世界再生プロトコル
世界中の人工衛星に搭載された秘密兵器を、正規の通信だけで操るプログラムを完成させた高校のコンピュータ部員五人。「世界を仲良くさせる」という純粋な願いのもと、彼らは世界の海上物流の要所を同時に破壊する第一段階を実行した。
序章:部室
班目高校コンピュータ部の部室。ファンの音が低く回っている。
七代目部長:セブンはAIが当たり前にある時代に生まれ育った。
子供のころからAIを使って、毎日の世界ニュースを総合的に分析するプログラム「俯瞰レーダー」を作り、そのレポートを読み解いて世界を観察し続けていた。
セブンは世界がいびつに見えて仕方がなかった。
「こんなに世界は緊密に絡み合っているのに、どうして国同士は仲良くできないんだろう?」
「嫌いあっている国同士なのに人の交流は盛んだし、交易だってしている。でも国という規模になると真逆の反応をする」
「世界を仲良くするためのプログラムを作ってみよう」
高校生になって、才能ある仲間と知り合ったセブンは今、自分の書いたコードをモニターで眺めている。
「人工衛星は一度打ち上げたら修理できないし、長期の運用が重要だから、シンプルなシステムで運用されててさ。」
「正常な通信プロトコルを届ければ反応してくれる『素直な箱』なんだけど、正規通信として命令を通す仕組みが難関で・・・」
「マキナの魔改造PCでLLMが動かなかったら、ここまで来られなかったかもしれない。」
「VRAM2TB実現できない?なんて普通聞く?大変だったんだから」
三つ編みのマキナが楽しそうにパソコンを分解している。高級ブランドのポーチには、手入れされた工具が几帳面に収められている。
部室の隅には大きな自作のラックが設置されていて、そこには10台を超えるアルミ製の小さな箱型コンピュータが並んでいる。
「ロマンっていうのはさ、パーツの交換や改造だけじゃないんだな、って教えてもらったのよ。こうやって中古の小型PCを繋ぐだけでとんでもない性能のAIが作れるんだ、って」
「マキナならユニファイドメモリーの話に乗って来ると思って。できると思ってたんだよ」
セブンは静かに返す。
「まる」が丸い伊達眼鏡の奥で笑う。
「セブンのコード見たときは絶対動かないって思ってたもんな。でもマキナのLLMで動かせるようになってから、ハッキングなんて面倒なことしなくても良くなった」
「200万ドルの不正送金を潰してやった。ほんとべんりだわー」
「そうやって、まるがテストしてくれてるから、完成度も桁違いに上がったんだよ」
セブンがまるのPCモニターを後ろから眺めている。いくつもの金額と思われる数字リストが0に揃っていく。
対面のデスク、バランスボールの上でゆっくり揺れていたサーベエが口を開く。
「そうは言うけどさ、最初のコードはなんていうか、ロマンばっかり追い求めてる感じだったじゃんか。まともに動かなかったしな」
「うん、サーベエのデバッグセンスがなかったらあきらめてた」
セブンが素直に言う。
部室の隅にはゴシック衣装に身を包んだ女の子、ガン子が目玉を模した飴玉「飴目玉」を口に含んで、モニターに向かっている。
画面の中ではバーチャルキャラクター「ネゴ」が踊っている。
ガン子はバーチャルライブ配信の真っ最中だった。
ネゴは、部員全員の顔の平均値を取ってデザインした、美しく中性的なバーチャルキャラクター。
ガン子の継続的な配信とパフォーマンスで、フォロワーも千人を超えつつあった。
「でもさあ、これで準備が整ったわけじゃん。いつ決行するの?」
「ガン子!配信中にしゃべるなよ」
セブンが慌てる。
「ははーん、なめてもらっちゃ困るよ。もはやわれらの仮想キャラ『ネゴ』は独自の言語を獲得したんだよ」
「マキナの試作LLM機にちょこっと手を入れてさ。言語を理解不能な旋律に変換してるんだ。聴いてみてよ」
ネゴの声に切り替わる。言葉が消え、美しい歌のような旋律だけが部室に流れる。
文法も意味も持たない、しかし確かに何かを伝えているような音の連なり。
しかも同じ旋律を繰り返さない。
ガン子が声を発するごとに違う旋律で、声とも音とも区別のつかない音色になっている。
「さすがガン子だよ。ちょっとした遊びからすごい発想するんだもんな。いつも何をしでかすかわからない」
まるが感心する。
マキナが即座に突っ込む。
「それほめてないわー」
「だよね」
ガン子が飴目玉をころがしながら笑う。
「これ傍受されても解読不能だよな」
目を閉じてネゴの旋律を聴いているサーベエ。
ネゴの配信には投げ銭が次々と飛んでくる。マキナが画面を覗き込む。
「電気代と部費が賄える!PC強化できそうだぁ」
まるが反応する。
「100万ドルでも1,000万ドルでもこっちに流そうと思えばできるよ?どうせ汚れた金を洗った仮想通貨なんだし」
全員が同時に声を上げる。
「お前ホワイトハッカーでしょ!」「だろ!」
サーベエが静かに言う。
「もう少しコードチェックしておく。間違っちゃいけないし、足跡つかないように用心しないとな」
部室のドアが開く。
「おおーやってるな。今度はどんな発明だ?」
「五郎ちゃん見てよ。今配信中~」
「湯川先生と呼びなさい!どれどれ・・・」
顧問の湯川五郎がモニターを覗き込む。ネゴが踊っている。
投げ銭の通知音が鳴り続けている。
湯川には何が起きているのかよくわからないが、生徒たちが楽しそうなのは見ればわかる。
部員の邪魔をしないよう、自分の椅子に腰かけて教え子たちを見つめていた。
