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偽りの物語

作者: sora

間を文の中に多くいれているので、それを意識しながらゆっくりと読んでほしいです。

私には名前がない。

昔はあったような気もするけど、もう忘れてしまった…。

どうして忘れてしまったんだろう?

たぶん、長い間名前を呼ばれることがなかったからだと思う。

だって、この島には私1人しかいなかったから、名前なんてあってもなくても同じだった。

だから、私には名前がなかった。

この島も私と同じ。

名前がない。

でもこの島にはそれ以外のものはたくさんあった。

屋敷、水、保存食、紙、ペン。

生活に必要なものも、そうでないものもたくさんあった。

それらのおかげで、私は今日まで生きてこられた。

5日、10日の話ではない。

5年、10年の話だ。




私は物心がついた頃から1人、この島にいる。

この島から出ようと思ったこともある。

でも、それは叶わなかった。

なぜなら、この島に木はなく、ボートを作ることさえもままならなかったからだ。

結局、私はこの島から出ず、今もこの島で生きている。

朝、日が昇る頃に起き。

夕方、日が沈むと眠る。

ただ、それだけの生活をしていた。

でも、こんな生活にも楽しみはあった。

それは本を読むことだった。

屋敷にはいろいろな本があった。

動物図鑑、歴史書、小説…。

この全てが私の知識の源で、これが唯一私の知っていることでもあった。

ただ、何度繰り返し読んでも理解できない本がいくつかあった。

それは人の感情について書かれているものだった。

例えば、喜び、怒り、悲しみ、楽しみなどだ。

これらの言葉の意味を私は知っていた。

しかし、理解することはできなかった。

それでも私は本を読み続けた。

別に理解したかったからではない。

ただ、暇だったからだ。

本を読むこと以外にやることがなかったのだ。

だから、私は本を読み続けた。

本棚の端から端まで…。




ある時、1冊の本に出会った。

その本は少し変わっていた。

その本には終わりがなかったのだ。

その本は書きかけなのか、後ろ半分は真っ白なままだった。

戸惑った。

このような本に出会ったのは初めてだったからだ。

この本のことは忘れて、他の本を読む?

嫌だ。

反射的にそう思った。

なんでだろう?

考えてみる。

もしかしたら、終わりのない物語と私の境遇とが似ているように感じたからかもしれない。

私はその物語の続きを書くことにした。

別に、同情や哀れみからではない。

ただ、その物語を完成させることで、私は何かを手に入れられるような気がしたからだ。




その物語はどこにでもあるような話だった。

私と同じぐらいの女の子が同じクラスの男の子に恋をするというものだった。

物語が終わっていたのは、ちょうど女の子が男の子を学校の屋上に呼び出して告白をしようとしている時だった。

おそらく、物語のクライマックスなのだろう。

文章からはそう読み取れた。

私は今までにこういった話を何百と読んできた。

なので、文章の続きを考えることはそう難しくないように思えた。

ただ、1つ大きな問題があった。

それは、私が恋愛感情というものをよくわかっていないということだった。

どんなに多くの小説や哲学書を読んでも、恋愛感情を理解することはできなかったのだ。

こんな私が物語の続きを書いていいのだろうか?

話を書くことができたとして、私に男女の恋愛感情を上手に表現することはできるのだろうか?

おそらく、無理だ。

それでも私は物語の続きを書くことにした。

終わりのないままはやっぱり嫌だったから…。




告白。

成功。

涙。

笑顔。

キス。

いくつか言葉を連ねていくうちに、文ができた。

文と文が組み合わさって文章ができた。

文章のできはあまりよいものではなかった。

でも、完成した時には嬉しかった。

本当に嬉しかった。

ただ、それと同じぐらい悲しくもあった。

なぜだろう?

わからない。

ただ、1つわかったことがある。

それは、私が物語を書くことを好きになってしまったということだった。

それからは毎日のように物語を書くようになった。




初めは1,2時間物語を書くだけだったが、気がつけば1日の大半を物語を書くことに費やすようになっていた。

1月もかからず、新しい物語が1つ2つとできた。

10、20と物語を作った時に私はあることに気づいた。

それは私が書いた文章はどれも今までに読んだことのある文だということだった。

今まで私の作った物語は、今まで読んだ本の文章をただ単に繋ぎあわせただけのものだったのだ。

偽りの物語。

そう呼ぶに相応しいものだった。

私の書きたかったものはこういうものだったのだろうか?

いや、違う。

じゃあ、私はどんな物語を書きたかったのだろう?

自問してみる。

ファンタジー?

サスペンス?

それとも恋愛?

………………。

………。

…。


私はそれら全てを書きたくて、その実そのどれも書きたくはなかったのだ。

では、今まで私は何を書きたくて物語を書いていたのだろう?

ただ物語を書くのが面白かったから書いていたのだろうか?

いや、違う。

…違うと思う。

違っているような気がする…。

………………。

………。

…。


でも、結局のところよくわからなかった。

それでも私は物語を書き続けた。

物語を書いている理由を見つけるために…。




ある夜、私は1つの考えにたどり着いた。

それは、この島ではできないことを空想の中で、体験しようとしているということだった。

つまり私は物語の主人公になって、1人ではない世界で様々な人といろいろなことをしたかったのだ。

ああ、そうか。

ようやくわかった。

私が物語を書いていた理由と私の書きたい物語のこと…。

やっと私の書きたい物語に出会えたんだ。

私の書きたい物語は、いろいろな事件や普通ではありえない何かに出会ったりするような物語ではなく、落ちや笑いどころがある物語でもなく、感動できるような物語でもなく、もっとシンプルでごくごく普通の生活をする物語だったんだ。

そして、その物語の中で私は様々な人と遊んだり喧嘩しながら、楽しく笑ったり、時に泣いたりしながら、幸せに生きたかったのだ。

夜が明けたら、物語を書こう。

そんな幸せの物語を…。

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