第46話 王都からの使者
その日の空は、少しだけ重かった。
雲が薄く広がり、森の色がいつもより鈍い。風も弱く、どこか停滞した空気が漂っている。
門の前が騒がしくなったのは、昼前のことだった。
「王都より、正式な使者が到着しております」
報告を受けた補佐官は、すぐに執務室へ向かう。
辺境伯アレクシスは、机に向かったまま顔を上げた。
「予定は」
「事前の打診はありません。急な来訪です」
わずかな沈黙。
「通せ」
短い命令。
やがて、執務室の扉が開く。
入ってきたのは、三十歳前後の男だった。
仕立ての良い衣装。無駄のない所作。柔らかな笑みを浮かべているが、視線は冷静だ。
「ご無沙汰しております、辺境伯閣下」
丁寧に一礼する。
「王都外務局、エリオット・ヴァレンタインと申します」
その名に、補佐官の目がわずかに細くなる。
王都でも優秀と名高い官吏。王太子の信頼が厚い人物。
つまり——軽い用件ではない。
「急な来訪、失礼いたします」
エリオットは微笑む。
「今回は、正式な使節として参りました」
「用件は」
アレクシスは椅子にもたれず、まっすぐに問う。
「ある人物についてのご相談です」
曖昧な言い回し。
だが、互いに分かっている。
「具体的に」
促され、エリオットは一歩進み出た。
「レティシア嬢の件でございます」
室内の空気が、わずかに引き締まる。
名前が、はっきりと出た。
これまでの書簡とは違う。
回りくどさは消えた。
「王都は、彼女の能力を正当に評価しております」
エリオットの声は穏やかだ。
「適切な地位と待遇を保証し、名誉を回復する用意があります」
並べられる言葉。
地位。
待遇。
名誉。
丁寧に包装された提案。
アレクシスは、表情を変えない。
「本人の意思は」
低い問い。
エリオットは微笑みを崩さない。
「それを確認するために、参りました」
静かな対峙。
王都は、ついに直接動いた。
一方、その頃。
私は、書庫で古い帳簿を整理していた。
今日は少し空気が重い。
理由は分からない。
窓の外を見上げると、雲がゆっくりと流れている。
遠くで馬のいななきが聞こえた。
来客だろうか。
ここでは珍しいことではない。
私は、特に気にせず頁をめくる。
王都から正式な使者が来ていることも。
自分の名前が、今まさに執務室で呼ばれていることも。
まだ、知らない。
外では、ゆっくりと歯車が回り始めていた。