第一幕:世界再生プロトコル
セブンがモニターに世界地図を映す。部室の空気が変わる。
世界再生プロトコル。セブンがその名前をつけた計画の全貌が、部員たちの前に広がる。
「今日で実行する準備がすべて整った。誰一人欠けても実現しなかった、僕たちの最高傑作!」
発端はまるだった。
各国が秘密裏に開発・配備を進めている人工衛星搭載の質量兵器。
その存在を、まるが地下ネットワークの断片情報から突き止めた。
公式にはどの国も保有を認めていない存在だ。
セブンはこれを利用することを考えた。
まるは当初、直接的な侵入「ハッキング」を提案した。
しかしセブンはそれを退けた。
部員たちは総出で、正規通信の仕組みと流れを徹底的に洗った。
新しい仕組みだけで世界は動かない。
むしろ枯れた仕組みが新しい仕組みを支えている。
世界中の巨大システムが新旧構わず絡み合って動いている。
その構造の隙間を縫う、いや『堂々と通ってシステムに従わせる』仕組み。
マキナの魔改造PCで動くLLMが、世界中の断片情報から誰も気づいていない運用構造を再構築した。
結果として生まれたのは、一切セキュリティが感知しない「正常な通信」として世界中のコンピュータを操るプログラム。
侵入ではない。正規の命令として受理される。だからログに異常は残らない。
プロトコルは多段階で設計されていた。
第一段階。
複数国の質量兵器を同時に起動し、世界の主要チョークポイントに向けて発射する。核は使わない。
一国の責任にならないよう、すべての保有国の兵器を同時に使う。
衛星の軌道ラグも計算し、発射から着弾までの数分の差を調整して、徹底的な同時発動を実現する。
第二段階。
世界中の原子力発電所に「質量兵器が落とされた」と誤認させる。
パニックに陥った各国が確認に走るが、施設は正常。
世界再生プロトコルはいつでも、どんな形でも発動できることを世界に知らしめる。それだけ世界はつながっているのだから、手を取り合ってほしいと警告をする。
第二段階と最終段階のあいだには、番号のない空白が複数ある。
そして最終段階。
世界がまとまらないなら、核兵器の無差別攻撃。世界中の核兵器を同時に操り、世界をリセットする。
「もちろん世界を終わらせる気は無いよ。最終段階は僕らの『覚悟』を形に表したものだ」
サーベエが口をはさんだ。
「覚悟、って言ったよな。本当にわかってるよな。俺たちがこれからやる事」
全員うなずいた。セブンが言う。
「サーベエ、ありがとう。そうだよ。僕らが計画したプロトコルのすべてに、この『覚悟』の形を組み込んである。」
実行は日曜日の夕刻6時。全員がそれぞれの自室から、スマホの網膜認証で同期する。一人でも欠ければプロトコルは起動しない。
「それじゃあ、当日はスマホで会おう!」
セブンの声は、遠足の前日のようだった。
第二幕:届け出
決行前日。職員室。
セブンとガン子が湯川の前に立っている。手にはPC起動許可の申請届。
「明日は日曜ですけど、部室のPCを起動したままにさせてください」
日曜日だけは部室のすべてのPCの電源を落としておくように。
という高校の決まりがあったからだ。
「熱心なのはいいが、何をするんだ?まさか世界中をハッキングしようってんじゃないだろうな」
「そのとおり!五郎ちゃん鋭い!」
「ちがいますよ!からかうなよガン子。世界の物流を一日分、観察したいんです先生。船舶とか飛行機とか」
「ほー、なんか面白そうだな。そんなことができるのか。で、それを観察してどうするんだ」
「観察して記録するだけです。世界が絡み合って、もうほどく事なんてできないっていう現実を」
セブンの顔は真剣だった。
「お、おお、そうか。わかった。許可しよう」
当日は湯川が番をする。届け出は了承された。
第三幕:トリガー
日曜日、夕刻。
五つの部屋に、五つの画面が灯っている。
セブンは小綺麗な自室のデスクに座り、PCを起動したまま目を閉じている。
「これから始まるんだ」。
静かな独り言が、誰にも届かずに消える。
ガン子はスマホでライブ配信をしている。ネゴが画面の中で歌い踊っている。
『今日は個人的に記念になる日なんだよねー』の字幕。投げ銭が飛ぶ。
「記念って何?」
「それは秘密だよ」
飴目玉を舐めながら、ポーズを決める。
まるは仮想通貨の不正送金を片っ端から潰している。彼なりの精神統一なのだろう。PCモニターを睨みながら、時折スマホの時刻をちらちらと確認する。
マキナはPCを分解・改造している。パーツ基盤の配線を確かめ、半田ごてを握り、また戻す。手が止まらない。
サーベエはモニターに映るコードの羅列をじっと見つめている。
時折「あっ」と小さくつぶやく。最後のチェック。間違いがあってはならない。
時間が来る。
五つのスマホに、五つの顔、目の網膜情報が映る。
セブンはスマホをしっかり自分に向けている。
ガン子は配信を続けたまま、親指と薬指でスマホをぶら下げるようにつまんで持っている。
まるは両手でスマホを持ち、神妙な面持ちで。
マキナはスマホ用ホルダーに固定して。
サーベエはモニターの前にスマホを立てかけて。
時間が来た。ガン子がネゴの配信画面に向かって叫ぶ。
「みんなで言うよ!」字幕が流れ始める。
視聴者が湧く。コメントが流れる。何が始まるのか。フォロワーは知らない。
「3!」
「2!」
「1!」
「トリガー!」
五つの指がスマホをタップする。
コメント欄にも「トリガー!」が溢れる。投げ銭の音が重なる。
