線路少女は笑わない 3
さっぱりわけがわからない。つまり彼女はすでに死んでいるけど、この世に未練があるから成仏できなかったということか。
「はい、そういうことです」
「えっ?」
「私は幽霊だから。人の心を読むぐらいは簡単なのですよ?」
そうなのか。もはや僕は驚かなかった。幽霊なんか漫画の世界でしか知らないけれど、心が読めたって不思議ではないのかもしれない。そうやって変に納得してしまった。
「ところで未練て言うのは何なの?」
「はい、これなんですけど」
彼女はそういうと身に着けた白いワンピースの懐からたくさんの宝石で繕われたネックレスを取り出した。見たところ安価なものには見えなかった。
「これは十二年前におばあちゃんからもらったものなんです。おばあちゃんはこれを大切にしていました。その大切なネックレスを私の十二歳の誕生日にくれたんです。私はおばあちゃんに約束しました『死ぬまで大切にするね』と。でも私は十年前に死んだ。だから私はこのネックレスをおばあちゃんに返さないといけない。たぶん私はそれまで成仏できないのだと思います」
彼女はそう言うと下を向いてしまった。
「そうなんだ。それじゃあそのネックレスをおばあちゃんに返せばいいんだね?」
僕がそう尋ねると、彼女は再び顔を上げて首を縦に振った。
「はい、たぶんそうだと思います」
何、簡単なことじゃないか。あとは彼女にいろいろ聞いてこのネックレスを返すだけじゃないか。
「でもどうやらそう簡単にはいかなさそうです」
彼女は僕の心の中を読んで言った。
「実は私、おばあちゃんのことをよく覚えていないんです」
「困ったなあしかし」
何も情報がないのなら探しようがない。この村の人なら探そうと思えば何とかなるかもしれない。でも彼女は「外」の人だ。おそらくそのおばあちゃんもそうだろう。僕は遠出する手段が自転車しかないのでめったに「外」にはいかない。だから「外」のことには今一つ疎い。せめて少しでも手がかりがあればいいのだけれでも。
「何か覚えてることはないの?」
そう尋ねると、彼女は口に指を当て考え始めた
「年を取っています」
そして考えた結果、彼女は真顔でそう言った。
「あのさぁ」
おばあちゃん。それは皆年を取っていると思う。まあ例外だってあるさ。ちょっと前に十四歳の女の子が子供を産んでお母さんになるドラマがあった。だからありえないことではないのだと思う。実際、たぶんだが、三十歳代、四十歳代のおばあちゃんもいるのかもしれない。だけどそれはかなり極稀なケースだろう。もしかして彼女は天然なのだろうか。
「他に覚えていることはないのかな?」
そう聞くと彼女は俯いた。
「すいません。よく覚えていないんです。私が死んでから十年もたちますし、私も記憶力がいいほうではないので」
自分自身十年も会っていないという人はいないけれど、十年というのはかなり長い歳月だ。それに記憶力がよくないのなら尚更思い出せないのも無理はないのかもしれない。
「でも住んでたところなら覚えていますよ」
彼女は突然思い出したように言った。
「それなら大丈夫だね。住んでるところさえわかればこちらのものだからね。ところでどこに住んでいるの?」
「大都市です」
実に困った。大都市。その名の通りの大都市だ。この村のある神七川県の隣にある日本の首都東京大都。その都庁がある市だ。面積などは特筆すべきでもないが人口はおよそ四二〇万人を数えるところとなる。この村の人口が約九〇〇人ぐらいだからそもそも比べるレベルではない。
この中から特定の一人を探し出すことなど不可能に近い。
「かなり難しいかな。これじゃいつ見つかるかわからない」
「そうですか。すいません、無謀なことを頼んでしまって」
彼女はペコリと頭を下げた。少し上目遣いなのがかなり気になった。
その後彼女からあるだけの情報を聞き出した。
・年齢は現在七二歳
・十年前の時点ですでに髪はすべて白髪
・存命確認済み
・苗字は「白河」
彼女のおばあちゃんの特徴に関する有益な情報はこれぐらいであった。充分、特定するのには十分な情報だ。
夕暮れも近かったので僕たちはそこで別れた。
その帰路僕は分からなくなった。どうして僕は出会ってからたった2日の少女のためにここまで必死なのか。その答えは彼女の祖母を見つける過程にあるのかもしれない。
2/5加筆修正
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