第57話 選ばれたのは、私だった
朝の光が、やわらかく床を照らしていた。
窓を開けると、森の匂いが流れ込む。
いつもと同じ朝。
けれど、胸の奥に残る感覚が、少しだけ違う。
私は、昨日の言葉を思い出していた。
「ここにいたい、と思っています」
口にしたとき、不思議と震えはなかった。
宣言ではない。
けれど、逃げでもない。
私は、王都を拒絶したのではない。
ここを選んだ。
その違いが、ようやく分かる。
王都では、常に選ばれる側だった。
婚約者として。
補佐として。
都合のいい調整役として。
評価され、必要とされ、役割を与えられる。
それは、選ばれているという形だった。
でも今は。
私は、誰かに選ばれてここにいるわけではない。
辺境伯が庇護したからでもない。
王都が手を引いたからでもない。
私が、ここを選んだ。
その事実が、胸の奥で静かに根を張る。
廊下を歩く。
使用人たちが挨拶をする。
役職名ではなく、ただの呼びかけ。
「おはようございます」
私は、微笑んで返す。
名前を強く呼ばれない。
役割を背負わされない。
それでも、ここにいる。
それは、誰かの厚意ではなく、私の意思だ。
中庭に出る。
光が葉を透かし、風が静かに通り抜ける。
王都の地位は、きっと今も用意されている。
名誉も、回復の場も。
あれらは、私を選んでくれている。
でも。
私は、それを選ばなかった。
選ばれなかったのではない。
選ばなかった。
その違いは、驚くほど大きい。
執務室の前で立ち止まる。
扉の向こうには、変わらない日常がある。
私はノックをし、入る。
辺境伯と目が合う。
いつも通りの頷き。
それだけで、十分だ。
私は、選ばれたからここにいるのではない。
私が選んだから、ここにいる。
胸の奥で、その言葉が静かに響く。
理由は、いらない。
証明も、いらない。
私は、ここを選んだ。
そして。
その選択は、誰にも奪われていない。
窓の外で、森が揺れる。
光が満ちる。
第四部の終わりは、静かだった。
けれど、確かだった。
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