音もなく、しかし世界のどこかで静かに、大変なことが始まった。
第四幕:湯川の日曜日
部室。湯川五郎は椅子に深く腰掛けて、うとうとしていた。
日曜の夕方。生徒たちの観察とやらが終わるまで番をするだけの簡単な仕事のはずだった。LLMのPCは静かに稼働し続けている。モニターにはネゴが踊っている。
「五郎ちゃん!」
モニターからの声で目が覚める。
ネゴの顔。部員全員の顔を均等に混ぜた、中性的で美しい顔。
「おうガン子。先生眠ってたわ」
「ありがとう『先生』。おかげで完璧な一日だったよ!」
そして声が旋律に切り替わる。切り替わった直後、ネゴが何を言ったのかはわからない。
美しい歌声が部室に流れる。
湯川は微笑んで「よかったな」と言い、椅子から立ち上がる。
背伸びをして、肩をぐりぐり回す。
部室を出る湯川。
ネゴはモニターの中で踊り続けていた。
第五幕:世界が気づくまで
その夜遅く、テレビ画面の下にテロップが流れた。
「スエズ運河で大規模事故。船舶航行不能に」
数時間後。パナマ運河で同様の報告。
さらに数時間。マラッカ海峡。バブ・エル・マンデブ海峡。そしてホルムズ海峡。
報道はまちまちだった。船舶の事故。施設の老朽化による崩壊。テロ組織による犯行の可能性。それぞれの報道機関が、それぞれの推測を流す。しかし時間が経つにつれ、扱いは大きくなっていった。
速報で現場の音声が報道された。
「天から巨大な柱が降ってきた、神よ!」
直後のガラスや金属のひしゃげる異様な音。
報道がゆっくりと、徐々に統一しつつあった。
世界の海上物流の大動脈が、一夜にして、すべて止まった。
第六幕:翌日の部室
月曜日の放課後。部室に全員が集まっている。
「あの瞬間、合体ロボみたいだったよなあ。レェエーーッツ!って」
「なんていうかさあ、みんなの心がびしっと一つになったよね」
高揚していた。全員が興奮を隠せずにいた。
セブンが姿勢を正す。
「計画は完璧だった。何一つ不具合がなかった。みんなの力がなかったら実現しなかった。ありがとう」
頭を下げる。
ガン子「これからだよね。世界はどう動くんだろう」
まる「ネットでもだいぶ話題になってきてるよ。A国の戦略衛星兵器が誤作動を起こしたんじゃないかって。A国の、だけじゃないんだけどね」
サーベエ「絶対口をはさむなよ、まる。ログも問題ない。正規通信として処理されてる」
マキナ「うちの子がやってくれましたよ。愛いやつ!」
セブン「僕らは計画を実行した。しばらくは監視者になる」
「そうだよガン子。世界はどう動くんだろう」
ネゴの配信は続いていた。
マキナの改造PCがガン子のどんな動きも完璧にトレースし、画面の中でネゴがシームレスに踊る。
まるが追跡を手前で遮断し、漏れてもセブンのプロトコルは正常な通信の一つとして素通りする。
サーベエが各国のプログラムの穴を見つけ、まると組んでジャミングを仕掛け、発信場所を遮蔽・偽装して世界中のハッカーを欺く。
完璧な布陣だった。
職員室にはテレビがあった。
事故の詳細が速報で流れていた。
ワイドショーも急遽内容を変更し、速報とその分析、専門家が意見を交わしている。職員はみんな、世界で起きたことをじっと観ていた。
「すごいことが起きましたね」
「大変なことになりそう」
テレビで流れるスクープ映像。
「天から巨大な柱が降ってきた、神よ!」
何度も何度も繰り返され、どのチャンネルも同じ映像が流されていた。
湯川も神妙な面持ちで報道を観ていた。しかし湯川は、周りの職員とは違うものを感じていた。
妙な既視感があった。
セブンがコンピュータ部に入部してきた時に見せてもらった「俯瞰レーダー」という独自のプログラム。余計な「報道ノイズ」を取り払ったレポートは、上手に世界情勢がまとめられていた。
湯川はとても気に入ったので、毎日セブンにレポートを共有してもらっていた。
レポートに頻繁に出てくる「チョークポイント」の言葉がテレビからも聞こえていた。
「セブンのレポートはすごいなあ。おかげで世界の被害状況がスッと入ってくるもんなあ」
同時に、背筋に走る「何か」を感じた。
それは事件の悲惨さのせいだ。
決して、セブンが予言していたかのように感じたからじゃない。
「うん。そんなわけはない」
第七幕:壊れていく日々
二週間が経った。
部室の空気は日ごとに重くなっていた。誰もそれを口にしなかったが、全員が感じていた。
ネゴのライブ配信には、世界中で混乱が始まっていることに関してどう思うか?と尋ねる投げ銭がくるようになった。
返事を返しても、ネゴの言葉は誰も理解できない。
ガン子はそこに救われていた。
ただ、ネゴの表情は決して明るいものではなかった。
テレビはもう「事故そのもの」の話をしていなかった。
代わりに映るのは、痩せた子供、泣き崩れる母親、医療物資の不足を訴える医師、国連会見での悲痛な声。
流通が止まったことで人工透析ができなくなった患者。
届かなくなった医薬品。空になったスーパーの棚。
紛争地への食糧援助が絶たれ、女性が泣き叫ぶ姿。
家族を亡くした男性の慟哭。
ワイドショーは「犠牲となった女性と子供」をクローズアップし続けた。
毎日、毎日。そして必ず流れる
「天から巨大な柱が降ってきた、神よ!」
世界を狂わせた奴らをあぶり出せ。その声だけが届く。
こんな時こそ世界は協力すべきだという論調は、どこにもなかった。
部員たちは見ないふりをしていた。
ガン子以外は、世界再生プロトコルの話をしなくなっていった。
