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婚約破棄された悪役令嬢は、役割を与えられない場所で静かに生きる 〜尽くしても報われなかった私を、理由も聞かずに受け入れてくれる領がありました〜  作者: 東雲透


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第92話 北方の静観

 北方からの書簡は、朝一番に届いた。


 封蝋は青。


 海洋同盟の紋章。


 王城外交室の空気が重くなる。


 ルシアンが読み上げる。


「王国の統治体制が不安定であるとの報に接した」


「ついては、現行交易条件の一部見直しを協議したい」


 静かな文面。


 だが意味は明確だ。


 値上げ。


 保険料増額。

 積載保証条件の厳格化。

 緊急条項の再定義。


 王城内がざわめく。


「様子見ではなかったか」


 若手貴族が声を荒げる。


 宰相は冷静だ。


「北方は常に合理的だ」


「不安定な相手には、条件を厳しくする」


 第二王子は目を伏せる。


 動揺は見せない。


「交渉すればよい」


 即答。


「迅速に使節を送り、条件を整理する」


 速い。


 迷いがない。


 若手貴族が頷く。


 だが将軍アルドリックが低く言う。


「足元を見られている」


 室内が静まる。


 王太子が私を見る。


 私は一歩前に出る。


「北方は揺れを観測しています」


「今すぐ条件を飲めば、今後も揺れるたびに再交渉されます」


 宰相が言う。


「拒否すれば交易が止まる」


「いいえ」


 私は首を振る。


「北方も依存しています」


 地図を広げる。


「彼らの鉱物は我が国の加工技術なしでは利益が減る」


 相互依存。


 第二王子が言う。


「ではどうする」


 視線が集まる。


「即答しない」


 室内がざわつく。


「時間を置き、内部体制を整えたうえで交渉する」


「焦れば条件は悪化します」


 第二王子は静かに返す。


「時間は信用を失う」


「速さは信用を得ます」


 対立が再び浮かぶ。


 私は言う。


「速さは一度の信用を得ます」


「だが不安定な速さは、二度目の信用を失います」


 沈黙。


 ルシアンが資料を閉じる。


「北方は“観測”している」


「誰が実質的に握るのか」


 王太子か。


 第二王子か。


 国家が分裂するのか。


 その答えを待っている。


 王太子が口を開く。


「使節は送る」


「だが即時譲歩はしない」


 第二王子は反論しない。


 だがその目は鋭い。


「停滞は避けるべきだ」


「停滞ではありません」


 私は言う。


「安定を示すのです」


 会議が終わる。


 廊下で、カイウスが隣に立つ。


「あなたは常に待つ」


「崩れないために」


「私は進む」


「止まらないために」


 一瞬の沈黙。


「北方は試している」


 彼が言う。


「我々を」


「ええ」


「では、試させておけばいい」


 私は答える。


「揺れないことを見せればいい」


 彼は小さく笑う。


「あなたは強情だ」


「国家はもっと強情であるべきです」


 外では風が強い。


 北方は条件を吊り上げた。


 第二王子の“速さ”は今、試されている。


 王太子の“枠”もまた、試される。


 国家は外からも内からも揺れている。


 だが、まだ崩れてはいない。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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