Ⅳ
「氾濫までして被害者がいないなんてうそよ」
警察官の言葉を無視して、そのまま走って行った、次第に足元は水びたししになった。町中だというのに水が足首まで溜まっている。
そこにはいろいろなものが流されてきていた。何かの破片や小物。梅の目にとまったのは携帯電話だ。
「明の?」
水も構わずしゃがみこむ、携帯電話を拾い上げる。電源も入らない携帯電はを手にしてうずくまった。
「うそよ……」
雨ですでに濡れている顔に新しい雫が落ちる。
「また居なくなるの?」
梅の視界が暗くなっていく。意識にしがみ付く気力もなく、簡単に手放してしまった。
母親。父親。幼馴染。
私からどれだけのものを奪えば気が済むのよ。
身体が揺れている。そう感じて眼がさめる。顔をあげて薄く眼を開くと、人の頭があった。梅はおぶられる形になっている。
「起きたか」
そういって振り返った人。その顔は明だった。
「あき、ら?」
「探し回ったんだぞ」
「……生きてる?」
「誰が死んだって?」
明は呆れるように苦笑いを浮かべる。
「だって携帯」
「携帯なんて量生産品だろ」
「だって笠間地区」
「氾濫前にもう避難所」
「……」
梅の無言の拳が明の頭へ振り下ろされる。
「いっ、そもそも梅が家にいれば……」
「だって……」
梅は背中に顔をうずめた。それも気にせず明は歩き続けた。
「前に約束しただろ」
「約束?」
首をかしげて、記憶の中を漁り出した梅は思い出せずに疑問にしてしまう。
「忘れたのか?」
「えっと……」
「九年前と三年前」
「……」
「雨でも居なくならない。流されない。ずっとそばにいる」
「子供の約束でしょ」
「いや、どっちも俺は本気だ。絶対にやぶるつもりはない」
無言のままおぶられる梅と進む明。いつの間にか雨はやんでいた。
ある一室に一人の妊婦と男がいた。二人の左手には指輪が光っている。
「名前はどうしようか? 『明』が決めるんでしょ」
やさしく自分のふくらんだおなかを撫でながら質問を投げる。
「『雨』ってもう決めてたんだ。『梅』には言ってなかったけど」
『梅雨明け』END
もはや梅と明と雨で「梅雨明け」というネタがやりたかったがための作品になってしまった。
久しぶりの恋愛ものなんだかなーと思ってしまうできかもしれません。
全部読んでくれた方、ありがとうございました。