マキナの工具が散乱している。分解したPCパーツの差し替えの手が止まっている。
まるのクリック音が異常に増え、大きく聞こえるようになった。
部で一番体格に恵まれているサーベエがバランスボールを上下に弾ませている。
集中していないときの動きだ。
たまらず湯川が声をかける。
「いったいどうしたんだみんな。マキナ!PC分解したままだぞ!まる、マウス壊れるぞ!サーベエ!バランスボールが破裂して尻を打っちゃうぞ!」
「どうしたセブン、今日の『俯瞰レポート』見せてもらってないぞ。職員室のトークネタ奪わないでくれよー」
「元気なのはガン子だけじゃないか!みんな見習え!」
「五郎ちゃんは何も見えてないんだよ」
ガン子が湯川につぶやく。湯川を見るでもなく、ネゴの配信画面から顔を動かさない。
「そうかごめん。ってガン子、言われてみればその飴目玉!いつもより消費が早いんじゃないのか?先生見てるぞー!」
「そういう事じゃないって・・・」
思わずまるがつぶやいた。
「おまえら!つまんないぞ!」
湯川がはっぱをかけるが、誰も反応しなかった。
一ヶ月が経った。
最初にマキナが顔を出さなくなった。
『 Do not touch it. Even if it breaks! 』
マキナの文字で殴り書かれたテープが、彼女の魔改造PCとその試作機に封印のように張り付けられていた。大
切にしていたはずの工具が散らばったままだった。
次にサーベエ。セブンに言った。
「プロトコルのコードチェックをしたい」
セブンはうわの空で答えた。
「ごめん更新してない」
「チェックするコードが無いんなら、俺は必要ないよな?」
サーベエは部室を出ていこうとする。
「ちょっと待ちなよサーベエ!まだ次のプロトコルが控えてるんだよ?」
止めようとするガン子に、サーベエは言い放った。
「なにが世界再生プロトコルだよ。コードを見たときから思ってたんだ。こんなお花畑みたいなプログラム、ってな」
「なあまる。俺と組もうぜ。目の前の不正を片っ端から潰すほうが世界再生になる。お前のほうがうまく応用してるじゃないか」
まるは返事をしない。モニターの前で仮想通貨の送金を遮断したり、ファイアウォールの穴を閉じたり。黙ってマウスを動かしている。
「そうかよ。じゃあな」
バランスボールを蹴り飛ばし、サーベエは部室を出た。
ガン子「セブン、どうしたんだよ。最近おかしいよ」
セブン「何が、どこが間違いだったんだろう」
ガン子「うちらがやったことはすごいことじゃん。次のプロトコルを動かそうよ。そうしたら絶対世界は動くって。ここで諦めたらだめだってば。世界はうちらの手の中にあるんだよ?」
ガン子の声に同期して、ネゴが怒りの表情を浮かべる。
コメント欄が湧く。
「ネゴの怒る顔、初!」
「コワかわいい!」
「もっと怒って見せて」
投げ銭の音が鳴り響く。
まるは地下掲示板のスレッドを眺めていた。
陰謀論。
大国のエネルギー囲い込み作戦説。
宗教がらみのテロ説。
どれも的外れな、勝手な書き込みばかり。
つい、書き込んでしまった。
「何も知らない奴らが知ったようなでたらめを書くな!」
しまった、と思った瞬間、スレッドに返信がぶら下がっていく。
「お前もしかして犯人?」
「どうやって世界中の衛星動かしたの?」
「独裁政権の回し者?」
「通報した。震えて眠れ」
「尊敬できるハッカーと思ってたのに」
まるはノートPCを閉じた。
「俺も手を引くよ」
ガン子が慌てる。
「待ってよ、まる!セブンも止めてよ!」
セブンの顔には覇気がない。
「……プロトコルは成功だった。でも世界は動かなかった。ガン子、僕たちは失敗したんだ」
ガン子が声を荒げる。
「まだだよ!もう観察の期間はここまでにしよう。ここからはうちらが行動する番だよ。世界再生プロトコルの第二弾を実行しよう!今度は世界が目を覚ますよ。セブンが思ってたことが実現する。世界中が手を取り合って協力していく世の中になるってば。だからもう一度」
セブンが力なく言う。
「世界は絡み合いすぎているんだよ。だから誰も触れたくないんだ。一つのもつれをほどいたら二つのもつれが出てくる。二つのもつれをほどけば、さらに4つ、5つって」「きっと世界中の大人はみんながめんどくさがって、うんざりしながら生きてるんだよ」
ガン子がセブンをにらみつける。
「・・・負けを認めるの?あんなにテレビや動画で大騒ぎになって、犠牲者も出して、世界中を混乱させて!」
セブンがガン子をにらみ返した。
「負けじゃないよ。答えが出たんだよ。大人たちは『もつれを押しつぶす方が楽だ』って答えたじゃないか」
ガン子はセブンをグーで力いっぱい殴った!セブンは椅子から転げ落ちた。
「まだ世界はそんなこと言ってない!決めつけるな!そんな大人みたいなことを言うセブンは大嫌いだ!」
「うちは、認めない!」
「セブンが動かないっていうんなら、うちがやってやるよ」
部室を出ていくガン子。
その日のネゴの投げ銭は最高記録を更新した。
第八幕:ガン子暴走
ガン子は一人部室にいた。
セブンがいなかった。
セブンがいない日なんて初めてだった。
部室の空気も「時」も完全に止まっていた。
ガン子は一人ライブ配信を始める。
美しい旋律の、でも何を言っているのかわからないネゴの言葉は若者に刺さった。
それぞれが自分の想いをネゴの言葉と表情に重ねて聴いていた。
特定の言語ではないミステリアスな旋律は、今や世界中の若者から支持を得ていた。
フォロワーは数百万人にまで膨れ上がっていた。
