第80話 二重経路の意味
公開協議、第二日後半。空気はまだ宰相派に傾いている。完全自立ではない。王都信用枠に依存する可能性。
痛い指摘だった。だが。私は視線を軍部席へ向ける。
「将軍アルドリック殿にお尋ねします」
広間がざわめく。アルドリックは腕を組んだまま、ゆっくりと立ち上がる。
「何だ」
低い声だった。問いの形をしているが、確かめに来ている。
「王都封鎖が発生した場合、辺境物流はどうなりますか」
ざわめきが止まる。ルシアンの目がわずかに細くなる。
「仮定の話だ」
「備えは仮定から始まります」
昨日と同じ言葉。だが今度は軍部に向けている。アルドリックは地図を指す。
「王都が止まれば、内陸物流は麻痺する」
「だが北方港が動いていれば、外洋経路は維持可能」
重い声。現実を知る者の声。
「戦時に一本化された経路は危険だ」
広間が静まり返る。戦時、という言葉が卓の上に残っていた。
ルシアンが口を開く。
「戦時を前提に国家を動かすのか」
「戦時を想定しない国家は滅ぶ」
アルドリックの一言。空気が揺れる。
私は続ける。
「二重経路は、自立のためではありません」
「保険です」
ゆっくりと言葉を置く。急ぐと、保険は言い訳に聞こえる。
「王都信用枠は移行期の緩衝材」
「長期的には依存度は下がります」
帳簿を開く。頁を繰る音だけが響いた。
「こちらが五年計画」
ざわめき。
「港安定後、王都経由との比率は六対四に」
「完全断絶はしません」
統制を否定しない。共存。
ルシアンが問い返す。
「だが王都の影響力は弱まる」
「弱まりません」
即答する。
「調整役としての価値は増します」
視線が王太子に向く。彼は無言。だが聞いている。
「統制は強い」
「ですが」
一呼吸置く。
「持続は分散にあります」
昨日と同じ言葉。だが今は重みが違う。軍部の裏付けがある。
アルドリックがはっきり言う。
「軍としては、二重経路を支持する」
決定的。広間の空気が変わる。宰相ベルフォードがゆっくり立ち上がる。
「国家は軍だけではない」
だが声は硬い。完全優位ではなくなった。ルシアンが私を見る。冷静。だが認めている。
「……理論としては成立する」
それは事実上の評価。王太子が立ち上がる。
「十分だ」
静かな声だった。断じるでもなく、譲るでもない。
「統制は維持する」
「だが分散を排除しない」
判断はまだ下さない。
だが方向は見えた。
私は深く息を吐く。
広間を出るとき、書記官が私の名を聞きにきた。
記録に残す欄が、一つ足りないのだという。
書記官が名前を聞きにくる場面で、この物語の後半が半分決まりました。
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