第91話 算盤の音
王城財政評議室。
宰相ベルフォードは静かに帳簿を閉じた。
「数字は感情を持たない」
低い声。
「だが無視もできない」
室内に並ぶのは、最新の収支報告。
港再稼働。
監査制度導入。
緊急決裁枠整備。
すべてが同時進行だ。
「王の療養が長期化すれば、追加支出は避けられぬ」
宰相は淡々と続ける。
「軍備維持費」
「北方交易保険費」
「価格安定枠の補填」
若手貴族が顔を見合わせる。
「集中決裁で一括管理すれば、無駄を削減できる」
宰相の視線が第二王子に向く。
カイウスは穏やかに言う。
「合理化は必要だ」
「財政は国家の血流」
王太子は沈黙を保つ。
宰相がさらに一枚、紙を差し出す。
「現行の分散管理では、責任の所在が曖昧」
「統合管理の方が透明だ」
室内の空気が傾く。
“透明”という言葉は強い。
私は資料に目を落とす。
数字は正しい。
短期的には、集中管理の方が効率的だ。
第二王子が言う。
「緊急時に分散は遅い」
「遅さは損失だ」
若手貴族が頷く。
優勢だ。
論理も数字も、今は彼らにある。
王太子が口を開く。
「長期試算は」
宰相は即答する。
「短期安定を優先すべきだ」
未来より今。
民衆も、今を求めている。
会議が終わる。
廊下で辺境伯が低く言う。
「押されているな」
「ええ」
私は静かに答える。
「数字は正しい」
「だが?」
「前提が短い」
私は立ち止まる。
資料を見返す。
財政合理化案。
支出削減は三年計画。
三年。
短い。
北方交易の安定には五年を要する。
軍備再編も同様だ。
「速さは今を整えます」
「ですが」
私はページをめくる。
「失敗時の緩衝資金が削られている」
そこに気づく。
集中管理は効率的。
だが余白が消える。
余白がなければ、事故は即崩壊。
夜。
私は王太子宮を訪れる。
レオンハルトは既に報告を受けていた。
「財政統合案は強い」
「ええ」
「民も支持するだろう」
彼は静かに言う。
「だが」
私は資料を差し出す。
「緩衝資金が削られています」
「北方が条件を再交渉した場合、耐えられません」
沈黙。
彼はゆっくりと目を通す。
「短期最適化か」
「長期持続か」
私は頷く。
「集中は効率的です」
「ですが、効率は余白を削ります」
彼は小さく息を吐く。
「第二王子は速い」
「はい」
「だが速さは余白を嫌う」
窓の外、王都の灯りが揺れる。
第二王子は今、優勢に見える。
数字も理屈も彼に味方している。
だが私は知っている。
国家は、余白で持つ。
余白がなければ、崩れる。
問題は、誰が速いかではない。
速さに、余白を残せるか。
静かに、戦いは次の段階へ進んでいた。
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