配信の半ばに差し掛かった時、ガン子はネゴの音声モードを切り替えた。
歌ではなくガン子の言葉で、配信され始めた。
「今日の配信で、一つ伝えないといけないことがあるんだ」
「今世界がすごく大変なことになってるよね。流通が麻痺してて、必要なものが届かなくなってる。」
「でも、世界の国同士がもっと仲良くなって、手を取り合ったら、きっとすぐに解決すると思うんだ」
「そのきっかけを作ったのはう・・・」
そこから突然ネゴの言葉が、いつもの旋律に切り替わった。
ガン子は慌てて、もう一度音声モードを切り替えた。
「みんな聞いて!今の世界を再生させるきっかけ!・・・」
瞬間、ガン子はすべて理解した。
「まぁーーーるぅーーー!!」
もうガン子がボタンを何度タップしても音声は切り替わらない。
「ガン子お前!正体をばらすつもりかよ!」
まるのメッセージがコンピュータ部のグループチャットに届く。
「音声戻せ!じゃますんな!」
ガン子が両手で高速タッチで返信する。
「漏れはないけど、変だなって思われたら厄介だぞ・・・」
サーベエも配信を見ていた。
「ネゴが久しぶりにしゃべった!」
「ネゴが世界を心配してくれている。あえてみんなに伝わるように話をしてくれたんだ」
ネゴが勝手に神格化されて、一人歩きを始めていく。
第九幕:ジャーナリスト
「まる。そう言ったわよね」
この配信を毎日楽しみに見ていたジャーナリストがいた。
江戸川るり子はカフェで配信を視聴していた。
ユースカルチャーの取材で、ネゴの存在を知った。
ネゴの言葉でも音楽でもない旋律はとても心地よく、江戸川はその日にフォロワーになった。それから、ネゴが取材の対象になっていた。
ネゴのあの中性的な顔と美しい旋律はどこから?
世界中に人気が広がって、ネゴの中の人はどう思ってるんだろう。
これまで江戸川は何度もネゴに取材依頼のメッセージを送り続けていたが、一度も返答は無かった。
江戸川自身も若い頃、バーチャルキャラクターを使って動画配信を行っていた。
人気もそこそこあった。でもやめてしまった。
配信中は夢中になれた。増えていくフォロワーという「仲間」に支えられ、自分でも驚くほどのパフォーマンスやトークができた。
イベントがあるといつも声をかけられたし、他のキャラクターとのコラボも大盛況だった。
でも配信が終わると、途端に自分の周りが静寂に包まれる。
配信の熱気が一瞬にして蒸発して、冷えてしまう。
江戸川はそれに耐えることができなくなった。
引退宣言をした後、ジャーナリストのフォロワーに声をかけられた事がきっかけで、江戸川はユースカルチャー専門誌の編集者になった。
「まる、まる、まる、まる・・・」
江戸川は地下掲示板の書き込みを追い続けていた。「まる」とはどうやら有名なホワイトハッカーらしい。
そこまでは追えた。
活躍しているホワイトハッカーに連絡を取ってはみたが、みな口は堅い。
追えば追うほど「まる」の存在は、霧に包まれたように見えなくなる。
ある日、気になるスレッドを見つけた。
「何も知らない奴らが知ったようなでたらめを書くな!」
例の世界的海運ルート遮断の起きた日の数日後のものだった。
陰謀論が飛び交う中で、その書き込みが妙に引っかかった。
江戸川には、先日のネゴの配信で語っていた言葉が心に刺さっていた。
「流通が麻痺して」
「国同士がもっと仲良くなって」
「世界を再生」
そして「まる」
江戸川は埋もれそうになっていたスレッドに書き込んでみた。接触できるかもしれない。
「書き込みをしたハッカーに会いたい」
「この間のネゴの言葉と関係がある?」
毎日何度も書き込んだが、返事はなかった。
ある日の何度目かの書き込みに、ようやく返信が来た。
「メルアドを書け」
江戸川は悩んだ。
地下掲示板は怖い。
真に受けてメールアドレスを書き込めば、どんなに危険かは知っている。
しかし用心をして捨てメールを書いたら、きっとその時点で永遠に「まる」と接触できなくなる。江戸川は決断した。
正直に会社のメールアドレスを書き込んだ。
「お願いします・・・!」
次の瞬間から、膨大なスパムメールが押し寄せてきた。
「バーカ」
スレッドにはそう書き込まれていた。
やってしまった!江戸川は、自分が騙されただけだと思った。
今頃会社のメールサーバーは、私への大量の迷惑メールで圧迫されているだろう。
「明日編集長になんて言おう・・・。」
次の日は江戸川にとって最悪の朝だった。
取引先からの画像や記事データが、メールサーバーの圧迫で届かなくなっていた。
上司に謝り、始末書を書き、自分の使っていたメールアドレスは強制的に変更された。
しかし、スパムの山の中に奇妙なメールが混じっていた。
1クレジットの送金通知が複数件。
実際に江戸川の口座に振り込まれていた。
スマホの銀行アプリからの通知、知らない誰かからの入金。
「メルアドを晒しただけなのに口座まで抜かれるなんて・・・」
恐ろしくなった江戸川は警察に相談した。
対応したのがサイバー犯罪担当の刑事、一条明彦だった。
相談室のデスクに座った一条からの一言目は、
「あなたバカでしょ。あ、失礼。」
「確かにバカですよ!でものっぴきならない理由があったんです・・・」
江戸川は一条に一部始終を詳細に伝えた。
「理由はわかりましたけど、捨てメアドで良かったんじゃないかなあ。まあ調べてみましょう」
一条の提案で、1クレジットの入金メールだけを仕分けてみる。
