第58話 減り始めたもの
最初に気づいたのは、帳簿の数字だった。
私はいつものように倉庫の在庫記録を確認していた。
穀物。
布地。
薬草。
鉄材。
どれも、減りが早い。
消費が増えたわけではない。
入荷が、遅れている。
「この便は、まだですか?」
倉庫番に尋ねる。
「予定では三日前に到着しているはずですが……」
彼は困ったように頭を掻いた。
「途中で足止めを食らっていると聞きました」
「足止め?」
「王都側の検査が厳しくなったとか」
検査。
名目は、治安維持か、税の確認か。
珍しいことではない。
けれど、同時期に複数の便が遅れている。
偶然とは言い難い。
午後、執務室。
補佐官が報告を上げていた。
「交易量が、今月に入って一割減少しています」
「原因は」
辺境伯の声は落ち着いている。
「明確ではありません。ただ、王都側の関所での検査強化が影響している可能性が」
王都。
その言葉に、私は視線を上げる。
偶然だろうか。
特使が帰った直後だ。
報復。
というには露骨すぎる。
だが、圧力としては十分だ。
「他領との交易は」
「通常通りです」
つまり。
対象は、ここだけ。
辺境伯は、表情を変えない。
「様子を見る」
短い指示。
焦らない。
騒がない。
それが彼のやり方だ。
会議が終わり、私は廊下に出る。
胸の奥に、かすかなざわめき。
王都が、直接手を伸ばさなくても。
別の形で、揺らすことはできる。
私は中庭に立ち、森を見つめる。
静かな場所。
守りたいと、思った場所。
守れるだろうか。
私は、深く息を吸う。
まだ、危機ではない。
ただの違和感。
けれど。
減り始めたものは、数字だけではない気がした。
静けさが、ほんの少しだけ揺れている。
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