第49話 噂が届く
昼下がりの廊下は、少しだけ落ち着かない空気に包まれていた。
使用人たちの声が、いつもより低い。
「王都から、正式な使者が来ているそうです」
「執務室で、長く話しているとか」
私は足を止める。
王都からの使者。
珍しいことではない。辺境伯領は交易も多く、連絡の行き来はある。
けれど、“正式な使者”という言い方が、どこか重い。
「どなたの件なのでしょう」
「さあ……でも、かなり丁寧な応対らしいですよ」
声は小さいが、興味と緊張が混ざっている。
私は、何も言わずに通り過ぎた。
胸の奥に、わずかなざわめきが生まれる。
王都。
その言葉は、今もまだ、完全には遠くなっていない。
午後、書庫で帳簿を整理していると、補佐官が通りかかった。
目が合う。
ほんの一瞬、言葉を選ぶような間。
けれど、何も告げられない。
「何か、お手伝いできることは」
私は、いつも通りの声で尋ねる。
「今は、ありません」
穏やかな返答。
その“今は”が、少しだけ引っかかる。
執務室の方角から、低い声が聞こえる。
聞き取れないが、落ち着いた対話の調子だ。
私は、手元の頁に視線を戻す。
もし、王都の用件が私に関わるものだとしたら。
以前の私は、すぐに動いただろう。
事情を探り、必要なら自ら申し出ていた。
今は。
呼ばれていない。
だから、行かない。
それだけだ。
夕方、中庭で立ち止まる。
風が少し強くなっている。
雲はまだ厚い。
王都の使者が来ている。
それが自分の件かもしれないという予感は、ある。
けれど、胸は不思議と静かだ。
不安ではない。
期待でもない。
ただ、距離がある。
私の人生は、私のまま。
それを思い出してから、王都という言葉は、以前ほど重くない。
廊下の奥で、執務室の扉が開く音がした。
足音が近づく。
私は振り返らない。
呼ばれなければ、答えなくていい。
けれど。
知らないままでいられる時間が、もう長くないことだけは、感じていた。