メールの内容を全て合わせていくと、奇妙な、しかし膨大な文字列が浮かび上がった。
暗号メッセージだった。
一条は鼻で笑った。
「実に初歩的な暗号ですよ。待っててください、解析してきますんで」
江戸川は一人、相談室に取り残された。狭い部屋の静寂。
「まるで配信が終わった後の部屋みたい・・・」
「なんですって?暗号解けましたよ」
一条が戻ってきた。
「いえ」
江戸川が恥ずかしそうに答えた。
一条が解析した中身を読み上げる。
各国が秘密裏に保有している質量兵器の情報。
それを同時に使って世界を変える「世界再生プロトコル」の概要。
「・・・だそうですよ江戸川さん。子供のいたずら。内容は小学生レベル。これでいいですか?」
「これって、ちょっと前に起きた世界の流通ルートの同時テロの事じゃないんですか?」
江戸川の問いに一条が答える
「でしょうね。でも事件や報道があった後の書き込みでしょう?やっぱりいたずらですよ。それに質量兵器って何ですか?SFじゃないんだからさあ」
「一条さん。でも、もう一つだけお願いを聞いてもらえませんか?」
「ここの掲示板の書き込み、どこから書き込まれたかわかりませんか?」
そういって「まる」が書き込んだと思われるスレッドを表示しようとネットを開いたが、すでにまるの書き込みがあったスレッドは跡形もなく消えていた。
「えーーーーー・・・」
江戸川は肩を落とした。もう、まるを追うことができない。
あまりの意気消沈ぶりに、一条は江戸川を放っておけなくなってきた。
「江戸川さん、書き込みのあった日は覚えてますか?」
「あんまり言いたくないんですけど、ああいう地下掲示板って捜査の役に立つことがあるんですよ。だからある程度過去のスレッドをアーカイブする試みが署内でありまして・・・」
「私の提案なんですよ」
ほんの少し、誇らしげに語る一条。
江戸川は目を見開いた!
「残ってるんですか?!」
「いや、もしかしたら、ですよ?」
一条は前のめりの江戸川を静止した。
「わかるかどうか、保証はできませんからね・・・」
暗号の内容は確かに荒唐無稽すぎた。
高校生が世界中の衛星兵器を操った?
そんな報道、ハッキング被害の報道だって一切ない。
偶発的な事故、あるいはテロリストの犯行。
現に一部テロ組織が便乗して犯行声明まで出している。
しかし江戸川は、ネゴを追う過程で「まる」というホワイトハッカーと、ネゴの「世界を再生」という言葉を重ねた。
「世界再生プロトコル。世界を仲良くさせる・・・」
それから数日かかったが、解析の結果、発信元が浮かび上がった。
『班目高校』
江戸川は取材に行くと言ったが、一条は動かなかった。
まだ「ただのハッカーのいたずら」としか見ていなかった。
第十幕:空になった部室
部室にはもうガン子と湯川しかいない。
この日、湯川から、セブンが入院してしまった事を聞いた。
「いったい部に何があった?」
ガン子は固まった。椅子にへたり込んだ。
そしてガン子は湯川に全てを話した。
あの日決行した世界再生プロトコルの第一段階。その経緯の全て。
「正直驚いたなあ。お前たちがここで世界を動かしたのか」
「違うよ五郎ちゃん。こんなに世界中が困ってるのに、ちっとも動かなかったんだ。世界は1ミリだって動いてない。ただ騒いだだけ」
「嘘ばっかりを最もらしく報道してるだけ。どの国も事実を隠して知らん顔してる」
「メディアは勝手に犯人像を想像して面白おかしく伝えてるだけ」
「被害に遭った人たちを、これでもかってくらい映して、映して」
「セブンを壊して、うちらの部を、みんなを引き裂いただけだった!」
「大人はずるい!真実を伝えないでやり過ごそうとするし、自分の得に変えようとまでする!」
湯川は答えた。
「そうだな。世界は厳しくて醜いかもしれない。でもこの事件で被害に遭った人たちは現実にいる」
ガン子
「ほとんどフェイクじゃんか!うちらのした事で犠牲になった人はもっと少ないよ!」
湯川
「でもなガン子、ゼロじゃないだろう?お前たちがした事って、生涯大きな責任がついて回る大事件だよ。それは受け止めないといけないんだ。そうしないと、お前が非難した奴らと同じ大人になってしまう。いいのか?ガン子!」
「それは、嫌だーーー!」
泣き崩れるガン子。
ネゴが同期して泣いている。残酷なくらい美しい旋律を奏でて。
感動と心配の、投げ銭の音が鳴り止まない。
湯川は続ける。
「俺は顧問だろう。お前たちがしでかしたことに、すべての責任を負うつもりだよ」
「そんな大人がいるもんか。大人はみんな口だけだ。うちらの手はもう、真っ赤なんだ」
湯川はガン子に語り続ける。
「わかった。先生は、十代のお前たちにそこまでさせた大人を代表して謝る。こんな世界にして申し訳ない」
「すべて先生に言われてやった事だと言えばいい」
ガン子の顔は涙でくしゃくしゃだった。
つけまが半分取れて、メイクが黒い涙になって落ちていた。
「そういう綺麗事が大人のズルさなんだよ。五郎ちゃんみたいなやつらが世界を動かすから、まとまんないんだよ」
湯川はゆっくりと息を吸って、何かを決断するように言った。
「だったら最後までやりきってしまえ。どんな結果であっても俺はお前たちを称賛してやる」
「俺が育てた天才たちが世界をここまで動かしたんだって自慢して回ってやる」
「どんなに恨まれたって、はねのけて声を上げ続けてやろうじゃないか」
「俺の部員たちは世界最高だって、死ぬまで言い続けてやる!」
「どうだ!」
「・・何言ってんだよ、五郎ちゃん、自分が育てた、っていうつもりかよ」
