Ⅲ
家に帰った梅はすぐさま、自分の部屋のベッドに倒れこんだ。濡れているのも放置して。少し落ち着きを取り戻している梅は
「とりみだしちゃった。理由もなにも聞かなかった」
落ち込み枕に顔をうずめる。
「明日になればまた話できるよね」
そのまましばらくすると意識はまどろみの中に落ちっていった。
雨の日だった。まるでいやなものでも見るように、見下す母親。
泣いている娘の肩を押さえる父親。幼稚園生の娘の胸には「うめ」と書かれた名札が揺れる。
玄関を開けて、出ようとする母親。父親の手を振りほどき泣きながら懇願する娘が足にすがりつく。
しかし母親はそれを突き飛ばすし、雨の中へと消えていった。
「はっ」
梅は勢いよく顔を上げた。まだ顔色は優れず、いやな夢でも見たように強張った顔をしている。
外は暗く、雨音は帰ってきたときに比べて強くなっている。気がつけば寝ていたベッドは足元が濡れていた。傘では防ぎきれない足はまだぐっしょりと濡れている。
「着替えなきゃ」
身体を起こした時に、雨音と違った音が混じっていることに気がついた。なにやら人の声のような聞き取れるように、窓のカーテンを明け、聴き耳をたてる。
『雨の影響――川が――はんら――避難じ――お願いします』
「氾濫?」
聞き取れた単語の疑いたくなる気持ちを疑問として口にする。事態の把握に比例して青ざめていく。
「あき――」
床に転がるバックからバイブの音がなっている。慌てて中を漁って出てきた携帯の画面には明の文字が表示されている。
「無事なの!?」
「うぉ、あ、ああ無事」
突然の大声に驚いた明は声を出していた。
「氾濫だって聞いて」
「まだ避難勧告くらいだよ」
「そ、そう」
焦って勘違いした恥ずかしさを隠すように、平穏を装った声。
「そっちも一応避難しとけよ」
「そっちはもう避難したの?」
「今――」
突然電話から聞こえる声は機械音へ変わった。
「え、ちょっと、どうしたのよ」
携帯電話に話しかけても返事はない。
「どうせ、あいつのことだから電池切れよね」
電話をもう一度かけるが、『お掛けにになった――』とつながりもしなかった。
「あーもう。避難場所へ行けばわかるわよ」
三年前に決められた避難場所へ向かうために家の外へと出た。
「まるで台風」
風はそこまでないが、雨で視界が見えにくいほどの豪雨だった。
「傘じゃだめだ。カッパ出さないと」
一度部屋へ戻り、クローゼットの奥からカッパを取り出した。羽織って外に出る。すると再び放送がどこからともなく響く。
『笠間地区の川沿いから氾濫が起き――』
「……大丈夫よ。あいつはもう避難してるはずよ」
そういって向かう足は避難所へ、ではなく笠間地区へと向いていた。
そこで避難誘導でもしているのか、紺色のカッパに警察の帽子を被った人が立っていた。
「君、早く避難所へ行きなさい」
「氾濫は」
「ここまでは坂になっているからそこまで心配はいらないよ」
「そうじゃなくて、笠間地区は」
「……倒壊した建物も出ているようだよ、だけど被害者は出てないから大丈夫――」
すると警察が付けていた無線から声が漏れてきた。
「人手が足りない、来てくれ」
「了解。今向かいます。……君は避難するんだぞ」
そういって警察官は走って違う現場へ向かっていった。