第59話 止まる便
予定されていた便は、ついに到着しなかった。
三日遅れが、一週間になる。
倉庫の空気が、少しだけ変わっていた。
「……次の便も止まっているようです」
倉庫番の声が、いつもより低い。
私は帳簿を閉じる。
数字は嘘をつかない。
穀物は、まだ余裕がある。
布地も、すぐに困る量ではない。
だが。
薬草が足りない。
冬に向けて備蓄していた分が、想定より減っている。
「代替のルートは?」
「山道は危険が増えています。盗賊が出るとか」
偶然が、重なりすぎている。
午後、執務室で報告が上がる。
「王都の関所で、辺境伯領向けの荷のみ再検査が行われています」
補佐官の声は冷静だが、空気は張っている。
「理由は」
「税率の見直しだそうです」
名目は正当。
だが、対象が限定されている。
辺境伯は机に指を軽く置く。
「抗議は」
「証拠がありません。検査自体は違法ではない」
露骨ではない。
だが、確実に効く。
物流は、血流だ。
止まれば、末端から弱る。
「民の様子は」
「まだ動揺はありません」
まだ、だ。
私は、会議の端で静かに聞いている。
王都は、力で奪わなかった。
代わりに、削る。
静かに。
確実に。
夕方、市場を歩く。
商人たちの声は、いつもより少しだけ張りがない。
「入荷が遅れてましてね」
「値が上がるかもしれません」
小さな不安が、芽のように出始めている。
私は、立ち止まる。
ここを選んだ。
静かな場所だと思った。
でも。
静かであることは、守られていることとは違う。
守る側が、必要になる。
城館に戻ると、辺境伯と廊下で会う。
「市場の様子は」
先に問われた。
「まだ、混乱はありません」
「そうか」
短い応答。
だが、視線は鋭い。
彼は気づいている。
これは偶然ではない。
私は、胸の奥でひとつ決める。
便利であることは、幸せではない。
そう言った。
でも。
ここが揺らぐなら。
整えることを、ためらう理由はない。
止まった便は、ただの物流ではない。
この場所の“選択”を試す、最初の揺れだった。
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