「そうだよ?俺が育てたって一生自慢してやる」
ガン子は泣きながら笑った。
「うちらは『先生』に育てられてないって」
それからほどなく、班目高校に警察からの電話があった。
第十一幕:江戸川、班目高校へ
江戸川るり子は班目高校を訪ねていた。
「まる」というニックネームの生徒を探していると伝えた。
対応したのは湯川五郎だった。
湯川はコンピュータ部の部室に江戸川を案内した。
部室には誰もいなかった。モニターだけが光っている。
ネゴが待機状態で静かに踊っている。
湯川は江戸川に話した。
自分の教え子たちが何をしたのかを。
ガン子が泣きながら全てを打ち明けたこと。
世界再生プロトコルのこと。
仲間が一人ずつ去っていったこと。
セブンが壊れてしまったこと。
江戸川は黙って聞いた。そして言った。
「実は私も昔、ガン子ちゃんみたいに配信をしていた事があるんです。自分で言うのもおかしいですけど、結構人気があって」
「でも配信が終わった後の、一人取り残されたような静けさに耐えられなくなって、引退しました」
「ガン子ちゃんは幸せですね。配信が終わっても、湯川先生や仲間がいるんですから」
湯川が返事をする。
「ええ、そうです。俺がこの教室で奴らの居場所を作って、育ててやったんです。すごいでしょう?」
「本当に、すごいと思います」
「でもガン子に言われましたよ。育ててもらってない!って」
「ガン子ちゃんなりの愛情表現じゃないんですか?」
「どうだか」
「湯川先生。私は思うんです」
江戸川は真剣な顔で続けた。
「私たち大人は恥じなければいけない。恥じて、あの子たちに謝らないといけない」
「彼らのしたことは許されることではないけど、その純粋な願いを世界中の大人たちは自分の利益に変えようとしています」
「そんな大人の姿を、子供たちはどう受け取ったのか。絶望しているかもしれないじゃないですか。彼らに会えたら、私は、まず謝りたい」
湯川は口を開こうとしたが、江戸川は話を続けた。
「そして救ってあげたいと思います」
江戸川の言葉に、湯川は安堵した。
「俺は先に謝りましたよ。そして生涯、あいつらの味方になってやります」
江戸川はガン子に会って話を聞きたいと言った。
湯川は答えた。
「あなただったら安心だ。ガン子も会ってくれるでしょう。あいつは部のみんなに会いに行きました。後を追いますか?」
「ありがとうございます!」
江戸川は急いで学校を後にした。
見送る湯川。そしてつぶやいた。
「顧問として何か、あいつらにしてやらないとな。できる事は時間稼ぎくらいだろうか」
湯川は急いだ。
自分のスマホを手に取り、部室のPCに保存されているネゴの配信アーカイブをダウンロードする。
それをスマホで自動再生できるようにセットし、裏山の電波塔のそばに置きに行った。
そして学校に戻った。職員室の自分の席に座り、警察が来るのを静かに待った。
第十二幕:巡礼
ガン子はマキナの家の前に立っていた。
呼び鈴を押す。ドアが開き、中に入る。
数十分して、ガン子は一人で出てきた。
その手には赤い液体がまだらに付着していた。
もう一方の手にはコンビニのレジ袋。
何か丸いものがころころと袋の中で転がっている。
レジ袋の底に、赤い液体がじわりとにじんでいた。
マキナの家の外で、ガン子は江戸川と会った。
「ガン子ちゃん?」
ガン子はギラギラと、異様に据わった眼をしていた。
「あんた、誰」
江戸川はガン子の眼力に圧倒された。声が震えそうになるのをこらえて、頭を下げた。
「湯川先生から全て聞きました。あなたたちが見てきた大人の狡さに対して、その大人の代表として、ジャーナリストとしても謝罪させてください」
「なんだよそれ、どうでもいいよ。ジャーナリストのあんたが世界を変えてくれんの?」
言い返せない江戸川。
「それでも、見届けないといけない」
「うちらがこれからやることを見て、どうするの?まさか止めようっていうんじゃないよね」
「まだわからない。でも最後まで見届けたい。あなたたちを止めてはいけない気がする。止める言葉も見つからない」
「いいよ。じゃあ、見届けて。ついてきなよ」
ガン子の後ろをついていく江戸川。
何とかコミュニケーションを取りたいが言葉が見つからない。
「あの、ネゴの中の人って、ガン子ちゃんよね?私ね、昔おなじことしてたの。あなたほどじゃなかったけど、結構人気もあって」
次の家。サーベエ。
入って、出てくる。
手の赤い付着物が増え、レジ袋が膨らんでいく。江戸川の顔がこわばる。
「で、でもね、配信が終わると急に部屋が静かになって、ひとりぼっちになって、それがつらくなっていって・・・」
次の家。まる。
入って、出てくる。
レジ袋はさらに重くなっている。
手の赤みも目立ち始めた。
「は、は、初めて観た配信で、ネゴの歌うような旋律が心に刺さって、本当にすごい!って思って。それで何回も取材の申込したんだけど返事が無くて・・・」
江戸川は恐怖で震えながら、無言でガン子の後をついて歩くしかなかった。
移動の途中、ガン子がスマホを取り出す。
赤い手の親指と薬指で挟むように持ったスマホの画面にはネゴのライブ配信が映っている。
「あの、それ、ガン子ちゃんが配信してるの?」
「違うよ」
「普通に言葉を話してるじゃん。これは古いネゴ。きっと五郎ちゃんの仕業だよ。時間稼いでくれたんだ」
ガン子はスマホの画面を見つめた。
「『先生』、ありがと」
第十三幕:一条、動く
湯川の元に一条明彦がやって来た。
