第69話 最初の船
朝の港は、異様な静けさに包まれていた。
修繕は終わった。
桟橋は補強され、倉庫は整い、帳簿も準備されている。
あとは――来るかどうか。
水平線は薄く霞んでいる。
領民が、少しずつ集まっていた。
「本当に来るのか」
「北方は約束を守るのか」
不安と期待が混ざる。
私は桟橋の先に立つ。
辺境伯が隣にいる。
言葉はない。
ただ、並ぶ。
風が強い。
波が白く砕ける。
そのとき。
「……あれは」
誰かが指さした。
遠く、帆が見える。
小さい。
だが確かに、こちらへ向かっている。
ざわめきが広がる。
帆は一枚ではない。
二枚。
北方海洋国家の紋章。
青と白の交差旗。
鼓動が速くなる。
私は目を離さない。
船は近づく。
ゆっくりと。
確実に。
桟橋に横付けされる。
縄が投げられ、係留される。
北方の船長が降り立つ。
「契約通り、第一便だ」
低い声。
積み荷は塩と鉄材、魚油。
量は試験規模。
だが。
足りる。
十分に。
市場が息を吹き返す。
「本当に来た」
「値が戻るぞ」
商人たちが動き出す。
ガルドが帳簿を確認し、私を見る。
ゆっくりと、深く頷く。
「……成立だ」
短い一言。
それは承認。
私は静かに息を吐く。
辺境伯が言う。
「よくやった」
それだけ。
称賛でもない。
誇張もない。
だが、重い。
私は首を振る。
「皆が動いたからです」
嘘ではない。
港は、私一人で動かしたわけではない。
整えただけだ。
船の鐘が鳴る。
その音は、港に響き渡る。
閉ざされていた場所が、完全に息を吹き返した。
王都の圧は消えていない。
だが。
削るだけでは止まらないと、示した。
私は海を見る。
水平線は広い。
王都だけが世界ではない。
選んだ場所は、狭くない。
動ける。
守れる。
港の上で、風が強く吹いた。
それは、追い風のようだった。
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