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婚約破棄された悪役令嬢は、役割を与えられない場所で静かに生きる 〜尽くしても報われなかった私を、理由も聞かずに受け入れてくれる領がありました〜  作者: 東雲透


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第95話 六年目の影

 綻びは、小さな数字から始まった。


 北方航路、第二便。


 予定より三日遅延。


 理由は単純だった。


 季節風の変化。

 氷塊の流入。


 珍しいことではない。


 だが問題は別にあった。


 財政統合案では、保険料削減を前提に再編が進められている。


 緩衝資金も圧縮予定。


 つまり。


 “遅延は想定内だが、余裕は想定外”。


 王城財政室。


「遅延による追加費用は軽微です」


 若手官僚が報告する。


「現在の枠内で吸収可能」


 確かに。


 今は、まだ問題ない。


 第二王子は穏やかに頷く。


「想定内だ」


「速やかに処理せよ」


 迅速。


 迷いがない。


 だが私は資料を見つめる。


 遅延三日。


 吸収可能。


 だが。


「この追加費用は、どこから補填しましたか」


 官僚が答える。


「価格安定枠の予備費から」


 私は静かに息を吐く。


 予備費。


 余白。


 削る前に、既に使われている。


「三日でこれなら、十日なら」


 若手貴族が言う。


「十日は起きない」


 第二王子が即答する。


 断定。


 強い。


「北方は熟練している」


「確率は低い」


 確かに、低い。


 だがゼロではない。


 将軍アルドリックが低く言う。


「戦場では、低確率が命を奪う」


 室内が静まる。


 私は資料を差し出す。


「五年計画では、予備費は年々圧縮されます」


「六年目、同規模の遅延が起きた場合、吸収枠は半減」


 沈黙。


「さらに東方商団が同時に保険料を引き上げれば」


 数字が重なる。


 小さな歪み。


 だが現実的。


 第二王子は私を見る。


「可能性の積み重ねだ」


「国家は最悪を想定して動くべきです」


 私は揺れない。


「速さは否定しません」


「ですが速さは、重なった不運に弱い」


 宰相が言う。


「不運を前提にすれば、何も動けぬ」


「いいえ」


 私は首を振る。


「不運を想定するからこそ、動ける」


 沈黙。


 若手貴族の一人が小さく呟く。


「六年目…」


 その言葉が、残る。


 会議は結論を出さずに終わる。


 廊下で、第二王子が立ち止まる。


「あなたは未来を武器にする」


「未来は必ず来ます」


「だが民は今を求める」


「今を守るために、未来を削ってはならない」


 一瞬の静寂。


 彼の微笑みがわずかに薄れる。


「あなたは私の計画を恐れている」


「いいえ」


「余白を失うことを恐れています」


 彼は何も言わずに去る。


 小さな遅延。


 小さな補填。


 だがそこに影がある。


 六年目。


 まだ誰も見ていない。


 だが私は見ている。


 速さは美しい。


 だが美しさは、長く続かない。


 天秤はまだ傾いている。


 だが、わずかに揺れ始めた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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