第47話 提示される条件
執務室の空気は、穏やかに張り詰めていた。
エリオット・ヴァレンタインは、用意していた書面を机の上に静かに置く。
「王都は、正式に提案いたします」
その声には焦りはない。だが、引く気もない。
「レティシア嬢に、王都内政補佐官の席を用意しております」
補佐官の眉がわずかに動く。
内政補佐官。
名ばかりの肩書きではない。実務に深く関与する地位だ。
「待遇は従前以上。専任の補助人員もつけましょう」
淡々と続く。
「また、かつての評価については、公式の場で訂正いたします」
“悪役令嬢”という烙印の撤回。
名誉の回復。
それは、王都が公に誤りを認めるに等しい。
「さらに」
エリオットは一瞬だけ言葉を区切る。
「将来的な縁談についても、配慮いたします」
空気が、わずかに冷える。
辺境伯アレクシスは、表情を変えない。
「それは、王都が決めることか」
低い問い。
エリオットは穏やかに首を振る。
「可能性の提示です。彼女の未来の選択肢を広げるために」
選択肢。
王都は、目に見える形で並べている。
地位。
待遇。
名誉。
将来。
「王都は、彼女を高く評価しております」
エリオットの視線は真っ直ぐだ。
「能力が正しく活かされる場を、用意する責任がある」
責任。
その言葉に、アレクシスは静かに問う。
「彼女は、戻りたいと言ったのか」
「まだ、確認しておりません」
「では」
アレクシスは書面に視線を落とす。
「これは王都の都合だ」
エリオットの微笑みが、わずかに薄くなる。
「都合、と言われれば否定はいたしません」
「能力ある者を、相応の場に戻す」
「それが国家の判断です」
理屈としては、正しい。
だが。
「本人の幸福とは、別だ」
アレクシスの声は、低く静かだ。
エリオットは一瞬だけ黙る。
そして、穏やかに答えた。
「幸福は、後からついてくるものかもしれません」
論理と論理が、静かにぶつかる。
一方、その頃。
私は、帳簿の整理を終え、窓の外を眺めていた。
雲はまだ厚い。
どこか、落ち着かない。
廊下を歩くと、見慣れない装いの者とすれ違った。
王都風の仕立て。
視線が一瞬だけ絡む。
その目は、私を見ているようで、見ていない。
私は小さく会釈し、通り過ぎる。
胸の奥に、かすかな違和感が残る。
何かが、動いている。
けれど、まだ私の前には置かれていない。
執務室では、条件が整然と並べられている。
その紙の上に、私の名前がある。
私は、それをまだ知らない。




