線路少女は笑わない 4
僕はその日家に帰るとすぐにパソコンを起動した。こんな田舎でもインターネットの回線は通っている。実にすばらしいことだ。
開いたのは『大都市名簿管理システムHP』その名の通り大都市の住民の住所などのデータが管理されているサイトだ。もちろんプライバシーに関わる情報だから誰でも見られるわけではない。一六桁ものパスワードが二つもかけられている厳重なシステムだ。もちろんパスワードは市の担当職しか知らないはずだ。
僕の作戦はこのページに侵入して少女のおばあちゃんを特定することだ。二つのパスワードを正攻法で突破することはとても困難なことのように感じられる。だから僕は正攻法を使わない。このページをハッキングする。
元来僕はハッカーではない。ただ三年前に購入したノートパソコンをきっかけに僕はコンピュータに興味を持った。それからそれについての本を漁ったり、『ハッキングから今晩のおかずまで』で有名な掲示板などで学んだりした。その結果、僕の脳には大量の知識が刻み込まれた。でも実際にハッキングするのは初めてだ。少しでも失敗すれば不正アクセスで逮捕されるだろう。それでも、彼女をおばあちゃんに合わせるため。僕はそういう変な熱気に燃えていた。僕は自ら組んだハッキングプログラムを起動した。
方法としてはなりすましである。このページは二つのパスワードと職員のIDを入力することで侵入できる。しかし、試してみてわかったことだが実は職員のIDを入力するとパスワードも自動で入力される仕組みになっているのだ。職員のパスワード忘却対策なのだろうがそのせいでシステムに穴ができてしまっている。
要するに、誰でもいい、このシステムに関わっている職員のIDを手に入れればこのページに侵入することができるのだ。そうして僕は情報の海へと飛び込んだ。
死 闘五時間。結論から言うと成功した。正直言ってかなり苦戦した。最初はかなり順調だった。どんどんセキュリティの壁を破った。これほどまでの快感を僕は今まで感じたことがなかった。
でもさすが大都市のセキュリティ、最後に三枚の炎壁が待ち構えていたのだ。それでも立ち向かった、普通ならあきらめていた。でも、不思議な力に背中を押された。僕は作業を終えるとベッドに倒れこんだ。外にはすでに陽が差し込み始めていた。
目を開いて見たのは『白河ハル』という文字列だった。
六畳ほどの狭い部屋の中に携帯電話の軽快な着信音が鳴り響いた。僕はその音で目が覚めた。非通知公衆電話、出ようか出まいか迷ったが出ることにした。昨夜のハッキングは完璧だった、「足」のつくような失敗はしていない。電話に出ると聞こえてきたのは少女の声だった。
「起きてますか?」
予想はしていたがやはり声の主は線路少女だった。そういえば昨日電話番号を教えた気がする。疲れているせいか昨日のことをあまり覚えていない。
「うん、一応起きてるよ。急に電話なんかしてどうかした?」
「いえ大した用事はないんですけどいつもの時間に来ないので。その少し心配になって」
彼女にそう言われて僕はベッドのそばにある目覚まし時計を見た。僕たちは出会ってから十四時半に会うことにしていた。今、時計の針は十六時半を指していた。つまり、僕は十一時間も寝ていたことになる。
「ゴメンずっと寝てた。今日は行けそうにないかな。でも収穫があるんだ、だから明日楽しみにしてて」
僕は彼女の答えを待たずに電話を切った。そしてまたベッドに伏した。
翌日の十四時半ちょうどに僕は駅に着いた。線路少女はいつもと同じ姿勢、いつもと同じ服装、いつもと同じ表情で立っていた。
「待ってました。早く報告が聞きたいです」
そしていつもと同じ声色、いや、彼女の声は少し高ぶっていた。期待する彼女を前に僕は息を調えた。
これから僕が話す言葉は僕を縛る言葉となる。
僕が彼女の祖母について得た情報をすべて報告したとしよう、すると彼女はすごく喜ぶに違いない。そして遅からず僕は彼女とともに「祖母探し」をすることになるだろう。住所まで特定したんだ、大都市までたどり着けば見つけることは容易だろう。するとどうなる?彼女の成仏の条件は「祖母にネックレスを返すこと」でほぼ間違いないだろう。それが叶えられると彼女は消える。なぜだかわからない。僕は彼女が消えることを拒絶しようとしているのだ。元を正せば僕は彼女を成仏させるために彼女の祖母のことを調べた。
しかし、僕は今になって彼女が成仏するのを阻害しようとしている。とんでもなく滑稽でおかしな話である。僕は彼女のことを好きになってしまったのかもしれない。でもそれは許されないことだ、彼女は幽霊なのだから。そう割り切るしかない。
「おばあちゃんのこと、わかったよ」
だから僕は彼女に尽くすのだ。
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