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婚約破棄された悪役令嬢は、役割を与えられない場所で静かに生きる 〜尽くしても報われなかった私を、理由も聞かずに受け入れてくれる領がありました〜  作者: 東雲透


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第65話 あなたが戻れば

 夜の執務室は、灯りが少ない。


 帳簿を閉じたところで、ノックの音がした。


「入れ」


 扉を開けたのは、ガルドだった。


 昼間の会議とは違う、静かな顔。


「少し、話がある」


 私は席を立つ。


 辺境伯は何も言わず、二人を残して退室した。


 試されているのは、私だと分かっている。


 ガルドはしばらく沈黙したまま、窓の外を見た。


「港は動く」


 低い声。


「数字も、理屈も通っている」


 私は頷く。


「だがな」


 彼は振り返る。


「王都は、さらに締める」


 言い切る。


「港に兵を送ることはない。だが、関税を上げ、検査を厳しくし、噂を流す」


 じわじわと削る。


「領民は不安になる」


「商人は怯える」


「冬が近づけば、揺らぐ」


 正しい。


 反論できない。


 ガルドは一歩近づく。


「あなたが戻れば、終わる」


 静かな一撃。


 胸の奥が、かすかに痛む。


「王都は面子を保てる」


「辺境伯は圧を受けずに済む」


「領民も安心する」


 理屈としては、最短解。


 私一人が戻れば。


 私は目を伏せる。


 かつての私なら、迷わなかった。


 犠牲になることは、選択ではなく義務だった。


 でも。


「……戻れば、楽ですね」


 小さく言う。


 ガルドは黙る。


「でも」


 顔を上げる。


「楽だから、選ぶわけではありません」


 静かな声。


 震えはない。


「戻れば解決する問題は、また別の形で戻ります」


 王都は味を占める。


 圧が通じると知る。


「私は、解決策ではありません」


 はっきりと言う。


「ここを守るなら、構造を変えなければ」


 ガルドの目が細くなる。


「強くなったな」


「弱くなったままです」


 私は小さく笑う。


「でも、逃げません」


 沈黙。


 長い沈黙。


 やがて、ガルドは息を吐く。


「……分かった」


 短い言葉。


「試す価値はある」


 彼は扉へ向かう。


 去り際に言った。


「だが、覚悟はしておけ」


「王都は、簡単には引かん」


「はい」


 分かっている。


 扉が閉まる。


 静かな部屋に一人残る。


 戻れば終わる。


 でも、それは“選ばれる側”に戻ること。


 私は、選ぶ側でいたい。


 灯りを消し、窓の外を見る。


 港はまだ暗い。


 けれど。


 明かりは、つき始めている。


 揺れはあった。


 でも、折れなかった。


 それだけで、十分だった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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