この学園は我が公爵家が掌握いたしました
若き雛たちよ、ごきげんよう。
突然の来訪に驚かせてしまいましたね。私はアギーレ公爵家当主、オフィーリア・アギーレ。この学園集会の場を借りて、皆様に一言ご挨拶を申し上げます。
――この学園は我が公爵家が掌握いたしました。
ああアネット、そうめそめそと泣かないで。泣いたからといって無条件でかくまってくれる殿方などもういないのですよ。
分別ある貴族の子弟たる皆様は、ここ数日の情勢について当然聞き及んでいることでしょう。
ええ、そうです、反乱です。答えてくれてありがとう、ジョゼフィーナ。ではなぜこのような事態になったかもわかりますか?
よくできました。今聡明なる彼女が勇気を持って答えてくれた通り、我がアギーレ公爵家を筆頭に主要貴族が一斉に蜂起しました。当学園卒業パーティーにおける、第一王子の不徳を理由として。
皆様の中には、この事件を知らない方もいるかもしれませんね。それとも、上級生のスキャンダルは皆耳に入れているのでしょうか。噂は時に真実を歪める。この場を借りて、事の経緯をお伝えしましょう。
去る春の月、当学園では卒業を記念したパーティーが開かれていました。
主役は前第一王子及びその婚約者マーシャ。私の自慢の娘です。前国王陛下夫妻や私も含めた高位貴族、及び卒業生の家族が招かれた、それはそれは盛大なものでした。会場は学園のホール。つまり、いま私たちがいるまさにこの場所で開かれたのです。
宴も酣。卒業生が二人一組になってダンスを踊る直前でした。
前第一王子は、会場の中央で高らかにこう宣言したのです。
「私は、マーシャとの婚約を破棄する」と。
私は己の耳を疑いました。公衆の面前で婚約破棄など、聞いたことがありません。
しかしどうやら王子は本気らしいのです。可愛らしいご令嬢――もちろん、既にこの世におりませんので名前は差し控えます――を、傍らに連れて。
我が娘マーシャの態度は立派でした。親の贔屓目を差し引いても。常に気高く、高位貴族の誇りと矜持をもって、王子に問いかけました。
「私にどのような咎があるのか」と。
王子は答えました。
「貴方は国母に相応しくないほど嫉妬深い。可哀想な彼女を徹底的に虐めぬいた。証拠も挙がっている」
彼がその場で提示した証拠は全て伝聞か犯人不明の悪戯で、その場で反論できるほどお粗末なものでした。実際、マーシャは全てその場で反論したのです。当学園の教育の賜物ですわね。
残念ながら、第一王子は逆上しました。この場で若き雛たちには言えないようなありとあらゆる言葉で彼女を非難し、侮辱しました。貴族たちの中には、耳を塞ぐ者までおりました。
私ですか? 私は一言一句暗記いたしました。全てが第一王子の罪の証拠ですからね。従者に筆写もさせています。新聞屋にも流しましたから、一部をご覧になった方もいるかもしれません。
暴言の理由について王子本人に尋問したところ、常にマーシャに劣等感を抱いていたとのこと。
確かに、将来の国王夫妻として何かと比較されていたようです。全く情状を斟酌すべき事情ではありませんがね。
マーシャはどこに出しても恥ずかしくない淑女ですが、この暴言は流石に堪えたようでした。貴族がこのような言葉を浴びることはありませんからね。彼女は私を置いて、一人で会場を立ち去りました。
私は従者に後を追わせ、抗議をすべく前陛下のもとに進み出ました。しかし陛下はあろうことか、顔を真っ赤にして、会場を後にしてしまったのです。
皆様は説明責任という言葉を知っていますね。
何か不始末をしたら、その説明責任を果たす義務がある。それが大人というものです。
察するに、前陛下は大切に育てた息子の不始末に堪えようのない羞恥心を感じたのでしょう。
彼のプライドがその場にいることを許さなかった。王族と言えど人です。何かの拍子に自分自身を抑えられなくなることもあります。
しかし、もう賢明なる皆様はお分かりですね。そう、王族は、王は人であってはいけません。
いついかなる時も冷静に、国務に励まなければなりません。どれほど羞恥に身を焼かれようとも、責任を果たさなければいけないのです。あの場で前陛下が取った行動は、残念ながら国の統治者としては不十分でした。
ジョゼフィーナ、ではあなたはどうするべきだったと思いますか?
――いい答えです。そう、彼がすべきだったのは迅速な判断と謝罪だったのです。すぐさま息子を捕らえ、その場を汚した責任を父として引き受け謝罪するべきだったのです。決して尻尾を巻いて逃げることではありません。
その後何が起こったかは説明するまでもありませんが、とどのつまりは反乱です。結果として前国王は引責退位。前第一王子は下獄し、代わって第二王子が新国王に。可哀想なご令嬢は、急な病に倒れてしまいました。
アネット、他人ごとではありませんよ。ジョゼフィーナの婚約者に猛然とアプローチしているそうですね。
みっともないから今すぐやめなさい。かのご令嬢の二の舞になりたくはないでしょう?
今や国の害は除かれました。しかし事の発端となったのはこの学園。ですから、我が公爵家が今後五年の間監督し、学園に巣食う悪しき空気を一掃するのです。そのお知らせのために、本日私は参りました。
アネット以外にも、特に卑劣な工作が顕著な方々の名を聞き及んでおります。
ラインハルト、フョードル、リリス、エーリャ、ヨティカ、カイル、マティアス。
皆顔色を変えましたね。悪事だと名指しされて顔を青くするくらいなら、悪事など働かないことです。
ああジョゼフィーナ、私はどうなのかって? まあ反乱の手際の良さは存分に誇っていますよ。そういうことです。
――はい。それでは、私の話はこれで以上といたします。今後この学園は我が公爵家の掌の中にあることをゆめゆめお忘れなきよう。
そして、今日私の話を熱心に聞いてくれた賢明で勇敢な若き雛たち。
我が娘マーシャは、事件の後異国に渡航し、その力を存分に発揮しています。反乱に当たって他国からの介入がなかったのも、彼女のおかげですよ。
貴方たちの頑張りはきっと報われる。だから安心して、勉学に励んでくださいね。
私の拙い話を聞いてくれてありがとう。どうか皆様の未来に、神のご加護がありますよう。
その後学園では、下級生を「若き雛」と呼ぶのが流行ったそうな。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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