第83話 静かな対話
王太子宮。呼び出しは簡潔だった。
「殿下がお会いになりたいと」
部屋に入ると、レオンハルトは一人だった。儀礼は最小限。
「座れ」
向かい合う。沈黙が続く。
「均衡を動かしたな」
彼が言う。
「動いたのは構造です」
私は答える。彼はわずかに目を細める。
「戻らなかった理由は、それか」
過去に触れてきた。この人が自分から触れるのは、珍しい。
「戻れば楽でした」
「だが、楽は持続しません」
静かな会話だった。声を荒げれば負ける、と互いに分かっている。
「王都は強い」
彼は言う。
「だが硬い」
「辺境は柔らかい」
「だが脆い」
「ならば」
私は続ける。
「結べば良い」
一瞬の沈黙。
彼は微かに笑った。
「お前は昔から、計算が速い」
個人的な言葉。だが甘さはない。
「感情で動いてはいないな」
「はい」
「それでいい」
彼は立ち上がる。
「王国は変わらぬ」
「だが、組み替えは必要だ」
視線が真っ直ぐ向く。逸らさないことが、この人の謝り方なのだと思った。
「今後も王都と対話せよ」
「敵になるな」
「味方にもなるな」
それは、対等宣言だった。味方でも敵でもない場所を、彼のほうから示した。
「承知しました」
立ち上がる。
去り際、彼は言う。
「婚約の件」
一瞬だけ空気が止まる。
「過去だ」
それだけ。謝罪も弁解もない。だが、整理はされた。私は一礼する。
「ええ」
それで終わり。恋愛にはならない。思想の確認だけ。廊下に出ると、息が軽い。
宰相は沈黙している。
沈黙している相手の分だけ、こちらの帳簿には空欄が残る。
空欄は、いつか誰かの名前で埋まる。
その名前を書くのが自分になるとは、このときの私は思っていなかった。
呼び出す側が用件を言わないとき、用件はたいてい相手の名前そのものです。




