第31話 静かに閉じられた扉
王都からの書簡は、昼過ぎに届いた。
特別な封蝋も、目立つ紋章もない。形式は整っているが、急ぎを示す赤印も押されていない。まるで、重要ではないと装っているかのようだった。
執務室でそれを受け取った補佐官は、一読してから、机の向こうに座る辺境伯アレクシスへと差し出す。
「……王都より」
短い言葉。
アレクシスは封を切り、視線を滑らせた。
文面は、曖昧だった。
“以前、王都で補佐的役割を担っていた人材について”
“現在の所在が確認できるなら、意見を求めたい”
“差し支えなければ、情報提供を願う”
名前は、出ていない。
だが、誰のことを指しているかは明らかだった。
アレクシスは、書簡を机に置く。
「随分と、回りくどいな」
「直接的な要請ではありません」
補佐官は、淡々と続ける。
「“情報提供”という形を取っています」
「呼び戻すとは、書いていない」
「はい」
室内に、短い沈黙が落ちる。
窓の外では、森の葉が風に揺れていた。
「……どうされますか」
補佐官の問いは、慎重だった。
返事をすれば、王都との線が繋がる。
無視すれば、意図的な拒絶と受け取られる可能性もある。
アレクシスは、指先で机を軽く叩いた。
「問いが曖昧だ」
「はい」
「何を求めているのか、書いていない」
情報が欲しいのか。
人を戻したいのか。
それとも、ただ所在を確認したいのか。
どれも、明確ではない。
「曖昧な問いには、曖昧な返事しかできない」
アレクシスは、静かに言った。
「だが、曖昧な返事は、こちらの立場を弱くする」
補佐官は、わずかに頷く。
答えは、ほぼ出ていた。
「……返事は」
「出さない」
迷いはなかった。
「こちらから主語を与える必要はない」
書簡は、机の端に置かれたままになる。
それは、拒絶ではない。
応答の保留でもない。
ただ、扉を閉じるという選択だった。
一方、その頃。
私は、書庫で静かに本を整えていた。
王都から書簡が届いたことも、内容も、何も知らない。
今日も、変わらない午後だ。
本の角度を揃え、棚の高さを確認する。些細なことだが、整っていると落ち着く。
窓から差し込む光が、床に細い線を引いている。
私は、その線を踏まないように歩いた。
どこかで、何かが動いている。
そんな予感は、ほんのわずかにある。
けれど、それが私の元に届かない限り、考える必要はない。
呼ばれていない。
問われていない。
だから、答えなくていい。
私は本を一冊棚に戻し、静かに息を吐いた。
王都と辺境伯領の間で、目に見えない扉が閉じられたことなど知らないまま。
今日も、私はここにいる。




