第42話 条件を並べない人
執務室の空気は、穏やかだった。
窓の外では、森がゆっくりと揺れている。机の上には整然と並んだ書類。焦りも、慌ただしさもない。
補佐官は、一通の書簡を手にしていた。
「王都から、再度の連絡です」
辺境伯アレクシスは視線を上げる。
「今度は、条件付きです」
淡々と読み上げられる内容。
“相応の地位を保証する”
“待遇は従前以上”
“名誉回復の場を設ける”
どれも、整った言葉だった。
王都は、差し出してきた。
地位。
待遇。
名誉。
アレクシスは、書簡を最後まで読み終え、机に置く。
「……随分と、丁寧だな」
「焦りがあるのでしょう」
補佐官は正直に答える。
「返事は」
「出さない」
即答だった。
補佐官は、わずかに目を細める。
「彼女に伝えますか」
「伝えない」
迷いはない。
「条件を並べられれば、比較が生まれる」
アレクシスの声は低い。
「こちらは何を出すのか、という話になる」
補佐官は静かに頷く。
王都は、目に見えるものを提示した。
ならば辺境伯も、何かを提示すべきか。
その発想自体が、間違いだとアレクシスは考えている。
「彼女に提示するものはない」
「……何も?」
「何もだ」
断言。
「ここにいることに、条件はない」
補佐官は、その言葉を噛みしめる。
地位も。
待遇も。
約束も。
何も出さない。
それは、無関心ではない。
強制しないという意思だ。
「彼女が望むなら、ここにいる」
「望まなければ」
「止めない」
その答えに、嘘はない。
午後。
私は、庭の端で咲き始めた小さな花を見つけた。
誰かが手入れをしているわけではない。
特別な場所でもない。
それでも、静かに咲いている。
私はしゃがみ込み、指先でそっと葉をなぞった。
ここでは、何かを差し出されない。
代わりに、何かを求められない。
どちらが良いかと問われれば、以前の私は迷っただろう。
今は、迷わない。
夕方、執務室の前で辺境伯と目が合う。
短い頷き。
それだけ。
条件も、約束も、未来の話もない。
けれど、その沈黙は重くない。
王都は並べている。
辺境伯は並べない。
その違いを、私はまだ知らない。
ただ、ここで息ができる。
それだけが、今日の確かな事実だった。
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