などにぶらりとやってきて特に意味もなく時間を過ごした。今と同じように岩に波がぶつかって波しぶきが派手にあがるのを眺めたり、岩場にごろりと寝転がって何か話したり、黙ってそれぞれの思考に身をゆだねたりした。


 思えばあれからずいぶんとたくさんの時間が流れたんだなと思った。数えてみると、もう十五年くらいが経っていることになる。あの頃は大人になった自分なんて想像することもできなかった。というより、自分は永遠に若いままで歳なんて取らないとさえ思っていたところがあった。


 でも、それはやはり誤りで、僕はちゃんと歳を取り、今年で三十歳になった。やれやれと思った。できることなら三十歳になんてなりたくなかった。いや、なるのは仕方ないとしても、せめて三十歳という年齢に相応しい何かを身につけていたかったと思った。


 僕は今三十歳で、フリーターで、小説家のしょの字すらない。もちろん結婚はしていないし、それどころか恋人すらいない。情けなくなってくる。まあ、結局、全ては自分が悪いのだけれど。でも、逆に言えば誰のせいにもすることができないのが余計につらいとも言える。

 

 僕は浜辺で見たときよりも、濃度が深くなって青暗く見える海面をじっと覗き込んだ。波が岩にぶつかって砕ける音が聞こえた。


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