政府の極秘連絡が署に届いていた。
まるの暗号メッセージに記されていた内容は真実だった。
世界再生プロトコル。
高校生が世界中の衛星兵器を操った。
荒唐無稽だと切り捨てた話が、現実だった。
一条は湯川に捜査への協力を求めた。
湯川は抵抗なく答えた。そして部室のモニターを見せた。
ネゴがライブ配信をしている。
「部員は全員、このライブ配信場所に集まっています」
一条は感謝を述べ、発信元の特定に動いた。裏山の頂上、電波塔。
捜査員を一斉に向かわせる。
「後で署に来てもらいます」
直後、一条の足が止まった。何かを考え、そして湯川にむけて
「・・・子供がこんなことをしたって、世界は変わりませんよ」
「そうですかね。もしかしたら、変わるかもしれませんよ?あなただって今、立ち止まった」
「私は組織の人間です。認めるわけにはいかない!それだけは言っておきます」
一条が去った後、湯川は部室に戻った。
「先生もお前たちの仲間になれたかな」
第十四幕:面会室
病院。
江戸川が取材として面会の許可を取った。
時間は30分。
面会室に三人が集まる。
ガン子、江戸川、そしてセブン。
セブンは何の反応も示さない。
目の前にいるのに、どこにもいないような顔をしている。
ガン子
「セブン、うちらがやった事は間違ってなかったと思うんだ。だからもう一度、プロトコルを発動させようよ」
江戸川が声をかける。
「ガン子ちゃん」
「記者さんは黙って!見届けるって言ったじゃん。だから連れてきたんだ」
ガン子はレジ袋の中身を取り出し始める。赤く染まった丸いものを、一つずつ、セブンの前に並べていく。
「みんなの目玉をくり抜いて網膜を集めて来たよ。うちとセブンの二人分と合わせて、ここでプロトコルを発動できる。セブン、二人でやり遂げるんだ!」
名前を呼びながら並べていく。
「これはまるのぶん」
「マキナのぶん」
「サーベエの」
江戸川は目の前の出来事に、時折白目をむいて、気を失いそうになっていた。
セブンの顔が歪み、口から絶叫が吹き出た。
「ガン子!お前そこまでして、仲間を犠牲にしてやる事かよ!世界は動かなかったんだ!」
「そうだよ、後戻りできない事をうちらはやったんだ。自分だけこんなところに逃げてどうするんだよ!」
「うるさい!僕は逃げてなんかない。仲間を傷つけたお前を絶対許さないぞガン子!僕は……」
声が聞こえた。
『やっと戻ってきた』
『ここまでやったんだから、最後までやり遂げようぜ』
『ガン子の言う通りだと思うよ』
仲間の声。スマホ越しから。
セブンがガン子を見る。
ビシャッ。赤い液体がセブンの顔にかかった。
「……ケチャップ」
「騙されたー。セブンは真面目すぎるんだよ。でもそこが、大好き」
ガン子はテーブルの目玉を一つ手に取って口に放り込んだ。しばらくころころ転がして、上手に舌の上においてセブンに見せる。
ケチャップに浸した、飴目玉。
「ちくしょう・・・ほんとに、何しでかすかわかんないよな、ガン子」
セブンが笑った。
ガン子は涙を目に貯めて、親指と薬指でスマホをつまむように持ち、画面をセブンに向けた。
画面には眼帯をつけた三人。マキナ、まる、サーベエ。
一斉に眼帯を外して手を振る。
後ろで湯川が優しく笑っている。
「部長のお戻りだな。お前たち、顧問に内緒でとんでもないことやりやがって」
「届けは出したじゃないですか先生」
セブンがしっかりとした声で答えた。
セブン
「みんな、おかえり」
ガン子
「は?それはこっちのセリフじゃんか」
「ガン子には言ってないよ。おかえり、マキナ、まる、サーベエ」
最終幕:トリガー
山頂の電波塔。警察はあっけにとられていた。
湯川が置いたスマホを手に取った一条。
ネゴの偽物の配信を終了させた。
「一応、鑑識に回しておいてください。」
ああ、と振り返る一条。
「ちょっと待ってください。ライブ配信のアドレス探すの面倒なんで。貸してもらえます?」
一条は湯川のスマホを触り、ネゴのライブ配信アドレスを見つけてアクセスをした。
ネゴがうれしそうに踊り始めていた。
一条は、ふん。と鼻で笑った。
「結局子供たちの顔も名前も、私達はまだ知らないままだ」
一条はネゴの幸せそうな表情を見て、もう一度鼻で笑ってみせた。
病院の面会室。
セブンがしっかりとした声で言った。
「もう一度、世界再生のための次のプロトコルを発動する。発動ナンバーは僕に一任してくれる?」
「もちろん。セブンを信じてるよ。世界はきっと再生する。絶対に仲良く手を取り合うようになるよ」
「任せた」
「いいよ」
「コードは洗い直しておいた。保証する。絶対に止まらない」
江戸川
「始まるのよねガン子ちゃん。私、何が起きても最後まで見届けます」
ガン子は江戸川にウィンクを投げる。
セブン
「今度こそ世界を。これ以上壊すものは、無い」
セブンとガン子は頬を寄せあってスマホに顔を向ける。
部室のマキナ、まる、サーベエもそれぞれのスマホに顔を向けた。
湯川
「先生の網膜、要らないんだよな」
「大人は黙って見てなって。でも警察を巻いてくれたお礼に、掛け声だけなら参加してよし!記者さんもいいよ!」
江戸川の緊張が一気にほどける。
「ありがとう」
ネゴの配信が切り替わる。旋律が止まり、ガン子の声がそのまま世界に届く。
「今からすごいことが起きるから、みんなでいうよ!」
コメント欄が爆発する。世界中のフォロワーが画面の前で身を乗り出す。
「3」
「2」
「1」
「トリガー!」
完




