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線路少女は笑わない 8

 東神市の河川敷、僕たちは向こう岸の街のネオンに映える金夜叉橋を眺めながら、恐らく彼女と過ごすのは最後になるであろう夕食を楽しんでいた。二人で焼くバーベキューの煙と都市部特有のネオンによって夜空の星はすっかり隠れてしまっていた。今日の昼まで荷台で騒がしかった少女も、端を眺めながらバーベキューを食べるだけで不思議と静かだった。そして僕たちは一時間ほど言葉を交わさなかった。そうしているうちに夜は更けていった。ずっとこのまま離さずにいるのもよくないので、僕たちは堤防に寝そべって「これからのこと」について話し合うことにした。夜も遅くなり街中のネオンも姿を消していった。

「言葉ですか」僕が彼女に「おばあちゃんに会ったら何と言いたいか」と尋ねると彼女は言葉を詰まらせた。

「そういうのはあまり考えたことがありませんでした。まさかおばあちゃんにまた会えるなんて思ってなかったので」

そういって彼女は突然立ち上がったかと思うと、その場にあった石を暗くなった川面に投げつけた。石は川面で二回ほど跳ねて、そのまま広い川に沈んでいった。

「まず私はおばあちゃんに謝らなくてはいけません」

彼女は目の前に流れる暗い川を見ながら言った。僕が「何でさ。」と尋ねると彼女はその場に座り込んだ。

「私が生きていたころ、おばあちゃんは私にいろんなことを話してくれました。そしていつもこう言いました。『親より早く死ぬんじゃないぞォ、親の死に目に逢えん子は不孝じゃけえのぅ。』と。でも私は守れませんでした。親より先に死んじゃいました。だから私は謝らなきゃいけません。私は不孝者です」

僕は彼女のそばに寄り添って、肩を軽く叩いた。

「雪菜は不孝者なんかじゃない。僕たちはおばあちゃんに会うためにここに来たんだ。精一杯おばあちゃんに孝行しよう!」

僕がそういうと彼女は頷いて立ち上がった。その眼は明日の空を眺めているように見えた。


 次の朝、僕はかなり早く目が覚めた。今日は夏至であるためかいつもより空が明るいような気がする。雪菜はまだテントの中で寝息を立てながら眠っている。改めて彼女の顔を見ると、その顔はまだ幼くて僕には複雑に思われた。運命とは残酷だ、このか弱くかわいい少女は鉄道事故で死んだのだ。その残酷な運命を受け容れたかのように彼女の笑顔は静かだった

僕は何を考えるでもなく川を眺め続けた。目の前にそびえる金夜叉橋は朝日に映えて輝いていた。

午後八時ごろになって雪菜は眠い目をこすりながら寝床から出てきた。その後は二人で朝食をとる。そんな当たり前の日常。

「何か家族みたいですね」

昨日「横之宿」で朝食をとっていたときに彼女はこう言った。彼女は十年間この日常から遠ざかっていたのだ。彼女は成仏したら再びこの日常を取り戻すことができるのだろうか。

「隼人君、早く行きましょう」

ふと振り向くと彼女はすでに河原に止めていた自転車の荷台に座っていた。

「そうだね、おばあちゃんに会いに行こう!」

旅はついに終わりを迎えようとしていた。


 この日に限って僕の自転車をこぐ足は軽かった。刻々と彼女と過ごす時間が減っていく。だから僕はこの時間を大切にしたいと思った。彼女ともっと過ごしたいという気持ちはもちろんあった。でも僕は自転車をこぐスピードを緩めることはできない。彼女も僕との別れのことを考えているのか昨日よりも多くのことを話した。楽しい時間はすぐ過ぎるとはよく言ったものだ、時間はすぐに過ぎていった。

そして、午後四時ちょうど僕たちは大都市という地に足を踏み入れた。市街のはずれに自転車を一旦停止させると、雪菜は自転車の荷台から飛び降りた。

「この街におばあちゃんがいるんですね」

「ああ、うん、そうだね」

ここは大都市、田舎者の僕はその光景を見て立ち尽くす他なかった。街中に建ち並ぶ摩天楼、空を突き抜かんとする東都スカイタワー、絶え間なく広告を垂れ流す街頭スクリーン、数多もの広告を垂らした飛行船。僕にとってはこの街のすべてが新鮮なものであるかのように見えた。横を向くと、都会での暮らしに慣れていたはずの雪菜も街の光景に驚いていた。

「ここに来るのはもう10年ぶりですからね。街の様子も十年前と比べるとだいぶ変わっています」

『都市の時間はどんどん先に進み、過去のものはすぐに流されてしまう。伝統も何もあったもんじゃないね』

 僕は都会暮らしの叔母から聞いたこの言葉を思い出した。十年間この地に至ることのなかった雪菜も同じようなことを感じているのかもしれない。

 僕は手ごろなところにバッグを下ろすと、この数日でずいぶん中身が減ったバッグから地図を取り出した。出発前に行ったハッキングの結果によると、彼女の祖母の自宅は千代丸区にあるようだった。摩天楼が立ち並ぶ東京大都の中でもこの千代丸区は比較的昔の情趣が残る街-いわゆる下町だ。

街の中心には八千代商店街が通っていて、住んでいる人も高齢者が多い。

「たぶん最後になる説明お疲れ様」

彼女はそういって僕の肩にポンと手を置いて再び荷台にまたがった。早く行こうという合図らしかった。自転車を三十分ほど走らせると千代丸区に到着した。初夏の空は明るさを見せながらも暖かい紅色に染まりかけていた。着いてからは住所を頼みにして、歩いて彼女の祖母の家を探すことにした。東京の下町の構造は中々に複雑で、その家を探すのにはかなり苦労した。彼女が言うことには十年前と少し住所が変わっているらしく、結局家を探すのに一時間半もかかってしまった。

 空はすっかり夕焼けで赤く染まってしまっていた。彼女の祖母の家は中心街を外れた脇道にあった。見た目は東京には珍しい昔の情趣を残す家で、鉄筋コンクリートの冷たい現代住宅と比べると暖かい雰囲気のある家だ。庭には家主の趣味なのか数多もの盆栽が飾ってある。雪菜は自らの胸を拳で軽くたたいて家の玄関へとゆっくりと踏み出した。喉をごくりと鳴らす。そしてそしてその家のインターホンを押した。

「ただいま、おばあちゃん」

今回少し長めです。あと二回で完結です。


6/4加筆修正

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